匿名組合方式による「ファンド」について
匿名組合方式では、営業者が投資家から出資を募り、営業を行った結果の利益を、予め取り決めた方式によって分配する。企業ではなく、事業に投資するしくみとしては、この他にも、信託、プロジェクトファイナンス、トラッキングストックなどさまざまな手法があり、それぞれちがった法的根拠、適用条件、特徴をもっている。匿名組合方式の特徴を整理すると、次のようになるだろう。
①適用範囲が広い
たとえば信託では、適用できる事業の範囲が限られている。これに対し、匿名組合方式では、特段の制限はない。投資対象が資産でない「アイドル」でもよい。実際には、なんらかの事業活動に関する「プロジェクト」に対する投資、ととらえればよいかもしれない。
②比較的小人数からの資金調達に適している。
証券取引法や信託法といった法律の適用を受けるスキームの場合、情報開示や投資家保護といった法律上の規制をクリアするため、多額のコストを要する。したがって、ある程度の規模でないと、コストが割高につく。
しかし逆に、匿名組合方式の場合、投資家数が多くてもあくまで1対1の契約であるため、多くの投資家からの調達を行う際にはかえって手間がかかり、コストがかさむおそれがある。
逆に、調達金額が大きくても、投資家数が少ない(1投資家あたりの出資額が大きい)場合には、コストは相対的に安くすむ。
③ガバナンスを保証するしくみがない
匿名組合契約においては、株式会社のように株主総会もなければ意見を述べる機会もなく、出資者が営業者の経営に対して口出しをすることはできない。また、口出しをしようにも、営業内容の開示を求める権利はない。ただし、一般から資金を集めようとする場合には、主として募集上の配慮から、有価証券の場合に順じて情報開示を行うのが(少なくとも現時点までは)通常のようだ。
④流動性がない
匿名組合契約の組合員たる地位を他人に譲ることはできない。
⑤拠出金に関して倒産隔離がない
たとえば信託では運用、管理、販売の3つの機能が分かれており、運用者が倒産しても、投資家の資金は守られる。しかし匿名組合契約においては、投資家が拠出した資金は、単純に営業者の預り金となるため、営業者の倒産リスクから分離されていない。ファンドの対象となる事業がうまくいかずに出資金が返らないのはしかたないとしても、営業者が他の事業の失敗によって倒産した場合でも、出資金は営業者の一般財産に入るため、全額戻らないおそれがある。
上記の「ビジスタ」の記事のように、匿名組合方式を「これで貸しはがしもこわくない」などといったややイージーなとらえ方でみるのはあまり好ましいとはいえない。これまで成功した例では、どのようにして投資家の興味をひきつけるか、どのようにして投資家の疑念を払拭するかといった基本的な課題に真剣に取り組んでいる。義務付けられていない情報開示について、有価証券並に行っている例が多いのもその一例である。また、何を投資対象とするかについても、法的な制限とは別に、向き・不向きがあるはずだ。あるコンテンツ制作会社の経営者の1人は、次のように語った。「匿名組合でファンドを作ること自体は難しくない。しかし市場はまだ未成熟であり、それがどうやったらうまくいくかを慎重に考える必要がある。いいかげんな態度でやって、悪い結果が出れば、市場自体がしぼんでしまう。」
一方で、匿名組合契約について、あまり過度に問題視するのもどうかと思う。もちろん、投資家保護に欠けると非難することはもちろん不適切ではないし、今後不心得な営業者が出てこないとも限らないから、今のうちに法整備を進めておくべきなのはいうまでもない。しかし、今のマスコミなどの風潮は、リスクを投資家が負うことについて、あまりにも過保護に傾いてはいないか。投資家が損をすればすぐに「情報開示が不適切だったのでは」と責め立てる。情報開示が不適切かどうかは、募集時にすぐにわかるはずだ。
この種のファンドでは、投資によるリターンだけでなく、投資対象に対する応援、といった要素が働いているケースが少なくない。アイドルファンドもそうだし、少し前にあった「ときめきメモリアルファンド」(これは投資信託だが)もそうだった。また、投資金額が比較的少額のものでは、投資家サイドからいえばギャンブルに近い感覚で投資している人が少なからずいるはずだ。投資家保護の不在は、ギャンブルとの比較においてとらえれば、必ずしも重大な支障とはいえない場合もあるのではないか。たとえばパチンコ屋で考えれば、各台の出玉の確率に関する情報開示を義務づけなければ「投資家」が守れない、などと主張したりはしないだろう。変な話だが、もし匿名組合方式における投資家保護の問題を重要と考えるならば、資金規模からいってはるかに大きいギャンブル産業の情報開示はさらに大きな問題とすべきではないかと思うのだが(もちろん冗談半分)。
ラーメンファンドやアイドルファンドが面白いのは、対象が面白いからだけではない。ここで重要なポイントは、「わかりやすいスキーム」である。企業の利益や資産状況、配当性向などを予想するのは、少なくとも素人にとっては難しい。しかし上記のファンドでは、ラーメンが1日400杯以上売れたら元本確保とか、写真集が何部売れたらいくらとか、投資家個人の実感と近い。
最近は株価も上がってきて、個人投資家も増えてきており、リスクマネーの供給を増やさねばと青筋立てて叫ばなければならないような状態は脱しつつあるのかもしれない。しかしまだ全体としては、日本人がリスクマネーに対して慎重である傾向は残っているといえよう。この点に関して、これまでの対応は、投信販売業務を幅広く解禁するといった、主として販売面での工夫にとどまっているように思われる。匿名組合方式に限った話ではないが、こうした方式での資金調達に関心が集まることから1ついえることは、販売方式だけでなく、投資商品自体をわかりやすく、面白くする、というアプローチがありうるのではないか、ということだ。全ての業種にあてはまるとは限らない(たとえば水道工事業者の水道工事事業の売上に連動するファンドを作っても、あまり興味をひかないだろう)。しかし少なくとも一部の業種において、会社業績ではなく個々の製品の売上に投資するファンドを考えたらどうだろう。それはつまり、企業が抱えるリスクのうち、比較的わかりにくいコスト部分のリスクを会社に残し、わかりやすい売上のリスク部分のみを投資家に移転することに他ならない。
つまり、匿名組合方式によるファンドは、少なくともこれまでの利用例では、かねてから主張している「リスクを楽しむ投資」の考え方に沿ったものが多く、それなりに評価できる、というのが、今のところの結論である。投資家保護も必要だが、そのためにかえってリスクマネーの流入を制限しようとするのであれば、逆効果だ。少額のリスクを楽しんでとる投資家層の育成、そのための各企業や金融機関の工夫を支援する法整備は、もっと考えてもいいのではないか。
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