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November 12, 2004

イラクと日本と国連と

国連大学のロビーをうろうろしていたとき、国連開発計画(UNDP)が2004年9月に作成したパンフレット「イラクの平和構築に向けて:UNDPと日本の復興支援」なるものを入手した(私が知らなかっただけで、PDFファイルはUNDPサイトからダウンロードできる)。イラク復興に関しては、国内でも「もっと国連を活用せよ」との意見に対して「国連は役にたたない」と反論する人もいるなど、さまざまな議論が交わされているが、その暗黙の前提として、現在国連を通じた活動は行われていないかのような印象を持っていた。

知らないということはときに犯罪的ですらある、と思う。国連を通じた活動は行われているのだ。少なくともごく最近まで。

(以下、この分野は素人であることをあらかじめことわった上で書く。まちがいや不適切な表現があったら知らせてほしい。)

パンフレットは、UNDPの日本事務所がイラクの復興支援活動における日本の役割と貢献をPRするために作成したものだ。見てみると、まずミレニアム開発目標(MDGs)に照らしてみたイラクの現状が記されている(ミレニアム開発目標とは、2000年9月に採択された、21世紀の国際社会がめざす目標だ)。やはりというか、かなり深刻だ。 

目標1 極度の貧困と飢餓の撲滅
→バグダッドに済む5歳以下の子供の約40%は栄養障害になっている。

目標2 普遍的初等教育の達成
目標3 ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上

→イラク全土で約13,000ある小中学校のうち80%が修復を必要としている。また地方部では約半分の女子が学校に行っていない。

目標4 乳幼児死亡率の削減
目標5 妊産婦の健康の改善

→乳幼児死亡率は1,000人中102人と世界最高レベルに達している。約30%の妊婦が危険な状況下での出産を行っており、妊婦死亡率は1990年代に3倍増となった。

目標6 HIV/AIDS、マラリア、その他疾病の蔓延予防
→設備老朽化により、国内の70%近い病院が稼動していない。医師も不足し、充分な医療を提供できない。

目標7 持続可能な環境の確保
→安全な水へのアクセス率は46%。バグダッド市外での下水道普及率は9%で、環境・衛生状況を悪化させる原因となっている。現在国内で完全に機能している下水処理場はほとんどない。

UNDPは1976年にイラクでの活動を開始し、現在でもイラクで活動を展開している、とパンフレットにはある。さすがに現在のような全土非常事態宣言下ではほとんど活動はできないだろうが、9月作成のパンフレットで「現在」とことわっている以上、少なくとも9月時点までは活動をしていたのだろう。この間イラクで起きていたことを考えてもらいたい。米英軍の進攻と制圧、ゲリラによる抵抗、自殺テロや人質殺害の横行。これらの中で、UNDPの活動は続いてきたことになる。考えてみると、すごいことではないか。

そこで日本の関与なのだが、日本は、イラクにおけるUNDPの活動の最重要かつ最大のパートナーの1つだ、という。
UNDP全体に対して、日本の資金は重要な役割を果たしている。2000年及び2001年には、日本はUNDPのコア資金(各国政府からの自主的な、使途を特定しない拠出金のこと。ちなみに特定のプログラムやプロジェクトに拠出される資金をノン・コア資金という)に最も多くの資金を拠出した。2001年の日本の拠出額は9,600万ドルで、コア資金の14.5%を占めた。

イラク復興に関しては、さらに積極的だ。2003年10月にスペインのマドリッドで開催されたイラク復興支援国会合において、イラク復興信託基金の設立が合意され、UNDPは国連機関を代表して、世界銀行とともに、その管理・運営を担当することとなった。2004年中に拠出が合意された総額10億ドルのうち、日本は最大の4.9億ドル(実に総額の49%だ)を拠出し、同基金ドナー国委員会の初年度議長を務めている。4.9億ドルは、1ドル=107円とすれば524億円、1世帯4人とすれば世帯あたり約1,200円にあたる。

日本が拠出した資金支援を活用して、UNDPがイラクで行っているプロジェクトには、次のようなものがある。

(1)ウンムカスル港浚渫事業
イラク南部の国内最大の港で、イラクへの物資輸送、特に最近では人道支援物資輸送の主要拠点となっている。
2003年5月にプロジェクトで浚渫作業を実施、大型貨物船の接岸が可能となったため、港の運営を再開された。

(2)ハルサ火力発電所復旧事業
南部最大都市バスラに位置するこの発電所は、湾岸戦争時に攻撃を受けて稼働率が大きく低下した状態となっている。この事業では、緊急スペアパーツの購入と修復工事、技術者のトレーニング、及び南部地域の送電線の復旧工事を実施し、42万世帯への電力供給を目指す。
同発電所は1979年に日本の円借款案件として建設された。UNDPはこのスペアパーツ調達およびトレーニング実施について2004年3月に三菱重工と締結調印し、発電所への機器搬入を開始している。

(3)イラク中央配電所復旧事業
イラクでは、夏のピーク時には1日12時間以上停電する。中央配電所の復旧は、イラク全土の電力事情改善に大きな役割を果たすことが期待される。
既に中央発電所の建物、職員宿舎、事務所備品の整備は終了しており、今後は配電指令施設(SCADA)の整備を通じて安定的かつ効率的な電力配給をめざす。

(4)イラク復興・雇用計画
イラクでは現在、失業率が50%超というとんでもない状況になっている。
この計画では、上下水道復旧、瓦礫除去、ごみ清掃、公共施設修理等のコミュニティサービス、コンベンションセンター、スポーツセンター、児童文化センターの復旧・建設等を通じて国民に雇用機会を創出し、失業率低下とインフラ復旧をめざす。
2003年6月からバグダッドにおいて開始され、今年からはサマワを含む南部に拡大、今後はクルド地区にも展開予定となっている。

