市場に訊け
昨年夏、米国防総省がテロを予測する先物市場の創設を計画したが上院の反対で断念、というニュースが流れたのをご存知だろうか。テロ攻撃や暗殺の可能性といった将来事象に対する先物市場を作り、投資家がインターネットで取引するというものである。国防総省高度研究計画局(DARPA)は、2003年7月29日付ニュースリリースで「多くの技術的および需要面での課題」があるため計画を中止した、と発表した。
テロで金儲けとは不届きだと思われるかもしれない。事実米上院の議論では「信じられないほど愚劣」との非難や「テロリストに金儲けの機会を与える」との懸念が噴出し、その結果計画中止に追い込まれたのである。もともとDARPAはこの一件の前に、インターネットを通じて個人情報の収集を行うTIA (Total Information Awareness) Programに関して議会やマスコミに袋叩きにされていたという経緯がある。現在、この計画に関する情報は、DARPAのサイトで見ることはできないが、インターネットを探せば削除前のページを掲載しているところがあるはずである。
しかしこの計画は、検討もせずに葬り去るには惜しいアイデアである。ハイエクのことばを借りるまでもなく、一般に金融市場は、将来の不確実な事象の期待値を現時点の「価格」に置き換える機能を持つ。この機能を将来予測に使おうとする試みは、1980年代から研究されてきた。米アイオワ大学が研究目的で運営する「Iowa Electronic Markets」では、大統領選候補者の得票率を価格とする先物の取引を行うことができる。
来年の大統領選「市場」は2003年2月21日にオープンした。たとえば2004年4月13日時点では、民主党のケリー候補は0.469-0.482で「取引」されている(2つの数字は買値と売値)。同党のケリー、ゲッパート、リーバーマン各候補らも取引されており、民主党候補者の価格を合計すると0.474-0.496となる。一方、現職のブッシュ大統領は0.522-0.541となっている。巷ではブッシュ再選に赤信号、などとささやかれているが、これでみる限り共和党は未だやや優勢、といったところか。
過去の大統領選において、この市場はしばしば専門家の分析に勝る予測成果をもたらしてきた。研究者は、市場が個人のバイアスを排除し、「より誤りの少ない予測」をもたらすと分析している。フリードマン風にいえば「自分のために自分の金を使うとき」人は最も真剣になる、といった要素もあるだろう。また、集団による意思決定において、意見の斉一化に対する圧力が働き、結論が極端になりやすいことが知られているが、市場で異なる意見が混在していれば、圧力は働かず、バランスのとれた結論に至りやすいのかもしれない。
米上院議員らの非難や懸念には、反論の声もあがっている。取引金額を小さく抑え、取引者を記録する仕組みがあれば、テロリストが資金源に用いるおそれを減らすことができる。「テロの先物」というと倫理的に違和感を覚える人がいるのも理解できるが、市場メカニズムを使った情報の抽出技術自体は、少なくとも検討はしてみる価値があったのではないか。ちなみに「予測市場」と呼ばれるこの考え方は、現在、研究者の世界から飛び出し、マーケティング等の商業ベースでの活用の試みが始まっている。結局、市場のことは民間に任せよ、ということか。
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