「冬ソナ効果」は長期的にみよう
まず、韓流ブームについてふりかえっておく。韓国は日本の隣国であるが、かつては経済面・文化面であまり意識されることはなかった。1988年のソウルオリンピック以降、韓国のテレビ番組が日本でも放映されるようになったそうだが、正直あまり記憶がない。一般に、日本で韓国のコンテンツが注目されるようになったのは、映画「シュリ」がきっかけだったのではないかと思う。「シュリ」は、1999年の旧正月休みに韓国で公開され、社会現象とも呼ばれる大ヒットを記録した。香港や台湾でも大ヒットし、日本では2000年に公開され、やはりヒット作となった。その後の韓国映画への注目も広く知られるところだ。思い出すだけでも、「J.S.A.」(2000年製作、2001年日本公開)、「猟奇的な彼女」(2001年製作、2003年日本公開)、「ブラザーフッド」(2003年製作、2004年日本公開)、「シルミド」(2003年製作、2004年日本公開)など、それぞれ話題を呼んだし、興行収入も悪くなかった。
韓国映画が急に世界から注目されるようになったのは、1997年に発生した金融危機のために映画界の世代交代が一気に進み、若い世代が活躍の場を与えられたことと、韓国政府がコンテンツ産業を次世代の成長の源泉として積極的な振興策を展開したことが大きいとされている(ちなみにだが、それ以前、つまり80年代から90年代初頭までの韓国映画の歴史については、「アジア映画小事典―韓国映画」にかなり詳しく出ている。)。
テレビの世界では、やはり「冬のソナタ」であろうか。「冬のソナタ」は2002年1月~3月に韓国KBS放送で放映され、平均視聴率23.1%という韓国ドラマ界異例の数字を記録した。ロケに使われた場所は人気のデートスポットとなり、出演者のファッションも流行となった。日本でも2003年4月からNHKのBS2で放映され、好評を得て同年12月に再放送、全国的に「冬ソナブーム」と呼ばれるまでの社会現象を引き起こした。その後、2004年4月より総合テレビで放映、2004年12月にも衛星放送にて放映される予定である。これを皮切りに、その他の韓国ドラマも続々と放映されたり、DVDが発売されたりしているだけでなく、韓国旅行者が増えるなど、いわゆる「冬ソナ」現象といわれる社会現象を巻き起こしている。多くの韓国スターが人気を博しているが、一般の認知度まで含めて考えれば、人気の中心は、やはりこの番組に主演したペ・ヨンジュンであろうか(日本のファンサイト「ヨン様ネット」に出演CMのリストなどが出ている)。「ヨン様」といえば、今や日本で知らない者はいないのではないかと思うほどだ。
音楽の世界ではBoAを忘れることはできないだろう。詳しく知らないが、オフィシャルサイトをみると、2001年に初のCDが日本で発売されている。韓国でデビューしたのは2000年だそうだ。
またスポーツの世界で、2002年に開催されたサッカーのワールドカップが日韓共催となったことも、影響があったろう。観念だけで描いていた「韓国人」の姿が、具体的に、目の前に現れたのだ。親近感はだいぶ増したと思う。
もうひとつ、日本での韓国ブームには、SMAPの草彅剛(くさなぎ つよし)の役割を忘れてはならない。草彅は2001年から「チョナン・カン」として韓国でスターになるため奮闘する、というテレビ番組に出演していた。そのために韓国語も覚え、韓国でのテレビ出演や、最近では映画「ホテルビーナス」にも出演した。現在の韓国での人気のほどはよくわからないが、少なくとも、日本の草彅ファンは、彼の活動によって、「韓国」を強く意識しただろう。日本における「韓国的なもの」に対する受容度を高める役割は少なからずあったのではないかと思う。
さて、「冬のソナタ」に戻って、いわゆる「冬ソナ」ブームとして知られる現象には、次のようなものがあるとされている。
(1)「冬のソナタ」の視聴率が高まり、ビデオやDVD、写真集やその他の関連商品が売れる。
(2)ペ・ヨンジュンやチェ・ジウなど出演者が日本でも人気者となり、日本のCMなどに出演する。
(3)韓国人男性との結婚を希望する日本人女性が増える。
(4)韓国語学習者が増える。
(5)韓国への旅行者が増加する。
(1)はまあ言うまでもなかろう。「冬のソナタ DVD-Box Vol.1」はAmazonのランキングで171位だ。全部で何タイトルあるのか知らないが、けっこういい順位だと思う。写真集もあればサウンドトラックCDもあり、ドラマ中で出演女優がしていたアクセサリのレプリカも人気商品らしい。
(2)については、ちょっと調べた限りではこんなCMが挙げられる。
・大塚製薬のオロナミンC(記事はこちら)。