(5)カーズミーヤ教育病院緊急復旧事業
バグダッド市内最大級の病院で、1980年代にバグダッド市民の保健サービスと保健教育の質向上を目的に、日本政府の支援により検察された。
1日350人以上の外来患者、研修医約500名が施設を利用しているが、湾岸戦争以降設備不足のため運営状況が悪化している。
本事業は、老朽化した施設の修復、医療スタッフのトレーニングプログラムの策定を行い、バグダッド市内の医療事情の改善と医師の育成をめざす。
2004年4月、UNDPは日本企業アイテック㈱とイラクの合弁企業、ITEC/HOSPICOとコンサルタント契約を締結した。


「やっている人たち」の発表だから、100%そのまま受け取るのは甘いかもしれないし、裏にいろいろあるかもしれないとも思うが、ともあれいろいろやっていることはわかる。これらの施設や事業が機能するようになれば、イラクの状況が多少なりと(あるいはおおいに)改善するであろうことも想像できる。

しかし今、イラクの治安状況はどんどん悪くなっていっているようだ。中部ファルージャへの攻撃は、テロリストの拡散と憎悪の高まりを招いているようにみえる。自治回復への大きな一歩となるはずだった選挙も、実施できるかどうかさえ危ぶむ声が出始めている。この状況では、上記のプロジェクトもとうてい進めることはできないだろうし、たとえ無理に進めてもテロの標的になってしまうだろう。

私たちは、漠然と「文民からなる国連はイラクでは活動できないから自衛隊が行くのはやむをえない」と考えているが、それが唯一の策ではないかもしれない。自衛隊派遣に対してどうこう言うつもりはないが、少なくとも私たちは、最近まで国連を通じた復興活動が実際にイラクで行われてきたという事実、その中で日本が中心的な役割を果たしてきたという事実を知っておくべきだと思う。UNDPがイラク国民に完全に受け入れられているかどうかは知らない(国連自体を「アメリカの手先」とみる人も少なくないだろう)が、少なくとも軍人よりははるかに受け入れやすいはずだ。なんとかもっとチャンスを与えることはできないだろうか。直接関係はない話だが、UNDP駐日代表の弓削昭子氏は、「第2の緒方貞子」とも評される。日本としてもっと支援していってもいいと思う。

全然関係ないが、UNDPでは、アフガニスタンのカブールにインターネットカフェを開設したりもしているらしい(ニュースリリースはこちら)。情報の自由なやりとりは民主化の基礎であり、発展の必要条件でもあると思う。これも、いろいろ問題はあるかもしれないが復興へ向けた取り組みが本格化しているからできたわけだ。イラクでも、こうした取り組みができる日が早くくることを願う。

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Comments

はじめまして、masamicと申します。

なかなかまとまってて良い記事ですね。

いろんな点で、日本は国連および国連関連事業に多大な貢献をしていることは常々認識しています。国連分担金も実質的にアメリカよりも日本が一番多く払っているのではないでしょうか。

今のイラクは確かに治安が悪化していますが、多くの一般イラク人は平和を望んでいるし、テロリスト(とは一概にいえない面もありますが、とりあえず政治的思想を持って凶悪な犯罪を行う人)たちをイスラームの教えに反する人たちだと怒っているようです。また、国連の活動や、日本の(自衛隊の非軍事的活動を含む)活動を高く評価しているといわれています(どこまで本当かはわかりません)。しかしアメリカに対してはかなり複雑な感情を持っているようです。

アメリカはイラク治安部隊と合同(実質はアメリカ単独)でテロリスト掃討作戦を行っていますが、テロリストを駆逐する方法としてはとても良い方法とは思えません。実際イスラエルがパレスチナに対して行っていることとほとんど同じ方法なのです。テロリストに対してはイラク人自らの警察力(警察的な方法)での作戦のほうが効果的であると思うのですが、どうなんでしょうね。

Posted by: masamic | November 12, 2004 09:06 PM

masamicさん
おほめいただき光栄です。日本の国連負担金については国連広報センターのサイトにデータがあります。「実質的に」というのは定義がよくわかりませんが、まあそういう見方もありうるでしょう。
何が効果的な策なのか、いろいろ議論があるのは、それぞれそれなりに根拠のある話なので、短絡的に結論に飛びつきたくはありませんが、最初にとびついた策にしがみつき続けるのがいいとも限らないですね。「ほらみろ」といわずに、未来志向で考えていくべきだと思います。

Posted by: 山口 浩 | November 14, 2004 12:30 AM

こんにちは山口さん。

「実質的」といったのは、もちろん、公式には米国が最大の分担金を支払うことになっているのですが、米国は国連が自分たちの意に沿わない行動をしたときなどはすぐに支出を中断したりしている。それに対して、日本はそのようなことはほとんどない。そのために一時的に日本のほうが多く分担金を支払っている状態の時期があるのでは?という程度のことで、たいした意味はありません。ちょっと表現が良くありませんでしたね。

「効果的」というのは、この現実に対して、どれがもっとも良いか実際には良くわからないこともあり、ひとつの案として出して、「どうなんでしょうね」という言葉で結んでるのですが、きわめて難しい問題であると考えています。ともかくは、イラクの一般市民ができるだけ戦闘に巻き込まれないでうまく行く方法があればなぁ。と憂慮しての発言なのです。

イラクの国民に明るい未来が来ることを願ってやみません。そのための努力を日本政府はこれまでと同様に続けていってほしいと思います。

Posted by: masamic | November 14, 2004 05:17 PM

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