パラマウントの映画パーク
「ローマの休日」などの作品で知られる米大手映画会社「パラマウント・ピクチャーズ」が福岡県久山町に計画しているテーマパーク建設構想で、パ社関連会社幹部と、日本で誘致を進める企画会社「日本トレイド」(福岡市)は7月29日、福岡市内で記者会見し進出を正式表明した。
(ニュースはこちら)
テーマパークの名称は「パラマウント・ムービー・スタジオ・パーク・ジャパン」(PSJ)。運営会社はパラマウントの関連会社、パラマウント・パークス。パラマウント社と交渉を行ったのは、屋内スノーボード場運営などを手がける福岡市の企画会社「日本トレイド㈱」である。この会社の名でのサイトは見当たらなかったが、㈱ビッグエア福岡と関係があるらしい。本社所在地および役員が共通していることからみて、社名変更したのかもしれない。ビッグエア社は資本金1千万円、設立は2003年1月だ。
候補地は久山町北西部の元ゴルフ場建設予定地154ヘクタールで、総事業費は1,000億円超を予定している。同じ福岡市の人工島(アイランドシティ)や北九州市も候補地に挙がったが、借地料の安さや福岡都市圏であることから、久山町が選ばれたようだ。町などによると、テーマパークは「ローマの休日」「タイタニック」などパ社配給の映画を題材にした体験型施設を構想している。映画スタジオやホテルなども併設するほか、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と連携して、映像技術者の養成施設も設置するという。
今後は、10月にも事業の具体化へ向けた研究会を設立して採算性や詳細な計画を検討し、2006年をめどに事業運営会社を設立する予定とのこと。しかし、建設には膨大な資金が必要であり、町政策推進課は「候補地が一本化されただけで、大変なのはこれから。町ぐるみの取り組みで投資家や金融機関の理解を得たい」と話している。
誰もが考えるのは「なぜ福岡?」というところだろう。地図でみると、福岡県糟屋郡久山町は博多駅から約15km前後の距離だ。東京駅からTDRまで、大阪駅からUSJまでの距離を考えると、それほど悪くない。同じ博多周辺にある「スペースワールド」に比べても近い。道路は改善しなければならないようだが。しかしそれでも、首都圏からの観光客はそれほど期待できないし、地元である九州圏の人口は首都圏や関西圏よりは少ない。アジア圏、とりわけ中国からの観光客の伸びを期待しての計画だろうか。中国の発展は猛烈なスピードで進んでいるから、10年後には今からは想像もできない状況になっている可能性があることは否定しない。しかしそうなった場合でも、飛行機に乗ってくるこれらの観光客が九州を飛び越して東京に行ってしまう可能性は小さくないだろう。新パークのほかに、回遊先の観光資源が豊富とはいえないからだ。
広い敷地を安く使えることは魅力だったにちがいない。敷地154ヘクタールといえばUSJの約3倍、東京ディズニーリゾート全体(つまり東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの合計)とほぼ同じ規模だ。しかし総投資額約1,000億円は、それと比較すれば少ない。USJでは約1,700億円、TDLは累計約3,600億円、TDSは約3,380億円かかっている。ハウステンボスは約2,200億円投資した。パラマウントはどのような施設を作ろうと考えているのだろうか。
パラマウント・パークスは同種のテーマパークを他に5つ経営している。次の5つだ。
Paramount's Great America(米カリフォルニア州 サンタクララ)
Paramount's Carowinds(米ノースカロライナ州)
Paramount's Kings Island(米オハイオ州)
Paramount's Kings Dominion(米ヴァージニア州)
Paramount Canada's Wonderland(カナダ・トロント)
これらのパークはいずれも北米にある。つまりパラマウントにとって、この施設が実現すれば、北米以外での最初の施設となる。それぞれのサイトを見た限りでは、パラマウントのテーマパークは、どちらかといえば、ほとんどがコースターやら何やらであり、いってみれば一般的な遊園地だ。USJやTDRにみられるような凝ったアトラクションを想定しないので建設費が安いのかもしれない。
