デジタルシネマの標準規格:メリットはコスト、問題もコスト?
10月8日(米国時間)、大手映画会社で構成されるある業界団体が、デジタルシネマの映像フォーマットに関する標準規格の策定を完了したと発表した(記事はこちら)。デジタル映画の映写機に関しては、Texas Instruments社の「DLP」方式が事実上の標準となっているが、映像フォーマットについても大手社の合意ができ、デジタルシネマ普及に向けて一歩前進したことになる。
とはいえ、まだ課題は残っている。
Disneyや20th Century Fox、Metro-Goldwyn-Mayer(MGM)、Paramount Pictures、Sony Pictures Entertainment、Universal Studios、Warner Bros. Studiosが組織する業界団体Digital Cinema Initiatives(DCI)は、DCI Technical Specificationバージョン5.0という規格の策定を完了した。同規格の仕様書は9月30日までに完成する見込みだが、各社はDCIが当初定めたスケジュールを12カ月間延長して、技術仕様の改善やシステムの相互接続試験、仕様のセキュリティ強化に取り組むことに同意している。DCIでは、映写機やネットワーク機器などのデジタルシネマシステムの生産を促進するために定められた技術仕様の改善を行う。Texas Instrumentsやソニーは、DCIの初期段階の仕様に準拠した機器の製造を既に始めている。
デジタルシネマへの移行は、映画制作がデジタル化へと急速に移りつつある現状からみれば、自然な流れであるともいえる。もはや当たり前となったCGによる画像処理を行いやすいという面だけでなく、撮影時のフィルム入れ替えの手間、撮影用のカメラやフィルムの価格など、デジタル化に伴うメリットは大きい。
※フィルムカメラは1台約3,000万円、フィルムは50分間で10万円。これに対し、デジタルであれば、松下電器産業製のカメラが1台700万円前後、記録するビデオテープは50分間で7,000円。
(毎日MSNニュース2004年10月18日)
このあたり、写真の世界ではアナログ方式にこだわる写真家も少なくないだろうが、映画のほうはより商業性が強いのだろう。「芸術性」を追求する映画制作者が従来のフィルム方式にこだわることもあるかもしれない。しかし少なくともマス対象の映画はデジタル化の方向へ進んでいくのだろう。
問題は上映する映画館のほうだ。日本の場合、映画館は全体で2,500ヵ所ほどあるそうだが、このうちデジタル上映を行っているのは20ヵ所程度しかない(2001年公開の「千と千尋の神隠し」で実験が行われたことは記憶に新しい)。アメリカでも100に満たない数らしい。問題はコストだ。既存のフィルム用の上映機器であれば400万~500万円であるのに対して、DLP方式では2,000~3,000万円するという。個々の映画館にとってはかなりの投資だ。もちろん、フィルムを要しないことから、フィルムのコピーや配送の費用(いわゆる「P&A」の一部」)が不要となる等のメリットもあるが、一方でネットワークインフラの構築にコストがかかるし、製作側にとっては著作権管理の方法が問題となる。
ジョージ・ルーカス監督は、「2005年に公開する『スター・ウォーズ:エピソード3」はデジタルシネマ専用の映写機がないところでは公開しない」と宣言している。イギリスは250館をデジタルシネマ対応にすることを決め、中国でも今後5年間で2,500館を国家予算でデジタル化することを決めている。日本の場合、経済産業省が「みんなのmovie」プロジェクトとして、プロジェクタや再生機の貸し出しと、作品=上映のマッチングにかかわるシステムの管理を行っているが、これは地域での単発的な上映を念頭においた「デジタルシネマ地域上映事業実証実験」であり、予算も総額1億5,000万円程度だ。また10月23日から始まる東京国際映画祭では、DCI仕様で最高水準の規格となる800万画素クラス(4,096×2,160画素)のデジタルシネマ(以下4Kデジタルシネマ)として「失楽園」(1997年公開)のデジタルシネマ版の上映会を開催する。しかしこれらはいずれも実験的なものにとどまり、諸外国のような、いわゆる産業インフラ整備的なものではない。
つまりデジタルシネマは、製作側にとっても配給側にとってもコスト削減というメリットがあるが、配給側には一方でコスト増加の面もある。削減されるのはランニングコストで、(一時的に)増加するのは初期コストだ。ただし、デジタル機器の規格は性能の向上とともに移り変わっていくから、「初期コスト」の経済的な耐用年限は短い。安易に政府に頼る姿勢ではいけないだろうが、国全体のコンテンツ産業戦略の一環として、インフラ構築に関して何らかの政策支援を検討することも必要かもしれない。
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