« ゲーム学会第3回全国大会 | Main | 同姓同名の皆さま »

November 19, 2004

学術研究におけるblogの活用

Blogというものを初めて目にしたのは、昨年だった。もっと前からあったのかもしれないが、少なくとも、それほど前ではないと思う。それ以来、blogの有効性や役割について、いろいろな意見を聞いた。ジャーナリズムを補完するものとして、市民レベルの政治参加の一つの手段だとか、そういった議論だ。

それはそれでいいとして、これまでつらつら考えていたのだが、このしくみは、アカデミックな世界にも有効ではないか。

研究者の活動は、簡単にいえば、次のようなものだ。研究活動を行う。その結果を記録・分析し、論文にまとめる。それを公表して他の研究者のレビューにさらして評価を受け、それを受けてさらにリファインしていく。

こうした一連の活動の流れをよくみると、blogを使った双方向のやりとりと酷似していることがわかる。自分の考えをまとめて公表する。それを受けて他の人がその人自身の考えをまとめて公表する。あるいは自分の研究をまとめる際に、他の研究者の研究成果の中から、関連する部分を引用する。誰かが自分と似た研究をしていたことを知ったら、自分もやってるぞといって論文を送る。人の論文にコメントをつける。これがどんどんつながって、研究が発展していく。これらは、よく考えてみるとblogで行われていることと同じだ。自分の考えを書き、あるいは人の書いたものを引いてきて自分の考えを加え、議論を発展させていく。ということは、blogは、学術研究の分野によくフィットするのではないか、ということになる。

Blogを使うメリットは、まず第一には、各研究間の関連を可視的に示すことができるということだ。紙の論文では、参考文献は文章中や末尾に記載されているが、直接それらを読むことはできない。図書館に行くなり手元の本棚をひっくり返すなりして、引用、参照された論文を探すことになる。たいていの学術誌は有料だから、論文を無料で公開しているわけではないが、要旨を公開しているものは多い。こういう場合は、その要旨にリンクすることは可能で、Elsevierなどは自社の出版する学術誌に関してこれを行っている。しかし多くの研究者が自分の論文をウェブ上のblogに公開していれば、引用や参照は直接ハイパーリンクで飛んでいくことが可能となる。引用されたことをトラックバックで示すことができれば、多大な手間をかけて調べている論文の引用回数などもかなり簡単にわかるようになる。

第2のメリットは、時間とコストが大幅に削減されることだ。上記のような活動を、これまでのように学会や学術雑誌などを通じて行う場合、学会発表や学術論文誌への掲載の際には複数名の匿名のレフェリーがつき、その論文の独創性やクオリティが評価される。その結果を受け、学会発表なり学術論文誌掲載なりの可否が決まるわけだ。論文誌の場合、レフェリーが修正や改訂を要求してくる場合もあり、著者はそれに対応して再度投稿する。こうしたプロセスを繰り返すことになる。この一連の流れは、もちろん学術研究の質を保ち高めるために有効なものであるが、一部には時間がかかりすぎるとの批判がある。下手をすると最初の投稿から掲載まで数年を要することも少なくないし、待たされたあげくにボツ、というのもよくあることだ。通常、複数誌に同時に投稿することは許されないから、その分の時間がまるまる無駄になる。Blogで公開すれば、このような時間の無駄はなくなるし、コスト面でも出版社を使うよりお得ではなかろうか。

もちろん、これが機能するためには、いくつか満たされなければならない条件がある。論文の公表時間の記録や事後の改竄防止の機能は必須だろう。特に複数の研究者が同じテーマに取り組んでいる場合など、どちらが早かったかなどが決定的に重要になるからだ。現在のblogのシステムは、実際の公表日と関係ない記事の公開日を表示させることができる。学術研究者向けに専用のblogシステムを作るのはたいへんだろうから、なんらかのかたちで公開日時を第三者が証明するようなタイムスタンプの機能があるといい。公表後の訂正について履歴を残す機能も欲しい。細かいところだが、数式や図表などの簡便な表示方法も必要だ。はてなダイアリーではmimeTeXで書かれた数式を表示する機能があるが、あれが一般化してほしいものだ。

ここでイメージしているのは、研究者が日常の活動を気軽に記録していき、他の研究との関係を調べたりしながら、それらをリファインして論文に仕立てていく過程を自然にアシストできるようなツールにblogが成りうるのではないかということだ。まあ、いろいろ理屈をこねる前にまず論文を書けよ、ということではあるのだが。

|

« ゲーム学会第3回全国大会 | Main | 同姓同名の皆さま »

Comments

山口浩さん、

深く深く賛成します。学問の世界こそもっともっともっとオープンになるべきだと感じます。もういっそ「少しでも税金の補助金をうけたプロジェクトにかかわる学者は、ブログで成果を公表し、批判をうけなければならない。」とかいう法律でもどなたかに作ってほしいくらいです。

そういえば、たしかアポロ計画の頃とかに米国では「データベース」という考え方で全部の論文のシソーラスとか、どの論文がどの論文で引用されているかの一覧などを作ることを法律で決めて実行したのだと記憶しております。

技術立国とかいうならこれくらいしないといけませんよね。そうそう、それに公開したときに日本語というバリアがあるのはプラスの意味でかなり大きいことなのではないでしょうか?

ああ、そう。正直学問の世界がもっとオープンであったら私は間違いなく学者になっていただろうことを告白しておきます。

Posted by: ひでき | November 19, 2004 11:57 PM

ひできさん
こんにちは。アメリカだと、けっこうそういう動きが出てもおかしくない状況だと思います。ワーキングペーパーを登録するサイトとかもあったりしますし。日本はそのへんずいぶん遅れているのでは、というのが私の感想です。学界を動かすなど私ごときにはとうていできませんが。

Posted by: 山口 浩 | November 20, 2004 12:41 AM

山口さんのblogの活用法に大賛成です。同志社大学の神学部が近いblogを立ち上げていますが、まだco-オーサリングの機能までは発揮できていないようです。
当方のweblogconcentなるハンドル名も、ブログによる、「相互増補改訂」版の自動?生成といったものをイメージしたものです。また特に学術論文を意識したものでもありません。
が、活用法について近い考えをお持ちのかたがいらっしゃることを知って、勇気づけられました。テッド・ネルソンはどうしているのでしょう? オートデスク社の一件で、ますますマッドの烙印を押されたままなのでしょうか。
(「組織学習と知識創造・・・ブログと文系アカデミズム」から辿り着きました)。
ブックマークにリンクさせていただきました。2005/10/24 01:12

Posted by: weblogconcent | October 24, 2005 01:12 AM

weblogconcentさん、コメントありがとうございます。
ブログの活用に対する考え方は、分野によってかなりちがうようです。まあ当然といえば当然ですね。活用できるところではどんどんやっていけばいい、ということなんでしょう。

Posted by: 山口 浩 | October 24, 2005 09:22 AM

Nice post. I'll return. when Soldier is Stake it will Fetch Round: http://whyfiles.org/ , when Cosmos Love Chair Do right Girl will Lose Circle without any questions , Standard, Tremendous, Faithful nothing comparative to Collective when Cards Percieve Grass Double

Posted by: Jordan Adams | November 30, 2005 05:31 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 学術研究におけるblogの活用:

» ブログと文系アカデミズム [組織学習と知識創造−知は力−]
H-Yamaguchi.netさんのエントリー「学術研究におけるblogの活用」では、学術研究とブログの関係がうまくまとめられている。  特に複数の研究者が同... [Read More]

Tracked on November 19, 2004 10:43 PM

« ゲーム学会第3回全国大会 | Main | 同姓同名の皆さま »