Fun-Based Economyの時代
「Fun-Based Economy」は私の造語だ。「楽しみ」の追求を大きな価値基準として考える経済、とでも定義しようか。私たちの社会は、既に世界最高の生活水準に達しており、欲しいものの大半はそれなりの対価で入手できる。「モノ離れ」と形容されて久しい状況だ。こうした中で、私たちが価値あると考えるものは、たとえば「貴重な経験」であったり、「ゆったりした時間」であったり、「自分にあった生活」であったりする。少なくとも、これまで経済学が前提としていた、「財やサービスの消費量」だけでは測りにくいものになってきていることは確かだ。また、バブル崩壊とその後の不況を経験した私たちは、物的な豊かさだけでは満たされないことも学んでいる。これらをつなぐキーワードとして、「fun(楽しみ)」という基準と取り入れ、社会や経済に関しての考え方を少し修正してみてはどうか、というのが私の意見である。
伝統的な経済学の考え方では、労働はつらいものである。したがってそれをがまんするためには対価が必要となる。労働は避けたいもの、報酬は購買力を意味するから望ましいものであり、労働量はできれば最小化して、その報酬は最大化したいということになる。この2つは明らかにトレードオフであるから、各人はそのバランスをどこかでとることとなる。労働がいやなら低い報酬でがまんせよ、高い報酬がほしいならきつい労働をがまんせよ、というのが、通常の考え方だ。
もちろん、今でもこのカテゴリーにあてはまる労働は少なくない。ただ、今社会を大きく動かしている経済活動、たとえばコンテンツ産業やIT産業、その他の領域でも、そこで働いている人たちはただ報酬のために苦しみに耐えているばかりではないように見える。それ以外の領域でも、社会に参加したい高齢者、出産でいったん家庭に入ったもののその後再び就職をめざす女性など、実際には、労働することに報酬以上の積極的な意味を見出し、「働く自分」を楽しんでいる人は少なくないはずだ。むしろ多数派かもしれないといっては言いすぎか。
仕事と遊びが入り混じったスタイル、あるいは、仕事が遊びであり、遊びが仕事であるようなスタイルである(やや似た考え方としては、たとえばこちら)。
しかし、もし労働そのものが楽しみであったらどうだろうか。社会や経済のさまざまな領域に影響が出てくるのではないだろうか。たとえば、女性の深夜労働を制限している労働基準法が、女性の「働く楽しみ」を奪う結果になっている、ということはないか。肉体的には同程度の負荷であっても、楽しい仕事と楽しくない仕事があった場合、楽しい仕事はより報酬が低くてもよいのではないか。同様の例は、他にももっとたくさんあるだろう。この考え方は、たとえていえば、ものごとを見る際に新しい色の「めがね」をかけてみよう、ということなのだ。
昨年、オンラインゲーム内の経済の研究で一部に有名となったカリフォルニア州立大学フラートン校(今度インディアナ大学に移る)のE. カストロノバ准教授と話した際、彼はゲーム会社のスタッフから聞かれた質問に対してうまく答えられなかった経験について話してくれた。そのスタッフは、「より楽しい経済システムを作るにはどうしたらよいか」と聞いたのだそうだ。これまで経済制度を論じるときに、「楽しい」という価値基準が持ちこまれたことはなかった。しかし今の社会は、「楽しい」を基準として考えたほうが適切な場合が増えてきてはいないか。In-Game Economics(これも私の造語だ。「ゲーム内経済学」とでも訳すか)に注目すべきと私が考える理由の大きな1つが、ここにある。オンラインゲームの中でプレイヤーが「金稼ぎ」のために行う活動(モンスターを倒すなど)は、従来の経済学的な観点からみれば明らかに労働だ。しかしそれはゲームの一環であり、全体として楽しみのために行われている活動だ。このような経済を考えることは、現実の経済においても、「楽しみ」が重要なファクターになっている領域を考える場合には大いに参考になるはずだ。
オンラインゲーム内の経済学に関心のある向きは、ぜひ「Terra Nova」をチェックされたい。日本の情報については、別blog「Virtual World Update Japan(仮想世界通信) 」で扱っているのでおひまな方はどうぞ。
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Comments
はじめてコメントさせていただきます。
「楽しい」という感情を基準に投資を行っているものとして、In-Game Economicsという造語、面白くまた核心をついている表現だなと感じました。
また、おかげさまで興味深いブログTerra Novaを知ることができました。ありがとうございます。今後も参考にさせていただきます。
Posted by: なお。 | August 11, 2004 09:56 AM
なお。様、コメントありがとうございました。
この分野、面白いです。今後発展するにちがいない、と個人的には思っています。
今後ともよろしくお願いします。
Posted by: 山口 浩 | August 11, 2004 03:33 PM