« Blogを書くということ | Main | 原価はいくら?転じて年金問題 »

June 25, 2004

情報をおごる

たまたま出くわしたblogに面白い表現があった。

「情報をおごる」

もとは「ほぼ日刊イトイ新聞」に出ていた表現のようだ。いろいろな経験を人に先んじてすることで蓄積し、それらを気前よく人に分けてあげる、という行為をさすらしい。人に「情報をおごる」タイプの人は、また人から情報をおごられやすいので、結果としてさらにいろいろな情報が集まってくるというのだ。

なるほど、心当たりがなくもない。情報が集まってくるタイプの人というのがいる。そういう人は、自分が持っている情報をどんどん教えてくれる。新しいことを知るのは好きだし、個人的にはそういうタイプでありたいと思っているので、できるだけそうしようとするのだが、たまに疲れたりもする。自然にできる人は、やはり天賦の才能なのだろう。

ただ、「おごる」という行為は、食事などをおごる行為と同様、義務感やら功利的な動機やらといったものから出てくるものばかりではおそらくない。おそらくは、おごる楽しみ、といったものがある。よく情報をおごってくれる人は、おそらくはおごる楽しみをよく知っているのだ。食事とちがって、同じネタをあちこちで使い回しできるから、食事をおごるよりは満足の度合いは高いかもしれない。

上手に情報をおごれる人になりたいものだ。

|

« Blogを書くということ | Main | 原価はいくら?転じて年金問題 »

Comments

山口浩さん、こんばんわ、

ふふ、intelligenceでなく「情けの報せ」ということですかね?

自分をからっぽにするまで、人にあげまくって、捨てまくって、はきだしまくるのが、自分を豊かにする方法かもしれないと、最近感じております。

ちなみに、たまたま「不動産開発意思決定におけるリアル・オプション」を読ませていただきました。一応、なんちゃって二次微分くらいまでは勉強したような、MBAをreal estate financeで昔とったような、気がするのですが、分かりませんでした。これは本当に高度です。

うーん。もうちょっと眺めてみます。

もっともっとちなみにちなみに、↓みたいなのどう思われます?

http://www005.upp.so-net.ne.jp/yoshida_n/kairo26.htm

あ、そのもともっと元の議論は↓です。

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20040624#p35

ついでに、↑の下のコメントも、できればこの前日の議論もおよみいただけちゃったりすると、とてもうれしいです。

Posted by: ひでき | June 25, 2004 11:24 PM

コメントありがとうございます。
Blogをやっている人たちは、情報をおごるのがうまい人たちなのかもしれません。トラックバックやコメントをうまく使って、ゆるやかなネットワークを作っていくのが楽しいのでしょう。

「不動産開発~」は、あまり読まないでください。あれは人の書いたものをまとめただけで、オリジナルの内容ではありません。しかも、数式に1箇所誤り(クリティカルなものではないが)があることを以前指摘され、まだ直していない噴飯ものの文章です。ああ恥ずかしい。モデル自体はこの分野では最もベーシックなもので、記号さえわかれば実はそれほど難しくはありません。エッセンスは日常レベルで理解できるものですし、少なくとも量子力学のように、何をいってるのかまったくわからない、ということはないはずです。もしご興味があれば、いくつかテキストをご紹介します。

リンクされた文章についてですが、量子力学については「シュレディンガーの猫」くらいしか知りませんでした。あれはどうも直感になじまないですね。箱の中にいるのが猫でなくて自分だったら、と思うとわけがわからなくなります。さらに、箱の中で自分の頭に拳銃をあてていて、それを外部から人が観察しているとしたら…。少なくとも、リンクされたblogの議論には、ほぼまったくといっていいほどついていけませんでした。

ただ、「観察が現実を変える」というアイデア自体は、経済学的にも面白いと思います。市場なんかは典型例ですね。あれは量子力学とはまったく関係なく、参加者が情報に影響を受けるからなんですが。

科学(社会科学も含む)における試行錯誤やら見解の相違やらは、本来あるべき姿であって、いわば当たり前の話ですね。でも一般的には、「正しい話しかしない」と思われているようです。学校における科学の教え方があまりよくないのかもしれません。弁証法みたいなものとリンクさせてあげないとわかりづらいのではないでしょうか。やはり「文系」と「理系」の分離は、あまりいいことではないようですね。

Posted by: 山口 浩 | June 26, 2004 10:37 AM

山口浩さん、こんにちわ、

ほんとーに、そう思います。学科をわけてしまうのがいけないのでしょうか?子供の学問的教育についての妻と私の合言葉は、「理系のセンスと文系の教養」なのですが、根幹にかかわる部分で、この2つにそう壁はないと感じます。考えて見れば、不詳私も文系であるはずの心理学関係で感覚知覚心理学というかなり生理学とか計算理論、認知諸科学に近い分野で卒論を書いたと自負しております。

「観察が現実を変える」ということについては、私が学部生の頃は、量子力学でも、社会科学でも、ニューラルネットワークでも、「相互作用」というものをモデルの要素にいれると、かぎりなく複雑になっていく、というレベルで思考が停止しておりました。たまたま熱力学が相互作用のプロセスでなくマクロな結果を数式であらわせた、と。

考えてみれば、この十数年でコンピューターが発達して「相互作用」で思考停止せずに、ミニマルミュージックのように、単純なモデルをコンピューターで大規模なシュミレーションが組めるようになったということが、「相互作用」から「複雑系」に進化していった背景にあるのかもしれませんね。

そして、どうももともとの認知よりの連中が、数量化か数量化でないかといった部分でクオリアとかいっているというのが、ひとつの状況なのでしょうか?この辺までくると私はまだ勉強不足のようです。

そうそう、もとの話題(?)にもどりますが、なにより大事なのは、今現在ブログで起こっていることは、まさに文系だろうと理系だろうと、宗教者だろうと、政治家だろうと、ひとつかまの中でぐつぐつ煮たてられている状況だと思います。非常に緊密な議論があちこちでおこなわれているわけですよね。私も、非常に弁証法的なプロセスを観察しております、あるいは参加しようとあがいております。ここで、このすばらしいブログという鍋のなかの弁証法的議論から、ひとすじの純粋なエッセンスが得られればすごいことですよね。

Posted by: ひでき | June 26, 2004 01:38 PM

情報をおごるという表現は面白いなと思いました。
おごることにより更に高度な情報が入ってくるというのも本当に実感しています。

私はブログを書く人たちに共通するものとして、見つけてしまった面白い事とかを一人で心の中にしまっておくのは出来なくて「ねえ、こんな面白いもの見つけちゃったよ!」っていうのを人に言わずにはいられない人たちなんじゃないかな-と思います。実際私はそうです(笑)。それで「わー、面白いねー」と共感するのが楽しいというかなんというか。

それが新製品かもしれないし、誰かの行動の変な癖とか、芸能人誰と誰が実は顔が似てるかもとか、いろいろです。

情報はおごっても自分の中からなくなる訳ではないので、自分の何かが減るということがないので、食べ物をおごるよりはずっとずっと安上がりかもしれませんね。

Posted by: Hiroette | June 26, 2004 10:25 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 情報をおごる:

» 情報消費と情報要求レベル [tech tech okdt]
Robert S.Taylorが1968年に書いた論文、Question-Negotiation and Information Seeking in Librariesによると、図書館で情報を求めている人には要求レベルに4つの段階がある。visceral,conscious, formal, and compromisedと表現されており、人が図書館で本を検索してもらい... [Read More]

Tracked on February 21, 2009 11:47 AM

« Blogを書くということ | Main | 原価はいくら?転じて年金問題 »