建設費が安いこと自体は悪いことではない。しかし場所が場所だけに、よほどの集客力が必要だとすれば、やや問題ありと考えられるかもしれない。さらに気になるのは、パラマウントの既存テーマパーク自体が、記事にあった「ローマの休日」や「タイタニック」といった映画そのものをテーマとしたアトラクションをほとんどもっていないことだ。実際、どちらの映画も、既存のパラマウントのテーマパークのアトラクションにはなっていない。
パラマウント自体は、1920年代から多くのヒット作を生み出してきた長い歴史を持つ優れた映画製作会社だ。その映画は、ユニバーサル、MGMなどとともに、UIP(United International Pictures)の下で配給されている。これまでのヒット作のランキングは次のようになっている。
1位 「タイタニック」
2位 「フォレスト・ガンプ/一期一会」
3位 「レイダース/失われた聖櫃<アーク>」
4位 「ビバリーヒルズ・コップ」
5位 「ゴースト/ニューヨークの幻」
6位 「プライベート・ライアン」
7位 「M:Iー2」
8位 「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」
9位 「グリース」
10位「ミッション:インポッシブル」
もちろん、それ以外にも、多くの名作が作られている。
1923年 「十戒」
1927年 「つばさ」「暗黒街」
1930年 「モロッコ」
1937年 「画家とモデル」
1943年 「誰がために鐘は鳴る」
1951年 「陽のあたる場所」
1953年 「ローマの休日」
1954年 「裏窓」
1968年 「ローズマリーの赤ちゃん」
1970年 「ある愛の詩」
1977年 「サタデー・ナイト・フィーバー」
1979年 「スター・トレック」
1980年 「13日の金曜日」
1982年 「愛と青春の旅だち」
1983年 「フラッシュダンス」
1984年 「フットルース」
1986年 「トップガン」
1987年 「危険な情事」
1989年 「ブラック・レイン」
1990年 「レッド・オクトーバーを追え!」
1992年 「パトリオット・ゲーム」
1993年 「ザ・ファーム法律事務所」
1994年 「今そこにある危機」
1996年 「真実の行方」
1998年 「トゥルーマン・ショー」
2002年 「バニラ・スカイ」
テーマパーク向きでなさそうなものも多いのは否定しがたいが、それでも多くの魅力的なヒット映画がある。つまり、パラマウントがその気であれば、これまでにも同社の映画をテーマにしたいろいろなアトラクションが可能だったはずなのだ。「インディ・ジョーンズ」はディズニーにとられてしまっているが、「ミッション・インポッシブル」や「スター・トレック」などのシリーズもの、「トップ・ガン」などのアトラクションはぜひ行ってみたいではないか。(アメリカのパークには「スター・トレック」を謳ったアトラクションがあるが、実際にはコースターもののようだ。)「サタデーナイトフィーバー」、「フラッシュダンス」や「フットルース」ならショーに最適だ。「13日の金曜日」や「ローズマリーの赤ちゃん」などホラー系もちゃんとある。「フォレスト・ガンプ」の記念写真コーナーなどという路線もアリか。記者会見では「ローマの休日」や「タイタニック」のアトラクションをといっていたようだが、なぜ北米のパークにはそれらがないのだろう。つまり、パラマウントには、ディズニーやユニバーサルがやっているような、映画コンテンツそのものをテーマパークのアトラクションに仕立て直して集客するという事業経験があまりないのではないか、ということだ。本国のアメリカで試していないことを日本で(人の金を使って)やろうとしているのだろうか。どの程度の成算があるのだろう。
とすると、企画会社のほうによほどの力量が必要となる。仮に日本トレイドがビッグエア福岡と同じ会社だったとして、資本金1千万円は最近まで最低資本金だった額である。事業費1000億円の開発事業を手がける企業としては、現状では充分とはいえない。屋内スノーボード場の運営は、サイトをみる限り1ヶ所だけで、2003年開業のようだが、事業経験としてもこれだけでは充分とはいえないだろう。各報道機関も伝えているとおり、資金調達がネックとなるだろう。潜在的顧客層と考えられる中国系の資本と組むことも検討していいかもしれない。
町政策推進課が「町ぐるみの取り組みで投資家や金融機関の理解を得たい」とまるで当事者であるかのようにコメントしているのも気になる。ニュースでは詳細を伝えておらず、久山町のサイトにも8月9日時点では何も出ていないのでよくわからないが、九州地区では幾多の失敗の先例があるから、まさか行政が関与して第三セクターのようなものを作ることはないだろうと思う。それでも資金調達にあたって町が(実質的に)保証を出したりするようなことがあれば、後で大問題になりかねない。むろん地方政府が産業振興に関与することはあっていいだろうが、政府は本来リスクをとる立場の機関ではない。
