海外アウトソーシング:結局問題は何なのか?
英ロイター・グループがインドに情報処理拠点を設けた(記事はこちら)。
同社はすでに米国の企業財務などのデータ収集・分析要員として340人を南部の都市バンガロールで雇用しているが、これを年内に400人に増やす。増員の軸となるのは情報処理部門である。企業分析にあたって役員に話を聞くなど実地調査を行う必要があるときには、ニューヨークの拠点などに引き継ぐ。
今となっては慣れっこになってしまった海外アウトソーシングの一例だ。アメリカなどでは、ソフト開発やコールセンターだけではなく、会計処理や財務分析など、かなり付加価値の高い業務もアウトソーシングやら海外移転やらの対象となるようになった。アメリカにとって、インドは、人件費が安いというだけでなく、教育水準が高く、英語を話せて、しかも数学的才能にすぐれた国民性を持つ労働力が入手可能だ。また中国などでは、シリコンバレーで活躍した中国人がいわゆる「海亀派」となって中国へ帰り、企業を設立してアウトソーシングを引き受けるといった例も少なくない。日本の場合も、かつては日本語の特殊性という面から、アメリカとは事情がちがう(事務系の業務は海外には出せない)といわれていたが、大連の企業がどんどん日本人を雇っているし、中国人に日本語を学ばせるケースも増えているから、必ずしもそうとはいえないようだ。
この問題についてはすでに多くの情報が伝えられ、たくさんの専門家たちが侃々諤々の議論を展開している。私ごときが今さら新しく付け加えられることなどない。
とはわかっているのだが。
今出回っている情報がどうも錯綜しているような気もするので、とりあえずそれらを整理してみるぐらいのことは、してみてもばちは当たらないだろう。今出ている論調の多くは、おおまかにいうと、以下の2つに分けられる。
1.海外アウトソーシングは国内の雇用を奪う
2.海外アウトソーシングはむしろ経済を発展させ、雇用を増やす
それぞれについて、いくつか記事を拾ってみた。
1.海外へのアウトソーシングが国内の職を奪っている、という指摘
2003年5月22日「IT分野でも海外アウトソーシングが激増中」
米国の企業は以前から、コスト削減のために事業の一部を外部に委託してきた。この傾向は特に製造業で顕著だが、ハイテク業界でもアプリケーション開発などの分野でアウトソーシングが増えている。また、最近では、コールセンター業務を海外に移す企業が増えてきた。米国企業が海外に目を向ける理由は、人件費の安さにある。たとえば、中国の初級レベルのプログラマの人件費は東京やロンドン、シカゴの人件費の30~50%だ。米Forrester Researchの調査によると、海外に移管したコンピュータ職は2000年には2万7,171人分だったが、2015年までには47万2,632人分に増えると予測している。同社はまた、コールセンターの業務やバックオフィスの会計といった分野のサービスも、海外委託する企業が増えるとみている。
2003年7月10日「海外アウトソーシング増加で、IT技術者の仕事が消えてゆく」
IT部門における海外へのアウトソーシングが加速すると、オーストラリアの技術市場は衰退の一途をたどる恐れがあると考えられていることが、IT Manager Australia(ITM)による調査の結果明らかになった。 ITMのメンバーである業界人たちの9割以上は、海外へのアウトソーシング増加によって国内のIT関連労働市場が縮小し続けるとしたら、就職先を検討中の学生たちにIT業界でのキャリアを選ばぬようアドバイスする、と回答した。
2003年9月17日「ベイエリアでアウトソーシング会議に反対する抗議デモ」
9月16日(米国時間)、サンフランシスコ・ベイエリアで、企業に対しIT関連その他の職の海外移転について指導する会議が2日間の日程で開催されたが、これに反対するおよそ50人の労働組合員と失業中のコンピュータ技術者がデモを行った。
2004年5月18日「海外アウトソーシングによる米雇用消失は340万人分--新たな調査が発表に」
