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September 23, 2004

文化の対中援助論:「你好にゃ?」

今さらとりあげるのも何だが、中国・重慶でのできごとは残念だった。サッカーのアジアカップの試合における中国人ファンの日本に対するブーイングの件である。「重慶は特別な歴史的背景があるから」と多くの専門家が指摘していた。「あれはごく一部の中国人だ」と多くの中国人から聞いた。それでもあのとき、あの場所に、あれだけの人数の、日本に対して悪い感情を抱いた中国人たちが集まっていたことは事実だ。きっと他の地域にも、あれほどでなくてもいるのだろう。

日本はこれまで中国に対して巨額の政府開発援助(ODA)を行ってきた(財務省研究会報告書はこちら。第7章および第8章を参照されたい)。援助の現場にいた人たちは、今回のできごとに対してショックを隠しきれないようだ。巨額の国費、自分たちの努力はいったい何だったのだと。

そこで遅まきながら、対中援助について考えてみようと思った。あくまで自分の考えが及ぶ範囲で、だが。また、まだ考えがまとまっているわけではない。とりあえずのメモとして書いておくものだ。

最初にことわっておくが、ここでは中国けしからんとか、いや日本の謝罪が充分でないとか、その種の議論には加わらない。それはそれで重要な問題ではあろうが、少なくとも両論が対立し、どちらかの立場がもう一方を圧倒するという関係にはない以上、正当性の議論を続けても当面事態の打開にはならない。私が懸念するのは、中国との関係がうまくいかない場合、日本が失うものは大きいのではないか、ということだ。どちらが正しいかはさておき、何か関係をよくするためにできることはないだろうか、というのがここでの視点だ。

さて、本題。

日本の対外援助は、少なくとも当初は、戦時賠償の代替という性格をもっていた。日本の援助の大半がアジア地域に対するものであるのはそのせいだ、というと過言かもしれないが、少なくともそういう経緯は大きく影響している。もちろんこのことは、相手先のほうも意識している。その意味で、中国が日本の援助に対してあまり感謝の念を持たないのは(当否は別として)当然の成り行きだ。また、最近の動きも日本に対する反感をかきたてるものとなっている。重慶のサッカー場に集まった若者たちは、日本の援助についてはおそらくあまり知らない一方、反日色の濃い教育を受け、インターネットなどで靖国問題などの情報にふれている。日本に対する反感が強まるのはさほど不思議なことではない。それが「あるべき姿」かどうかは別として、そういう人たちがいる、ということだ。

一方、中国の中には日本が大好きという人たちも珍しくない。いわゆる「哈日(ハーリー)族」だ。日本の流行を追いかけ、日本のアイドルに熱狂し、日本のドラマやアニメやマンガを日常的に楽しむ。哈日族ばかりではないだろうが、日本への観光客は増加の一途をたどっている。秋葉原で買い物をし、京都で寺社を観覧し、ディズニーランドやUSJで遊ぶ。こうした人たちの中には、実は日本が嫌いという人もいるかもしれないが、少なくとも重慶で反日ブーイングに熱狂した若者たちほどではないだろうとは想像できる。文化面での交流は、歴史的な対立や感情的な反発、経済的な利害対立そのものを打ち消すことはできないかもしれないが、それでも深刻な対立を避け、より前向きな話し合いに向かう方向につながると期待することはできるはずだ。

東京大学の浜野俊樹助教授は、日本のコンテンツ振興政策を考えるうえで、アメリカが第二次大戦後、日本やヨーロッパで行った文化政策の効果に注目している(「デジタルコンテンツ白書2004」)。アメリカは、アメリカ的な生活や考え方についてふれたテレビ番組などをそれらの地域に幅広く放映されるよう格安の料金で提供する、という政策をとった。これらのテレビ番組にふれながら育った日本やヨーロッパの人々は、無意識にアメリカ的なものに対して共感を持つようになっているという。自分のことを考えてみても、「奥様は魔女」に出てきたアメリカの家庭のようす(それが虚構であったとしても)をうらやましく思っていたことははっきり記憶に残っている。

日本文化は、ずっと以前から中国に入り込んでいた。マンガは約20年前から持ち込まれ、海賊版のかたちで広がり、ファンを増やしていたのだ。正規にはライセンスされていないはずのガンダムのプラモデルが中国のどの都市のおもちゃ屋でも売られている。最近教えてもらったのだが、「東京ラブストーリー」が中国で大ヒットしたのをご存知だろうか(女子十二楽坊のメンバーもファンだったとか)。これも大半が海賊版のはずだ。哈日族も、元をたどればこうした違法コピーや海賊版などで日本の文化にふれ、日本好きになったものだろう。だとすれば、長期的な視点から、中国の人々が日本の文化に触れる機会を増やしていくことにより、日本に対する考え方を(マクロ的な意味で)多少なりとも変えることができるかもしれない。