とにかく、推移が気になる。むろん成功すればいいと思うし、完成した暁にはぜひ行きたいと思う。それがゆえに、懸念を禁じえない。甘い見通しでバラ色の将来を描いてスタートした大規模プロジェクトが無残に散っていくさまを、私たちはこの10年ほどの間にいやというほど見せつけられたのだ。私の懸念が、10年後に私の先見性のなさを証明するものであってくれれば、と祈る。かつて某大銀行の調査部が、いまや日本を代表するテーマパークとなった某パークの事業性について強い懸念をもっていたのと同じように。
※2004/08/27追記
この記事に関するアクセスがけっこう多い。皆さん関心が高いのだろう。キーワード検索の状況をみると、その中でも「建設予定地はどこか」という点に関心をお持ちの方が少なくないようだ。念のため書いておくが、この記事中でリンクを示したマピオンの地図は建設予定地そのものを示したものではなく、久山町が福岡県の中でどのような位置にあるかをおおざっぱに示したものにすぎない。もし万が一、地図上の「+」印が建設予定地であるかのように誤解した方がいるとすれば、そういう意味ではないことをお断りしておく。「紛らわしい表現である」とのご批判があるとすれば、ここに陳謝するものである。
※2007/5/28追記
「九州ブログ」によると、やはりだめになったらしい。地元の方の落胆はいかばかりかと思うが、正直よかったのではないかというのが感想。いかにも無理めな話だったし。リンク先には関連書類もjpegで出ているので参考まで。
The comments to this entry are closed.
Comments
パラマウントJAPANは、「日本トレイド」がやってるようですよ。僕に投資の話がきました。
「パラマウントって、どんな会社だろう?」と検索したところ、このサイトが出てきたので読ませていただきました。
ありがとうございました。
Posted by: 松岡恵司 | March 09, 2005 09:38 PM
こちらは韓国のソウルですが、韓国でもソウルにDisneyland とか、釜山にUniversial-studiosとか、計画はいろいろあったんですが、今は全部、白紙になりました。でも遊園地でもいいから、福岡には必ず世界的なテマパークが、出来ればいいと思います。理由は福岡に行きたいですからです。PSJがないと、やはり行く理由がないでしょう。いい都市ですけど。
Posted by: 李尚勲 | August 26, 2005 10:17 PM
李尚勲さん、コメントありがとうございます。
そうですか。韓国にもいろいろあったんですね。一方中国では香港にディズニーランドができ、今度は上海ともいってます。このあたりはやはりどのくらいの「市場」があるか、ということなんでしょう。
パラマウントのパークができるかどうかはわかりませんが、福岡をはじめとして、九州はとてもいいところです。スペースワールドもあったりしますが、福岡の屋台のラーメンや、湯布院の温泉もあるし、長崎の夜景もあるし。福岡はJポップの多くのスターを生んだ土地でもありますから、地元のライブハウスなんかもいいかもしれません。
日本と韓国は、アメリカでいえば隣の州程度しか離れていません。今でもたくさんの人たちが行き来していますが、もっともっと活発な交流があっていいと思います。私はまだ韓国に行ったことはありませんが、早い機会にぜひ行きたいです。福岡に限らず、李さんもぜひどんどん日本においでください。
Posted by: 山口 浩 | August 27, 2005 02:32 AM
オリエンタルランドもパラマウントも結局、福岡より大阪を選びました。
Posted by: まさ | July 18, 2009 01:32 AM
まささん、コメントありがとうございます。
そういうニュースが出てましたね。今度は本当、なのでしょうか。九州よりはスジのいい話のようには思われますが、一方で、さてパラマウントが今から日本で?という疑問がないわけではありません。インディ・ジョーンズならすでにTDSにありますからね。この種の情報はポジショントークや既成事実作りの場合が少なからずあるので、もう少し様子をみてから判断しよう、と思っていますが。
Posted by: 山口 浩 | July 18, 2009 05:19 PM