原価はいくら?転じて年金問題
よくテレビや雑誌などで、「○○の原価はいくら」といった話が出る。すしネタの仕入れ値はとか、高級レストランの食事の材料費はいくらとかいった具合だ。コスト構造をきちんと説明していても(たとえばこんなの)、原材料以外の要素を軽くみるような書き方のものが少なくない。どうも、「本当は安いのにふっかけている」「だまされるな」とでもいいたげだ。こういうものを見るたびに、ため息とともに「あのねえ」といいたくなる。
ほとんどの方には自明のことだとは思うが、ここであえて書いておきたい。ものの値段は、材料費だけではない。すしの値段の中ですしネタの占める割合が半分以下であったとしても、高級レストランの材料費がせいぜい3割程度だったとしても、人件費、店舗の賃借料、保険料、光熱水道費など、そのほかにもコストがかかっているのだ。そしてそれらのコストは、材料費と同じくらい重要なのだ。
マグロ肉の塊と米を持っていても、そのままではすしにならない。いかにいいマグロ肉を選んでさばき、ご飯を炊いてすし飯を作り、いかに握るか。そしてそれをどこにあるどんな店でどんなサービスを受けながら食べるか。これらすべてが「すし」という食べ物に付帯するサービスだ。すし屋で食べるすしは、「すし」という食品ではなく、「すしを食べさせてもらう」というサービスなのだ。
サービス部分の価値を低くみるのは、悪い風潮だと思う。山の上ではジュースが高いなどといった批判を目にすることがあるが、当たり前だ。山の下にあるジュースと山の上にあるジュースとは、同じ商品ではない。山の上にあるジュースは、「山の上に運んである」というサービス(つまり付加価値)がついたジュースだ。付加価値は、需要と供給で決まる。高いすし屋のすし職人の給与は、安いすし屋の職人よりも高いだろうが、それは技術や店の場所などの差だ。それを認めないなら、高いすし屋にいかなければよい。
ここまで書いて、ふと木村剛氏が年金関連のデータ開示を求めた件を思い出した。周辺では、コピー代として必要な99,820円をカンパしようという動きがあるが。、この問題に関し木村氏(だか木村氏の会社だか)が負担するコストは、もちろんコピー代だけではない。この問題を木村氏(の会社)がどのような位置づけで取り組んでいるのかはっきりわからないところはあるが、事業としてやっているのではないとすると、コピー代に加えて、コピーをとりに行く交通費のような実費部分だけでなく、それを整理したり、分析したり、blogに書いたりする時間分の人件費がかかっている(いわゆる「機会費用」というやつだ)にもかかわらず、話題にのぼっていない。売れっ子である木村氏の時間コストはかなり高いだろう。
おそらく木村氏側は、この時間コスト部分は持ち出しにするつもりで表に出していないのだろう。つまり、原価だけを問題にしているわけだ。これはこれでありがたいことだが、われわれはこのことを意識しておくべきだと思う。このタスクフォースに協力している専門家の方々も、自分の専門分野というつながりはあるにせよ、分析に要する時間の機会費用を持ち出しにしている。それらを支えようというその他の人々の努力も同じだ。政治には手間もコストもかかる。今は、それを社会が広く薄く負担するしくみはできていないし、プロに金を払って任せれば、相当の金額になるだろう。結果として一部の人々のボランティアに依存していることになる。善意という「公共財」が過剰消費されて疲弊する状況にならないようにしたいものだ。
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Comments
TBありがとうございました。実に日常実感することですね。その実感の中で、サービスとして実現させるために必要不可欠なコストを歓迎し、サービスに不要な思い込みによるコストを削減することが、日々の戦いなんだろうと思います。
木村氏のこのケースに限って言えば、あまり心配していません。木村氏は自立した経営者として時間を投資し、最低限のリターンを確保した上で、大きな獲物を狙っているように思えます。たとえば、この企画を通じて養成される社員の能力と士気の向上も充分考慮されていると思います。
多分、これをKFiが普通に仕事として請け負ったら、どこまでやるかにもよりますが、数百万~数千万が相場でしょうか。
ちなみに山口さんのヘッジクローズいいですね。パクらせてもらいたくなりました。
Posted by: guonb | June 27, 2004 03:36 PM
山口さん、こんばんは。
Tバック有難うございます。
活動資金のカンパが、動き出しました。
僕は、いままで募金活動などには、まったく協力していませんでした。でも、今回はお金を出し、時間も割いています。
その行動原理は、うまい寿司を求めるのと同じです。
「良いサービスを手にするには、代価を払う。」
同じ事を自分で用意するための労力を考えると、どうやっても自分には無理な部分があり、納得できる場合、僕は費用を負担します。
今回は、木村さんが開示請求して先鞭をつけた活動や、ブレインとなる専門家の人たちが、「お金を払ってでも手に入れたい」と思わせるポイントでした。
どちらも僕の力で集められるものではない。
にもかかわらず、年金問題は、僕の生活にも非常に影響のある問題です。
より納得できる将来を手に入れるなら、「これはお金を払うべき」と判断したのです。
そして、株式投資を通じて身に付いたのですが、良い投資案件はタイミングを逃すと、台無しになる。というのも決断を早めました。
まとめると、喜捨ではなく、投資をしている感覚に近いでしょうか。結果の確実性の保証という面で、ギャンブルなところもありますが。
振り返ると、改めて僕は何か未来につなげるための結果を、求めているのだと思います。
Posted by: ミズタマのチチ | June 27, 2004 10:55 PM
毎回山口さんの記事はとても勉強になります。
でも、今日の記事を読んで私がなんで特に山口さんのブログが好きなんだろうっていう理由がわかりました。(すみません、自分にしかわからない書き方で。)
サービスもそうですが、個人的には文化・芸術方面もなかなかお金で正当にされるのが難しいな、と感じています。目に見えないものの価値を評価するのがきっとどの分野でも難しいのでしょうね。ちょっと主観的な部分が入ってきてしまいますから。お金は客観的評価ですからね。
ためになる記事をこれからも楽しみにしています。
Posted by: Hiroette | June 28, 2004 10:03 AM
皆さま、コメントありがとうございました。
木村剛氏を「公共財」扱いするのは若干乱暴だったかもしれません。つい連想が働いてしまったもので。正直、木村氏の心配をしているわけではありません。おせっかいな懸念を抱いてしまったのは、周りで「やるぞ!」と盛り上がっている方々に対してです。もちろんそれぞれの方はご自分の判断でされているのですから、口をはさむ余地はないんでしょうけどね。
Disclaimerについては、私は自分のものより、「HPO:個人的な意見」の平山氏のもののほうが適切のような気がしています。「投資」のくだりはアメリカのサイトにあるのをまねたものです。若干投資がらみの記事もありますので、入れてみた次第です。
別にかまわないんですが、ミズタマのチチさん、「Tバック」って、別のもののようにも見えますね。今のところありませんが、そのうちちがう意味の「Tバック」で検索してこのサイトに訪れる人が出てくるのではないか、と若干危惧しています。
Posted by: 山口 浩 | June 29, 2004 12:15 AM
こんばんは。
こちらのエントリにて、お心遣いくださっていること、感じておりました。
あらためて、有難うございます。
また、すみません。トラックバックに付きましては、今後正しく表記してまいります。
Posted by: ミズタマのチチ | June 29, 2004 02:11 AM
ミズタマのチチさん、
今日気づいたんですが、McDMasterさんのblogでは、トラックバックはT-Backと表現されていますね。こちらこそ、つまんないことを書いて申し訳ありません。気にしないでください。
Posted by: 山口 浩 | July 02, 2004 12:23 AM