« 通貨としての「認知」を「通貨」に:スパム編 | Main | 仏教経済学 »

May 27, 2004

リスクを楽しむ投資:理論的背景

人はリスクを回避しようとする。経済学やファイナンス理論では当たり前の仮定だ。しかし最近、必ずしもそうではないケースがあることが知られるようになってきた。いわゆる行動ファイナンスといわれる学問分野では、プロスペクト理論などから、効用関数の形状は基準となる「参照点」を境にして変わり、参照点より上の領域では通常のリスク回避型であるが、下の領域ではリスク愛好型になると考える。しかしそれは、脳科学の分野からは必ずしも適切なモデリングとはいえないらしい。

2003年に脳科学の研究者たちが発表した論文(文末の参考文献)によれば、人間がリスクをとる行動には、脳内快楽物質であるドーパミンが関係しているという。サルに対する実験で、報酬に対する不確実性が高いとき、ドーパミンの分泌量が増加することを発見したのだ(この本に平易な解説あり。必見)。

研究者らは、これを次のように解釈している。
①動物は不確実な状況におかれたとき、集中力や学習力を増大させるためにドーパミンの分泌量を増やす。
②このような性質は、不確実性の下での動物の生存確率を高めるものと思われる。

つまり、リスクをとる行為に楽しみを覚える性質は、人間が動物として自然淘汰の洗礼をくぐる中で身につけたものだということだ。それでは伝統的な経済理論が想定するリスク回避型の効用関数モデルは誤りなのだろうか。そんなことはない。幾多の実験で、人間にはリスク回避型の行動様式があることも確かめられている。

この研究者たちの理解は、不確実性の低い環境下におかれると、人間はリスクの増大に楽しみを覚えるようになるのではないか、ということらしい。逆にいえば、不確実性の高い状況では、リスク回避型になるというわけだ。つまり、「参照点」はプロスペクト理論でいうような価値やら消費やらの水準についてではなく、不確実性に関する水準について存在する、ということなのかもしれない。

近年ギャンブル産業がさかんになっているのだろうか。衰退しているのだろうか。そうした動向と、私たちの生活にまつわる他のリスクとの関係をみてみると、面白いことがわかるかもしれない。

参考文献
Fiorillo, C.D., P.N. Tobler, and W. Schultz (2003). "Discrete Coding of Reward Probability and Uncertainty by Dopamine Neurons." Science 299: 1898-1902.
Shizgal, P. and A. Arvanitogiannis (2003). "Gambling on Dopamine." Science 299: 1856-1858.
(Science誌の論文は、1年以上前掲載のものについては登録さえすれば無料でpdfファイルを見ることができるようだ。1年以内でも概要だけなら可。この機会にご登録を)

|

« 通貨としての「認知」を「通貨」に:スパム編 | Main | 仏教経済学 »

Comments

山口浩さん、こんにちわ、

記事を読ませていただき、非常に腑に落ちております。先日、自分は「リスク・ジャンキー」としてカミングアウトさせていただきましたが、ほんとうにそういうメカニズムが脳内にあるんですね。納得しました。

最近、ブログの記事を書いているととても、頭が「すっ」とします。実は、私は毎朝座禅を組ませていただいております。ほんとうに、形ばかりの座禅なのですが、息をただただはきつづけていると、あたまが「すっ」とします。これも、ドーパミンの効果なのでしょうか?

Posted by: ひでき | May 27, 2004 12:18 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference リスクを楽しむ投資:理論的背景:

« 通貨としての「認知」を「通貨」に:スパム編 | Main | 仏教経済学 »