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October 05, 2004

「性」の値段その2:インドの事情

先日、インドの結婚時の花嫁持参金の金額に関する研究をとりあげた記事を書いた。「持参金の額はインド北部よりも南部で高い」と書いたのだが、その背景と思われる事実について解説した記事を、9月15日付のFinancial Timesで見つけた。

前回とりあげた際は、論文の本文をろくに読まずに、要旨だけを読んで「インドは北部のほうが南部より発展しているから、この差は社会の発展状況や花嫁の属性が南北で異なる段階にあることからくるものと思われる。」と書いた。これではどこがどう違うのかわからない。「きっと北部のほうが花嫁の体格や教育がいいのだろう」などと勝手に想像していたが、FTの記事を見ると、どうももっとシビアな状況がありそうだ。

記事は、インドにおいて子どもの性別人口に大きな偏りがあり、それが進行していると指摘している。要するに、男の子の数より女の子のほうがかなり少ないのだ。6歳以下の男の子1,000人に対する同年齢層の女の子の数は、1991年の945人から2001年には927人に減少した。

この傾向は宗教の差ではなく、地域の差に起因しており、豊かな地域ほどはっきりしている。たとえば、西部の比較的豊かな地域であるGujarat州では、6歳以下の男の子1,000人に対する同年齢層の女の子の数は883人となっている。この地域全体の男女比は1,000:920であるから、最近になって偏りが大きくなっていることがわかる。また北部の豊かな地域であるPunjab州では、6歳以下の子どもの男女比は1000:798、地域全体での男女比は1,000:876だ。

これに対し、あまり豊かでないBihar州では、6歳以下の子どもの男女比は1,000:942であるが、地域全体での男女比は1,000:919であり、むしろ比率は改善している。

つまり、豊かな地域で花嫁持参金が少ない傾向があるのは、少なくとも部分的には、そうした地域において女性の数が男性に比べて少ない、つまり(失礼な表現をすれば)女性が「より希少な財」になったという、きわめて経済的な理由によるとの仮説が成り立つのだ。

問題は、なぜ豊かな地域で女性が少ないかだ。

端的にいえば、その原因は堕胎にあるのだという。

インドではもともと男の子を尊ぶ考え方があった。その傾向は、北部のほうが強い。しかも悪いことに、北部では経済が発展しているため、人々が胎児の性別検査と堕胎手術の費用を支払えるように「なってしまった」のだ、と記事は伝える。検査と手術の費用は約1,000ルピー($217に相当)だという。1人あたりGDPが464ドル(2002年)という国だ。国民の多くを占める貧しい層には負担できる額ではない。豊かな層の人々は、経済発展によって安全に堕胎する「自由」を得た、というわけだ。

貧しい地域においても程度の差こそあれ男性のほうが女性より多いということは、そうした地域においてもなんらかの方法で出産調整、ないし「間引き」が行われているのかもしれない。そうなれば、国全体において、女性の「価値」は上昇する傾向を持つことになる。実際、記事では、一部の貧しい地域において、花嫁持参金の風習が消滅し、代わりに花婿側から支払う結納金の習慣が発生している、と記述している。

多くの女の子が堕胎によって生まれる前に命を絶たれ、残った女の子は社会の中でより高い「価値」を持つ。先進国では、堕胎は生殖に関する女性の自己決定権と結びつけて考えられることもあるが、この場合はそれと同じ文脈で語ることはできないような気がする。女性の価値が高まったと喜ぶこともできないだろう。これがインドの男性による女性の抑圧なのかどうか、不勉強でよくわからないが、少なくとも女性にとって好ましい状態とはいえないように思う。同時に、インドの男性にとってもうれしくないのではないだろうか。

※追記
中国も似た状況にあることは知っていたが、どうももっとすごい状況らしい(この記事を参照されたい)。2000年に行われた第5回全国人口センサスでは、新生児の男女比は男の子1,000人に対して女の子が856人だった。最も深刻なのは海南省で、男の子1,000人に対して女の子はなんと737人しかいない。ちなみに他国の正常値は、男の子1,000人に対して女の子が935~952人だそうだ。中国の場合も、原因の大半は堕胎にあるらしい。

そもそも日本はどうなのか。総務省統計局のサイトにある「人口推計月報」をみてみる。2004年9月1日現在の概算値では、9歳以下の男女比は、男の子1,000人に対して女の子が952人となっている。もともと男の子のほうが乳幼児死亡率が高いので、数が多く生まれることは知られている。要はそれがどの程度かということだが、日本は女の子がけっこう多いほう、ということになるのだろうか。

それに比べると、中国の数字はたしかに恐るべき状況といえるかもしれないが、インドのほうは、全国的というよりは一部の地域の問題であるようにみえる。ただ、それが一部の地域にとどまっているのは主として経済力に起因する(検査・堕胎する金がない)わけだから、問題が比較的軽いというわけにはもちろんいかない。いや、なんとも重い話だ。

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Comments

はじまめまして。
この出生性比の上昇の問題は、中国でも深刻なようです。
正直、背筋が凍るような感覚を覚えます。

http://www.china-news.co.jp/society/2004/06/socl04063001.htm

Posted by: えふね | October 05, 2004 10:21 AM

えふねさん、コメントありがとうございます。
私も、書いたあと「そういえば中国も」と気がついて調べ、追記しました。そこにも書きましたが中国のほうが状況はひどいですね。教えていただいた記事も読んでみます。
今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by: 山口 浩 | October 05, 2004 10:37 AM

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