今、日本文化は、主に民間企業によって中国に伝えられている。急速に拡大する中国マーケットの恩恵にあずかろうと多くのコンテンツ関連企業が中国に進出している。その多くの日本企業にとって、いくつかある悩みの種のうち最大のものは、著作権保護、つまり海賊版対策だ。この国では、映画を公開すればその日のうちに映画館でビデオカメラを使って撮った質の悪い海賊版が売られるし、DVDを発売すれば正規のライセンシーが裏で海賊版を売りさばく。問題は日中間の購買力格差だから、簡単な解決法はない。中国進出企業は、さまざまな手法でこの問題に取り組んでいる(本題と離れるのでここでは取り上げない)。

対中援助の一環として、中国への日本文化「輸出」を支援するしくみを作れないだろうか。直接的に考えられるのはコンテンツそのものの輸出への補助などだ。たとえば中国のテレビ業界は慢性的なコンテンツ不足に悩まされているから、日本の古いコンテンツを安い価格で輸出できれば、などという考え方もある。ただ中国は海外コンテンツの流入には制限を設けているから、これには限界がある。他には、たとえば中国における著作権保護のための制度・体制づくりに資金を出すという方法も考えられよう。日本マンガなどのコンテンツを原作として中国でコンテンツを製作する際の資金援助を考えるという手法もありうる。中国企業が映像作品を作る際に日本でロケを行うならそれを資金面、ロジ面で補助するという案はどうだろう。コンテンツの海外進出に際しての資金調達に保証をつけたりノンリコース方式で融資をしたりするというやり方だってあるだろうし、文部省推薦のような類の作品であれば、場合によっては国が買い上げて中国に無償供与するという考え方だってある。

こうした文化面の援助のいい点は、援助先の人々にとって「目に見え、心に残る」ということだ。思えば、これまでの援助は円借款を使ったハコもの建設資金融資が中心だった。上海にある浦東空港は、日本のODA資金で作られ、日本の対中ODAの代表的な成功例といわれているが、中国でこのことを記憶している人は少ないという。ハコものでは、一般の中国人の目からは見えにくいし、記憶には残らないのだ。そうではなく、中国に対して上記のような「文化の援助」を続け、中国人に対する日本人のイメージが大きく変わるようになれば、ハコものに使うよりずっと少ない資金でより効果的な援助となるのではないだろうか。

ただしここでは、こうした援助を中国側が受け入れるかどうかについては考えていない。これは重要な問題で、避けて通れないだろうが、かなり長くなりそうなので、別の機会に考えたい。

ある宴席で面白い話を聞いた。アメリカには日本よりははるかに小さいがオタク市場が存在し、日本アニメやマンガを愛好し、コスプレ大会に参加したりする人々がいる。こうした人たちは日本のオタクたちの文化をかなりのレベルで取り入れていて、オタク系の、というか猫耳好き系の女の子たちが会話の語尾によくつける「にょ」だの「にゃ」だのといった表現もそのまま使われている、というのだ。つまり、

"How are youにょ?"
"I'm fineにゃ."

といった会話になるわけだ。この話をしてくれたジャーナリストの方は、実際にアメリカのアニメ関連イベント会場でこういう表現を耳にしたという。

中国語でいえば、

「你好にゃ?」

という感じだろうか。

先月、野村総研が、日本のオタク市場について、市場人口280万人、市場規模2,600億円との調査結果を発表した。彼らは日本のコンテンツ産業にとって「目の肥えた客」であり、ある領域ではトレンドの牽引役ともなっている。アメリカのオタクたちも、日本のコンテンツ産業にとっては貴重な「early adopter」だ。もし中国にもこうした層が育っていったらどうだろう。中国には日本の10倍の数の人々が暮らしている。国全体の1人あたりGDPは日本の数十分の一だが、沿岸部の豊かな2億人前後は、日本人と同等かそれ以上の生活水準であるという。加えて、日本趣味のベースとなる日本マンガの浸透度はアメリカの比ではない。巨大な潜在的オタク市場があるのだ。想像が飛びすぎているかもしれないが、仮に百万人単位の中国人オタクが「你好にゃ?」と挨拶し、日本のコンテンツに対する消費を牽引するようになったとしたら、重慶のような問題はおきにくくなるのではないだろうか。

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