調査会社Forrester Researchは2002年、2015年までに300万人分以上の仕事が米国から海外へ流出するとする調査レポートを発表して論議を呼んだが、同社は最新のレポートでこの主張を擁護し、今後11年間に340万人分の仕事が海外へ移ると予測している。これは、2年前の最初の調査で予想された330万件という数とほぼ同じといえる。
2003年7月17日「給与削減の波にさらされるIT技術者たち」
Economic Policy InstituteのエコノミストJared Bernstein 氏は、専門家と技術者の賃金は実質的に下がっており、コンピュータ技術者や数学者の失業率が、1982年に労働統計局が統計を取り始めて以来、過去最高となったと報告した。コンピュータ技術者や数学者の失業率は、1990年代には1%前後だった。しかし、2002年末には5%程度にまで増加している。これは労働市場全体の失業率に比べて2倍の数値だ。賃金面も同様で、2002年第4四半期における技術者・専門家のインフレ調整前賃金は、前年同期比わずか1.7%増と、労働省が1976年に統計を取り始めて以来最低の数字であった。
2.企業側からみれば、アウトソーシングは全体としてメリットのほうが大きい、との主張
2003年10月22日「「IT関連の仕事は、いつか米国に戻ってくる」-米IT業界識者」
9月21日(米国時間)に開催された公開討論会で、パネリストとして討論会に参加した、米Borland、米BearingPoint、米Infosysの幹部、そして米商務省の官僚らは、米国企業が海外へのITアウトソーシングによる経費削減で浮いた資金をゆくゆくは再投資に回し、国内事業の拡大を進めるようになり、それが将来国内で雇用を生み出すことにつながるとの見解を示した。
2004年6月11日「失業の原因は海外アウトソーシングにあらず--米労働省調査」
米労働省は、今年の大量解雇で失業した労働者のうち、「業務の海外アウトソーシング」が原因で失業した人はほんの少数であったという調査結果を発表した。第1四半期の間に民間企業の非農業従事者4,633人が、海外アウトソーシングが原因で少なくとも31日間分の職を失ったという。これは、解雇された労働者総計23万9,361人のうち、2%にも満たない数値であるという。この報告書は、失業保険の請求データなど、直近の情報を基に作成されている。しかし、調査結果は厳密にいうと正確ではない。この統計に含まれる対象者が、従業員数50名以上の会社を解雇され、5週間のうちに同じ会社を解雇された人が50名以上失業保険を申請しており、かつ失業状態が30日以上続いた人に限定されているからだ。
2004年6月16日「米コンサルティング会社:「海外への業務移転をさらに推進せよ」
Boston Consulting Group(BCG)は、コストの安い国々への業務移転は企業に利益をもたらすとしており、移転するなら早ければ早いほど良いとする報告書を発表した。
2004年7月14日 「インド:ITアウトソーシングは米国経済を助ける」
インドのソフトウェアやサービス企業の団体であるNasscom(National Association of Software and Services Companies)は、ソフトウェアコーディングやビジネスプロセスをインドにアウトソーシングすることが、米国内での雇用数を向上させることにつながるとのレポートを公表した。アウトソーシングによりアメリカ企業はコストを削減でき、それがレイオフの回避や新規雇用につながる、というロジックだ。
2004年9月14日「中国ソフトウェア業界の実力とオフショア開発の勘所(1)(2)(3)(4)」
さて。
よく読んでみると、1と2の議論はどうもかみあっていないようにみえる。「雇用」の種類がだ。雇用が奪われるという意見は、「自分たちの職」が奪われるという不安からきている。特定の仕事、つまり自分が今やっている仕事が海外に流れるという不安だ。これに対し、雇用を生み出すという意見は、必ずしもどんな種類の雇用かを明確にはしていない。「新たな雇用」が生み出されるとしても、それが同じ職種、同じ給与であるという保証はない。プログラマーの職が奪われた後にあるのは、よりハイクラスのシステムエンジニアか、売り子のような低付加価値のサービス業、といったあたりが典型的な構図だろう。一方からいえば、職は充分にある。しかしそれは、もう一方からいえば、残った職は手が届かないか自分には役不足、ということだ。
