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December 08, 2004

リスクをとらないことのリスク

最近、新聞で面白いことばを見かけたので記録しておく。トヨタの奥田会長が、前倒しで設備投資や研究開発投資に取り組んでいる点についてコメントしたことばだ。(日本経済新聞2004年12月1日付)。

「攻める方が、既得権益に安住するよりはるかに低リスク」

つまり、リスクをとることでリスクを軽減する、という発想だ。このことばについて考えてみた。

「守るより攻めよ」ということなら、似たようなことはあちこちでいわれている。ストレートにいえば「攻撃は最大の防御」だ。ことわざでいうと「虎穴に入らずんば虎子を得ず」といったところか。「ハイリスク、ハイリターン」も、エッセンスは似ていると思う。「no pain, no gain」はちがう感じがするが、通じる部分もなくはない。

ただ今までの表現が「リターン」のほうに関心があったのに対し、奥田会長のことばは「リスク」の面に着目していて、その点が新鮮に感じられた。

しかし、「攻める方」が実際に低リスクなのだろうか。

ここでのカギは用語の定義だと思う。「攻める方」については、設備投資や研究開発投資を前倒しで行うこと、でいいだろう。「前倒し」は予定より前倒しで、というそのままの意味。問題は「低リスク」ということばだ。

ここでいう「リスク」を、将来の期待キャッシュフローのボラティリティ(標準偏差で測る)とする。一般的なプロジェクトをイメージして、5年ぐらいのホライズンを想定した場合、やはり「攻める方」がリスクは高まるのではないだろうか。現行の事業をそのまま継続していけば、今後数年間のキャッシュフローはそれほどぶれないだろうし、ある程度予測できてもおかしくない。それに対して、いかに将来性があっても、新しいプロジェクトを始めれば、新たなリスクを負うことになる。全体としては、やはりリスクは高まるような気がする。

ではいったい奥田会長のいう「低リスク」とはどういう意味なのだろうか。

まずいえるのは、ここでいうリスクは「下方リスク」だろういうことだ。上方も下方もある、いわゆる(リスクマネジメント的にいえば)「投機的リスク」ではない。現在の事業が将来うまくいかなくなるおそれがあるということを前提に、それに備えて新たな投資を行っていくのだ、という意味にとるべきだろう。

この考え方の暗黙の前提となっているのは、現在の事業をそのまま継続した場合でも、将来のキャッシュフローは、時期および規模の双方において予測不可能な下落を起こすおそれがある、ということだ。近年とくに事業のライフサイクルは短くなっており、またなんらかの破壊的イノベーションが近い将来に起こり得る、という見解だろうか。あるいは新たな規制の導入や環境の変化など、社会的・政治的な変化もこうした下方リスクの原因たりうる。

さらに、この考え方の底流には、動的なリスクマネジメントという発想が流れている。経営上の柔軟性、すなわちリアルオプションだ。もう少し具体的にいえば、成長オプションということになる。個々の投資プロジェクトは、会社全体の事業からみれば1つの段階に過ぎない。将来が不確実な場合、企業は将来伸びるかもしれない分野への投資を「実験的」に行い、それが伸びてくればさらに追加投資し、伸びなければやめて方向転換するというように、企業の方向性を、そのときそのときの状況に合わせて変化させていくという戦略が適切である場合が多い。こうした努力を怠る企業は、将来自社の事業の基盤が崩れてしまうかもしれないとの危機意識もなく既得権益に安住し、そして消えていく。トヨタの考え方は、こうした、小さな失敗(プロジェクト)を恐れるがゆえに大きな失敗(企業)を招くまいということであろう。

最後に、常に新たな投資を行い、常時新たなリスクにさらされる環境におかれると、企業も人も、リスクに敏感になり、新たなリスクの発生をすばやく適切にキャッチできる、ということが挙げられる。緊張感のなせる技だ。このような組織には、大きな失敗は起こりにくい。こうした日常の緊張感こそが、企業にとって「攻める」戦略がもたらす最大のリスク回避効果かもしれない。

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