CMの効果か、今年7、8月の東京都内コンビニ向け出荷が対前年比で約3割増だそうだ(記事はこちら)。「コンビニ向け」というのがミソだと思う。薬局で買うときにはまとめ買いをすることが多い。コンビニで1本買うときには「ヨン様」を思い浮かべて、ということなのだろう。全体としてどのくらい伸びたのだろうか
・ソニーのハンディカム「DCR-PC350」(ニュースはこちら)
11月からは、同じくソニーのデジタルカメラ「サイバーショット DSC-L1」のCMにも出演している(記事はこちら)。
・ダイハツの軽自動車「ミラ」
・auの海外ローミングサービス「グローバルパスポート」
・ロッテのフラボノガム、アーモンドチョコレート
このほか、9月からロッテの「ラミー&バッカスチョコ」のCMが北海道・東北地区限定でオンエアされたらしい。
ソウルの「ロッテ免税店」
(3)については、こちらのニュースが参考になる。韓日結婚斡旋専門会社の「RAKUEN KOREA」(rakuenkorea.com)によると、今年1月には日本人会員の加入者数が46人だったものが、「ヨン様」が訪日した4月には373人に増え、6月以降には月に800~1,000人に急増しているのだそうだ。11月8日現在で結婚が予定されているカップルは、日本人女性、韓国人男性のカップルが25組でその逆は3組となっているという。
(4)については、少し調べたが、情報が少ない。4年制大学の中で、韓国語講座を設けた大学が1995年には約170校(25%)だったものが、2003年には335校(48%)に増えたそうだ。高校でも受講生が増えていて、ECCなど外国語教育機関のチェーンも、今年4月から先を争って講座を開設しているとの情報もある。しかし韓国語学習者数が具体的にどのくらい伸びたとか、そういったデータは見当たらなかった(ご存知の方、ご教示いただけるとありがたい)。
(1)、(2)は、「冬のソナタ」の直接的な効果であり、「冬ソナ」効果と表現するのはふさわしくない。どのくらいの金額なのはよくわからないが、今後調べてみたいが、とりあえずここではふれない。(3)は「冬ソナ」効果といえるだろうが、経済的な意味はそれほど大きいとはいえないだろう。(4)も経済的な影響という面ではあまり大きな影響とはいえないと想像する。とすると、俄然(5)に注目したくなる。確かにインターネットで旅行サイトをのぞけば「冬ソナ」ロケ地めぐりツアーが多く出ているし、ニュースでも韓国旅行者が急増、とある。
こちらをご参照いただきたい(上のほうのグラフと表だ)。これは、韓国観光公社のデータから、日本からの韓国旅行者数の推移をとったものである。2004年の数値は1-10月まで入手できたので、表にはその実数を記入し、グラフのほうでは前年10-12月の趨勢で伸ばして2004年通年の実績を予測してみた。
実は、韓国を訪れる日本人旅行者は、2001年以降少しずつ減少傾向にあり、特に2003年にはSARS(重症急性呼吸器症候群)流行のため大きく減少していたのである。それが2004年は対前年比38%増と急速に回復している。グラフに記入した予測値では、今年の韓国への旅行者数は、過去最高水準になるものと思われるのだ。これをどうみるかだが、いくら趨勢として減少傾向にあったからといって、2003年の落ち込みが特殊事情であることを考えると、「冬のソナタ」が韓国旅行の一大ブームを巻き起こしたとまではいいにくいかもしれない。2004年の数値は、減少基調を巻き返したという意味では確かに注目すべきだが、数値そのものでみれば、いってみればSARS以前の水準に戻ったという感じが強いからだ。このことは、旅行者の男女比をみてもわかる。「冬ソナ」効果であれば、2004年には女性旅行者の割合が大幅に増えているはずと考えるのが自然であろう。しかし実際には、女性の比率はここ数年の40%に対して42%と、わずかに増えているに過ぎない。年間200万人と考えれば4万人増という計算だ。旅行者全体では、2003年から2004年(予測値)では70万人近く増える計算だから、ちょっと計算が合わない。
というわけで、実は「冬ソナ」効果なるものは、少なくとも当面のところ、経済全体としてはあまり大きくはないのではないか、というのが正直な感想だ。別にこれは独自のものでも新たな情報でもなく、今年の9月に韓国貿易協会貿易研究所が「最近の韓流現況と活用戦略報告書」で分析していることとも整合的のようだ。この報告書では、韓国からの映画・ドラマの輸出の伸び率について、日本や台湾、香港、シンガポール、ベトナムなど韓流ブームが起きている国に対する輸出よりも、そうでない国や地域への輸出のほうが大きく伸びているとしているらしい(記事はこちら)。「韓流ブームが起こっている国への輸出は、ドラマと映画がそれぞれ2,309万9,000ドルと1,654万ドルで前年の同期に比べ39.7%と90.4%に増えた一方で、韓流ブームがまだ起こっていない国への輸出はドラマと映画が997万7,000ドルと1,443万9,000ドルで、それぞれ107.7%と135.9%という高い増加率を記録した」のだそうだ。また、輸出企業99社へのアンケート結果として、韓流ブームが輸出に直接プラスになったと答えた企業は10%にすぎなかったとのこと。
