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Bloggerにも「共有地の悲劇」

アメリカで、人気bloggerたちが「燃え尽き」症候群でblogから足を洗うケースが頻発しているとのニュースを読んだ。読者からの期待の重圧、毎日面白いことを書かねばというプレッシャー、押し寄せるコメントやトラックバックへの対応、・・・こうしたものに疲れ果て、コメントの受付をやめてしまったり、blogそのものを閉じてしまうケースが続発しているのだという。

さもありなん、と思う。これも「共有地の悲劇」の一例だ。

「共有地の悲劇」とは、公共財などが、誰でもコストを充分に負担することなしに自由に使える結果、過剰に消費され、疲弊してしまうという一種のジレンマだ。ただの風邪でも大学病院に行く人が多いために大学病院の高度な医療を必要とする人が長く待たされたりするのも、公園のトイレが汚いのも、メリットに見合った負担をしないですむという「市場の失敗」からくる共有地の悲劇の事例である。

報じられたケースは、明らかに、一部のBlogもこの意味での「公共財」になり、共有地の悲劇が生じていることを意味する。閉鎖されたblogは人気が高く、5~6時間エントリーがないと催促がきたり、記事掲載後10分でコメントが50件もついたりしていたのだそうだ。Blogの価値がトラックバックやコメントを通したblogger同士の交流にあるとしても、これは個人が対応しきれる状況ではないだろう。情報の交流が片務的になっているのだ。

Blogにもいろいろある。ニュースを引用するサイト、自分の意見を書き連ねるサイト、人のblogとのリンクに命を懸けるサイト。自分で1から主張を組み立てるのは、けっこうパワーがいる。だれかが書いたものに「そうだ、そうだ」と賛同するほうがはるかに楽だ。つまり、人々の関心ある話題について、オリジナルのしかも鋭い分析をしたり、上手に皮肉ったり、面白おかしく紹介したりしているサイトは、多くのbloggerたちにとって共通のリソースになる。読んで楽しいだけでなく、それらをトラックバックしたり、それにコメントをつけたりすれば、手軽に優れた主張を「自分のもの」にできる。しかもそれら一切は無料なのだ。利用しない手はないではないか…。こうして人気サイトは「公共財」となり、過剰消費のサイクルが始まるのだろう。

おそらくこの問題は、どの分野でもものごとをオープンソース化する際には発生しうる。お互いの自発的な貢献が前提で、お互いに納得ずくで参加していながら、結果は等しく分け与えられるものの、そのための負担はどちらか一方が多い、という状況が生じうるだろう。市場メカニズムを働かせたければメリットに応じた負担を導入することになるのだろうが、blogの世界では必ずしもいいこととは限らない。そんなプレッシャーなんかほっとけばいい、と思う人もいるだろうが、そう割り切れない人もいるだろう。考えると、けっこう重い問題だと思う。とりあえず今のところ、他の人にblogの更新を要求するのはよそうっと。

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Comments

山口さんへ

あんな短い記事にトラックバックありがとうございました。こちらからもトラックバックしておきます。
毎日暑いですね。サウナ健康法は良いのですが、汗をかいて洋服がぬれてしまうのが難点ですね(笑)。

Posted by: Hiroette | July 14, 2004 at 08:57 AM

It's the first time i ran through your site and I found it very informative and interesting. Nicely done! Plane can Lose Chips: http://www.themoviespoiler.com/ , TV can Love Circle Red, Universal, Curious nothing comparative to Central , International Slot is always International Plane Standard is feature of Profound Table

Posted by: Andrew Allison | November 30, 2005 at 05:32 AM

オープンソースには、たしかに公共財同様「フリーライダー」を排除できない特性があります。しかし、オープンソースが公共財と性格を異にする点がもしあるとすれば、その改善あるいは再生産・再配布の機会もオープンに与えられているということが挙げられます。ですので、ブログを通じたコミュニケーション形態がオープンソース的かどうかについては、さらなる議論の余地ありとすべきでしょう。少なくとも、ブロガーを催促するようなフリーライダーは厳密な意味でのオープンソース的なコミットをできているとは言えないと思います。

Posted by: McDMaster(マナル店長) | December 04, 2005 at 01:57 PM

McDMasterさん、コメントありがとうございます。
なるほど、オープンソースは再生産・再配布があって、共有地はただ搾取されるだけ、ということですね。まあ公共財も再生産・再配布の機会自体はあるわけですが、それをやるインセンティブがないから悲劇になっちゃうわけで。ということは、再生産・再配布にメリットが生じるようになったのがちがうところ、ということなんですかね。なんか考えさせられるなぁ。

Posted by: 山口 浩 | December 04, 2005 at 10:20 PM

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Tracked on July 14, 2004 at 08:36 AM

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