この構図は、思い出せば、製造業でいわれていたものとまったく同じだ。メーカーが次々を海外拠点を設ける。部品を納入する下請け企業も海外進出する。国内の雇用が奪われる。熟練労働者の育成ルートがなくなり、国内企業の長期的な競争力に暗雲がたちこめる。同じことがIT業界やら、金融業界やらにおこっているというわけだ。いわゆる「リストラ」にあったホワイトカラー従業員がなかなか転職先を見つけられない、という構図も、職そのものがないのではない。職を探す人々が持つ自己イメージにふさわしい職がない、ということなのだ。
さらにいえば、このような変化は、歴史上数多く生じてきた。自動車が急速に普及していった時代、馬車を扱う技能者たちはどうしていただろうか。ずっと以前、エレベータには操作する従業員がついているのが普通だったし、路線バスだって車掌が乗っているのが当たり前だった。彼らはどこへいったのだろう。少なくとも彼らが国家的に保護されたということはなかったのではないか。技術や産業構造の変化による雇用の変化は国内でおこることも多いが、今おきているのはそれが国際的なもので、グローバル化の必然的な帰結の1つだ。
もちろん、IT技術者は、エレベータ操作手とは熟練による付加価値の増加やその企業戦略へのインプリケーションなどにおいて大きくちがう。だから国レベルで関心を呼び、諸方面で議論がされているわけだ。それでも、過去の例からいえば、歴史的な大きな流れを押し返し続けることはかなり難しい。無理にやれば必ずどこかにひずみがでる。
国の中でこうした問題がおきれば、市場メカニズムに任せて自然に調整されるのを待つか、政府が介入して資源の再配分を行うかだ。前者のほうは国際社会でも可能だろう。問題は後者、というわけだ。国際的な労働力市場が「市場の失敗」に見舞われたとき、資源の再配分を行うしくみがない、というのが本質的な問題、ということだろうか。ある意味では、アウトソーシングの進展によって、先進国と途上国との生活水準の格差が小さくなってくるのかもしれない。だとすれば、今おきていることは、ある観点からはかえって好ましいものでもあるということだ。
もちろん、アウトソーシング先の国でも、必ずしもいいことばかりではない。こういう問題もあるらしい。
3.アウトソーシング先の国においても問題がある、との主張
2003年8月28日「IT版女工哀史?-繁栄するインドのコールセンターの『影』」
業界団体のNational Association of Software and Service Companies(NASSCOM)インドのコールセンター産業は繁栄しているものの、従業員の平均離職率が30~35%と高いため、長期的に熟練した人材を確保することが難しくなっている。
2004年10月8日「IT企業の海外外注先での悲惨な労働環境が明るみに」
英国の非営利組織、Catholic Agency for Overseas Development (CAFOD)は、メキシコ、中国、タイのコンピュータ製造現場を調査し、IBM、Dell、Hewlett-Packard(HP)のような企業向けにコンピュータ部品を製造している発展途上国の労働者が、危険な現場、強制的な残業、法定の最低基準を下回る賃金、そして多数の労働者が健康・年金・労働条件などの基本的な法的権利を奪われている劣悪な労働条件の下で働いている、と報告した。
途上国での労働条件が改善すれば、コストも上がるから、途上国のコスト優位性は薄れる。そうなれば海外アウトソーシングにも歯止めがかかる、といった図式が期待できなくもない。しかしそうした調整には時間がかかる。その間にアウトソーシング先の企業も実力をつけ、より高度な業務を遂行できるようになるだろう。結局、それだけでは解決策にはならない。
つきつめれば、われわれは、アウトソーシングによって流出した仕事よりも高度な技能を身につけ高度な職種に転換していくか、より安い給料に甘んじるかの選択を迫られているわけだ。面白くも新しくもないつまらない結論で、しかも何の救いにもならない。そこで、最後にもう1つ別の観点を示すニュースを挙げておく。
