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September 14, 2004

リスクマネジメントにおける「へっちゃらだい!」戦略

リスクマネジメントについて、少し前に「リスクをリスクと感じない」戦略があるのではないか、といったようなことを書いた。噴火で灰をかぶったキャベツを「商品価値のなくなったゴミ」ではなく「灰を落とせば食べられるキャベツ」ととらえることができれば、キャベツの損害の大部分はそもそも存在しなかったことになる、というようなことだ。

このようなリスクマネジメントを、「へっちゃらだい!」戦略と名づけてみたい。

(これは自分向けのアイデアメモに近いものであり、細かい部分についていろいろ言われても困るのでご承知おきいただきたい。改善に向けたコメントなどはもちろん大歓迎である。)

「となりのトトロ」に出てきそうな昔ふうの子ども(トラディショナルな十円ハゲつきのいがぐり頭をイメージしていただきたい)が転んだ後に立ち上がって「へっちゃらだい!」と叫んでいる雰囲気だ。宗教色を持たせる意図はないが、「心頭滅却すれば火もまた涼し」ということもできようか。要するに気の持ちよう、ということだ。

書いていて自分でもいいかげんな考えだと思うが、この「へっちゃらだい戦略」はけっこう強い。損害だと考えなければそもそもこわくないからだ。個人レベルでは比較的わかりやすい。たとえばプライバシーの侵害を考えてみる。プライバシーの侵害をどう防ぐか、もしおきたらどうリカバリーするか、というのが一般的なリスクマネジメントの考え方だろう。その前提は「プライバシーを侵害されることは自分にとって悪いこと」ということだ。

しかしちょっと待ってほしい。プライバシーの議論をする際、プライバシーの価値は若干誇張されているきらいがある。法律的な議論をするときは、「私生活をみだりに公開されないという法的保障ないしは権利」などというたいそうな表現をするが、実際のところ、公開されて困る私生活は全体からみればほんの一部だという人が大半なのではないだろうか。たとえば私は、毎日職場から帰る途中でコンビニに立ち寄るが、この情報は立派なプライバシーだ。しかし私はこれを誰かが公開したとしても、基本的には困らない。別に恥ずかしいことでも隠したいと思うことでもないからだ。これを広げて考えれば、私生活が多少公開されても気にしないという考え方をしている人は、プライバシーの「侵害」が「損害」につながりにくい、ということになる。

この考え方が応用できる分野はそれほど多くはないかもしれない。金銭的な損害は「気の持ちよう」ではすまないのが普通だろうし。ただ、何が回避なりヘッジなりをしなければならないリスクであるかについて確固たる方針をもっていて、何があってもそれを貫ける立場にあるなら、けっこう有効な戦略ではないかという気もする。

法人の例として、知的財産権を持つ企業を考えてみる。これをライセンスして事業を行う際、この知的財産権が侵害されるリスクを考慮しなければならない。しかし某国のように知的財産権保護が充分でない国に対してライセンスを行う場合は、非常に大きいリスクを負うことになる。日本のゲーム産業がその国に対してあまり進出できていない理由の大きな1つがそこにあるともいわれている。

知的財産権侵害により得べかりし収益機会を失うことは耐えられない、とすればこの事業は難しい。一方、少々侵害されてもいいじゃないか、と考えられるとすれば、これは必ずしも致命的なリスクではない。たとえばライセンスフィーを極端に低くし、正規版が大量に出回るようにしたらどうだろう。製品1つあたりのライセンスフィーはわずかでも、大量に販売できれば収益の絶対額は大きくなる。それでいいではないか、と割り切るわけだ。(この場合、正規版が安く出回れば海賊版の事業機会が小さくなるというメリットもある。)また、発売当初に予測された全量を一括して売り切ってしまい、後は関知しないというやり方もある。関知しなければリスクとして認知されないわけだ。某国のように正規のライセンシーが裏で海賊版を売ることも珍しくない市場では、こうした手法をとる企業もある。

つまり、リスク認知の範囲を変えるのが「へっちゃらだい!」戦略のアプローチだ。株主がそれに納得するか、という問題はある。逆にいえば、株主を説得できるかどうかがこの戦略のキモとなるわけだ。

「石橋を叩いて渡る」ということわざがあるが、リスクマネジメント戦略は、次のいくつかに分かれる。

①石橋を叩くだけで渡らない。
②石橋を叩いて渡る。
③石橋を補強して渡る。
④命綱をつけて渡る。
⑤泳ぐ訓練をしてから渡る。

通常のリスクマネジメントは、上記の①から④に相当する。これに対して、「へっちゃらだい!」戦略は、⑤に相当するのではないか。どのやり方がベストかは、場合によって異なる。だが避けられないリスクに対処するためには、⑤の考え方が重要になってくるのではないだろうか。

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Comments

「へっちゃらだい!」戦略というネーミングが素敵です。惚れました。わたしも調べる気になったら何でも知れてしまう世の中なのにプライバシーという問題に関して過剰に騒いでいない?というのを感じていました。
それはともかく、以前中国でアニメのDVDを売る際に、氾濫する海賊版にどう立ち向かって行くか?というのをテレビで見た事があります。それによると海賊版を法的手段等で無闇に駆逐しようとするのではなく、同じ場所で同じ価格で売る。そしてDVDという情報以外での付加価値、例えばパッケージを豪華にしたり、パンフレットといった付録を付ける事で、ユーザーは正規版を選ぶ事となり、結果的に海賊版を駆逐できたそうです。中国なら薄利多売が可能ですので、これこそまさにやまぐちさんが名付けた「へっちゃらだい!」戦略なんじゃないかと思いました。
また知的財産侵害について、少々侵害されてもいいじゃないかという考え方や
>発売当初に予測された全量を一括して売り切ってしまい、後は関知しないというやり方もある。
この部分は激しく同意!という位賛成です。実は今その考えでいろいろ練っている所です。
だからといって私は知的財産を侵害しようとは思いませんが。

Posted by: さかまた | September 15, 2004 03:56 AM

コメントありがとうございます。「某国」におけるコンテンツビジネスにはどちらの会社もご苦労があろうかと思います。それだけマーケットも大きいわけですが。私が書いたネタは、実はその某国において実際に行われているやり方のようです。あたかも私が考えたように読まれたとしたら、ちょっとミスリーディングな表現でした。すいません。
プライバシーについては、人によってとらえ方がちがうのに、制度的な保護策が画一的なのは少しミスマッチなのではないかという問題意識がありました。リスク選好が人によって異なるのだとしたら、「プライバシー選好」も人によってちがっていていいのではないかと。投資だとポートフォリオ戦略でそのへんはそこそこ調整できるわけですが、法的な権利を持ち出すとそのへんの柔軟性に欠けますね。うまいやり方はないもんでしょうか。

Posted by: 山口 浩 | September 15, 2004 09:19 AM

プライバシーの問題はそれこそソーシャルネトワークングサービスのごとく、「関係性の度合いで公開部分を変える」というシステムを作って、本人がプライバシー公開の度合いを選択できるにすれば結構良いんじゃないかと思うのですが、社会の制度がそれに追いつくのには非常に時間がかかりそうですね。
あと、株主さんも「へっちゃらだい!」と言ってくれる人のみを集める為には、無条件にソレ(投資対象等)が「好き!」という「キモチ」がキーワードになるのではないかと思っています。ですがこれはかなりの楽観論かも。

Posted by: さかまた | September 15, 2004 01:42 PM

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