一応、財務省の貿易統計でチェックしてみる。先ほどのPDFファイルの下のほうが、日本の韓国からの輸入額の推移だ。先ほどと同じく、2004年の数値は、2004年1-9月の実績値を2003年10-12月の趨勢で伸ばして2004年通年値を予測した。印象レベルだが、確かに2004年は2003年より17%伸びているのだが、ここ数年のトレンドから乖離しているとまではいえないから、「冬のソナタ」の影響とは考えにくい。
ここで少し考えてみると、韓国スターが日本のテレビに出ない日はないといっても過言ではない昨今だが、彼らが韓国製品のCMに出ているかというと、必ずしもそうではない。ペ・ヨンジュンの場合、ロッテのお菓子は純粋な意味で韓国とはいいづらいだろうから、韓国のCMに出ているといえるのはロッテ免税店だけだ。ここはやはり、現代の車とかサムソンの家電とかのCMに出てもらうとか、戦略的な使い方をしないと、韓流ブームを韓国の輸出促進に利用するのは当面難しいかもしれない。
とはいえ、「冬のソナタ」などの韓流ブームが経済的にみて価値がないのかといわれると、決してそうではないと思う。直接的なDVDやら映画やらといった売上ももちろんだが、韓国製品全体についても、長期的には有益な効果が期待できる。「デジタルコンテンツ白書2004」にも出ている、いってみれば「Trade Follows Film」効果だ。私たちは、今回の韓流ブームを通して、これまで以上のレベルで「韓国」に接しており、身近なものと感じはじめている。
現在のところ、身近に韓国製品が豊富にある状況ではないから、それほど消費にはねかえることもないのだろう。過大評価をするのは不適切だろうが、かといって過小評価する必要もない。韓国の映画やテレビ番組も、もっと継続的に提供されていないと、印象は減ってしまう。長期的な取り組みが必要なのだと思う。逆に、日本のコンテンツも、これまで以上に韓国に取り入れられていってほしい。今後両国の間でコンテンツのやりとりがより活発になっていくことで、お互いの国に対するいいイメージが醸成されていき、それが経済関係のいっそうの強化につながっていくことを期待したい。
※参考資料等
「デジタル朝鮮日報」による「冬ソナ」ブームに関する情報はこちら。
韓国CMを集めた「韓コマ」はこちら。ペ・ヨンジュンとチェ・ジウ。
韓国サイドでの論評は、日本の韓流ブームについて、どうも若干控えめというか、警戒感をもってというか、一種のreservationをもっているように見える。(たとえばこれとか。)
※追記
関連記事「だからイ・ビョンホンでしょ」(Hiroetteのブログ)
※追記2:2005年1月21日
韓流効果が大きいとした調査結果がいくつか出てきている。1月17日付の日本経済新聞では、韓国観光公社が専門家に依頼してまとめた分析結果を紹介している。2004年の日本人観光客の20%、418千人が韓国ドラマや映画に関連した場所を訪れるなど「韓流ブーム」を目当てに訪韓し、それによる韓国の収入は460百万ドル(470億円)に達した由。日本以外では、中国から147千人(中国からの訪韓者の60%)、台湾から145千人(台湾からの訪韓者の54%)が韓流効果による訪韓で、日中台合計では全訪韓者の27%が韓流、これによる韓国の収入は780百万ドル(800億円)とのこと。
また、第一生命経済研究所のレポートでは、「冬のソナタ」が日韓両国にもたらす経済効果を約2,300億円と試算した(記事はこちら)。2004年4-10月の間、韓国への日本人観光客数は187千人増加し、韓国側では間接的な波及効果まで含め、2004年度で1,072億円の経済効果が見込まれるとしている。日本でもDVDや主題歌CDなどの関連商品に加え、ペ・ヨンジュンらがCMに登場した菓子、自動車などの売り上げも好調で、経済的影響は1,225億円に達するとのこと。ちなみにだが、このレポートを書いた主任エコノミストの門倉貴史氏は、以前地下経済の規模の推計で有名になった人だ。地下経済にもいろいろな分野があるが、この人の場合は著書にもあるとおり、援助交際市場規模の推計など、風俗関連の地下経済の調査分析に特に心血を注いでおられた。今度は新たな活躍のフィールドを見つけられたようで何より。
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