4.経済状況が改善すれば、問題自体の意義が変わってくる
2004年8月16日「米IT業界、雇用に対する見通しが好転--労働者意識調査」
米国の人材派遣会社Hudsonが7月に行った調査によると、IT労働者の雇用に対する自信が6月に比べて回復し、さらに米国の労働者全体と比べた場合、IT労働者は一段と楽観的な見方を示しているという。同社が発表した7月の「雇用指数」は112.1で、6月より4ポイント、5月より11ポイント上昇した。ちなみに、同社が発表した全米の7月の雇用指数は108.4で、6月の107.9を上回っている。今月に入って結果が発表されたこの調査は、IT、医療、製造業などで働く約9,000人の米国人労働者を対象にしたもの。
つまり、大騒ぎしていた問題の少なくとも一部は、雇用構造の変化やらグローバル化やらといった「大きな」テーマの問題ではなく、単なる景気の問題だったということだ。何の解決にもならないことは同じだが、少なくとも自国の大企業や途上国の労働者を責める筋合いのものではない要素がある、ということは意識しておくべきだと思う。
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Comments
偶然通りかかっただけの者ですが、
日本に限ると、IT雇用創出などと一時的ブームを興した国策、それに乗じた企業。さらに景気低迷を起点としたような海外アウトソーシングの拡大の背景があるように思います。変化への対応が要求されているだけと結論してしまえば簡単と思うし、環境が変化しつつあることは揺ぎ無い事実と思います。しかし労働者側だけの問題として片付けてしまうには無理があるように思いますし、疑問を感じます。
Posted by: 通りすがりのIT技術者 | February 14, 2005 07:19 AM
通りがかっていただいてありがとうございます。
確かに労働者側だけの問題と片付けてしまうのはどうかと思いますね。ただ、だからといって企業や政府を責めるばかりでは解決にはならないのではないか、とこの記事を書きながら思っていました。
この問題はまさに「グローバル」に起きていることなので、企業や国ですら個々には1プレイヤーにすぎません。それぞれはがよかれと思ってやっていることが利害対立のために膠着状態になっているわけで、調整して何か対策を打とうとしても時間とコストがかかる、そうこうしている間にどんどん問題が進展する、ということです。
とすると、筋合いはともかく、自分の生活を守るためには自分でなんとかしないといかん部分がかなり多いはずです。私はIT技術者ではないのでまさに無責任な「傍観者」にすぎませんが、政府やら企業やらに過大な期待を抱かないほうがいい、と思います。
あ、充分かどうかともかくとして、少なくとも政府はこの問題に関心はもっていて、どうしたらいいのか検討はしているはずです。企業の場合は経営方針次第ですが、国内雇用に配慮しているIT企業もけっこうあるのでは?ただ、IT鎖国をすれば「日本丸」自体が沈没するという危機意識があるようですから、そういう策は出てこないと思います。
それから、海外への雇用流出の問題はIT産業に限ったものではない、ということも忘れずにいたいものです。製造業の海外移転は10~20年前ぐらいから始まっていました。それより数十年前に第一次産業が衰退していったのも、いってみればそれらを海外からアウトソースしたからでしょう。アメリカではコンサルティングや統計分析、資産運用などの知的サービスもアウトソーシングの対象になり始めていますから、そのうちパイロットとか医師とかいった分野も聖域ではなくなるかもしれません。長期的には、日本でも海外労働者の受け入れが行われるでしょうから、国内型産業も例外ではありません。本当は、私も含めて誰もが他人事ではいられないはずの問題です。ということは、この問題の対策は、国民の大多数に適用してもおかしくないものでなければならない、ということもいえます。
暗い話ですね。ただ、まったく望みがない、ということでもないと思います。
Posted by: 山口 浩 | February 14, 2005 09:46 AM