自殺者と経済
WHOは世界各国の自殺者に関する調査結果を公表した。日本の自殺者数は人口10万人あたりの比率に換算すると世界第10位で、旧ソ連・東欧圏を除く主要先進国の中では最も多い。特に45~64歳の中高年男子の自殺者数が急増したという。また、世界全体の自殺者数は推計で年間約100万人に達し、殺人や戦争の死者の総計を上回るらしい(記事はこちら。WHOの該当ページはこちら)。
自殺者が増えているという話はよく聞くが、そもそも水準として自殺率(人口に対する自殺者の比率)は国によってどのようにちがうのか、またそれが何によって影響を受けるのか、気になったので少し調べてみた。
(ことわっておくが、自殺という深刻な問題を面白おかしく取り上げるつもりはまったくないので誤解なきよう。)
こんなことを考えたのは、あるところで、引きこもりと生活の余裕に関係があるのではないか、という話が出たからだ。そのとき私は、日々の生活に追われる貧困な国では引きこもっていたら生存に関わるので、引きこもりは少ないのではないか、という意味の発言をしたのだが、特段根拠もない印象だけの意見だった。そのことが頭にあったので、今回のニュースを見て、では自殺はどうなのだろうか、と連想したというわけだ。
例によってあまり時間をかけられないので、思い込みで、人口10万人あたりの自殺率と1人あたりGDPとの関係をグラフにしてみた(グラフはこちら。とはいえこのグラフの作成にはそこそこ時間がかかっている)。1人あたりGDPは2003年の世銀データで米ドル換算だ。自殺率はWHOサイトから各国の自殺者数データ(こちら)をとった。これは利用できる直近の調査結果を集めたものなので、調査時期は国によってちがうことをことわっておく。横軸が1人あたりGDP、縦軸が人口10万人あたりの自殺者数(これを自殺率と呼ぶことにする)だ。青い点が男性、赤い点が女性をあらわす。1人あたりGDPは男女の区別がないから、男女とも同じ値だ。したがって、どの国についても、男性の点と女性の点は縦に並んでいる。国名のラベルはあとからつけたもので、見ばえの点からすべての国にはつけていない。
結果はこのように見ることができようか。
①中東欧諸国は突出して高い。 どういう理由だかよくわからないがとにかく突出して高い。世界第1位はリトアニアだ。10万人中80人。悩みが多いのだろうか。プライドが高いのだろうか。社会状況が悪いのだろうか。
②ほとんどの国で男性のほうが女性より高い。 「男性のほうが繊細」などといえばフェミニストに怒られるだろう。性別そのものに由来するのか、男性と女性をとりまく社会的状況に左右されるのか。いくつかの国をみてみると、どうも中高年層が最も自殺率が高く、女性より男性が高いというのが共通した特徴のようだ。つまり最も自殺率が高いのは中高年層の男性ということになる。少なくとも日本の場合、女性の場合は子供との結びつきが強いので自殺につながりにくいのではないか、というのが実感に近いのではないだろうか。
③日本の自殺者数はほぼ一様に増加している。 記事にあった「中高年男子の自殺者数が急増」はまちがいではない。しかし図でみる限り、自殺者全般がほぼ一様に増えているものの、もともと最も数の多かった中高年男性自殺者の増加した絶対数が最も多くなったということにすぎないようにみえる。リストラやら何やらで中高年男性はたいへんというが、女性だって、他の年齢層だって、たいへんなのだ。記事の書き方は先入観にとらわれていたか、無理やり誘導しようとしたか、とにかくミスリーディングだと思う。
④中東欧を除くと、経済発展と自殺率には正の相関があるようにみえる。 中東欧諸国を除くと、1人あたりGDPが高い国のほうが自殺率も高い傾向を持つようにみえる。回帰分析をやったわけではないが、グラフからみる限り有意な関係がありそうな気がする。豊かになることは幸せにはつながらないのか。はたまた豊かな国は「自殺を選択できるほどに幸せ」ということなのか。
⑤ラテンアメリカ諸国、およびイスラム教圏諸国は概して自殺率が低い。 想像だが、宗教的な理由が影響しているのではないかと思う。カトリックやイスラム教における自殺の禁止がこの社会の人々を自殺から守っているのだろう(他の宗教に比べて禁止の度合いが強いという意味だ)。これらの地域の人々は、あくまで一般に(というか、俗に)だが、人間同士の約束といったものに対する意識がそれ以外の地域の人々に比べあまり高くないと評されることがよくある。責任感の重さから自殺を選ぶ人が少なくないとすると、人間同士の約束に重きをおく程度が低い社会であれば、自殺を選ばざるを得ない状況は比較的訪れにくいかもしれない。とすればあれはけっこうたいした知恵だということになる。
⑥「男がつらい国」ランキングトップはボスニア・ヘルツェゴビナ。 男女の自殺率の比率を考えてみる。「男の自殺率÷女の自殺率」を「男はつらいよ指数」と呼ぶことにする。計算していないが、平均はざっと3ぐらいだろうか。それが男女のどちらが相対的に「つらい」かをあらわすというわけだ。これを各国間で比較する。自殺率がゼロとなっている国は除いた。「男はつらいよ指数」が最も高い国、つまり「男がつらい国」ランキングの第1位はボスニア・ヘルツェゴビナだ。比率は13.4となっている。自殺者の9割以上が男性ということだ。
⑦「女がつらい国」ランキングトップは中国。 逆に、「男はつらいよ指数」が最も低い国、つまり「女がつらい国」ランキングの第1位は中国だ。比率は0.9、つまり男性より女性の自殺率のほうが高い。これは世界の中でもかなり珍しい状況だ。この国はいったいどうなっているのだろう。
世界の中で、日本はどんな位置にいると考えればいいのだろう。記事がいうとおり、先進国中第1位といえばよくないし、1人あたりGDPとの対比でいってもやはり悪い。しかし中東欧諸国に比べればかなりいい。中国と比べれば、女性にとっては日本のほうがいい国だともいえるかもしれない。もちろん、いずれにしても、あまり愉快な話ではない。これから先、どの国でもこの数値がどんどん下がっていくといいのだが。
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