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December 13, 2004

リスクは身を助く

「リスクマネジメント」というと、「リスクを減らすこと」と考える方は多いのではないだろうか。保険でカバーする、予備を持っておく、リスクの原因となる問題を解決するなど、リスクマネジメント手法としてよく挙げられるものは、いずれも将来のリスクを減らす手法だ。

しかし、リスクマネジメントは、リスクを減らすためのものだけではない。リスクにはむしろいい側面もある。

確かに、リスクを減らすことはリスクマネジメントの重要な一部だ。個人でも企業でも、台風や落雷といった天災、または自動車事故や火災といった事故による損害を受けるリスクを保険契約によって取り除くことは、大きな価値がある。また場合によっては、新規投資のようにリスクを伴う行動自体を控えるべき場合もあるかもしれないし、賠償責任リスクを避けるために従業員教育に金を使う、ということもあるだろう。

しかしただリスクを減らせばいいというものではない。考えてみれば当然のことだが、リスクを遮断したければ、何もしなければいい。たとえば個人が資金運用においてリスクを避けたければ、株式などではなく郵便貯金にすればいい。郵政公社も信用ならないなら、タンス預金という手もある。企業にしても、新規事業など行わずに既存事業をしっかり守っていれば、少なくとも当面の間キャッシュフローを安定させることができる場合が多いだろう。もっとリスクを減らしたければ、事業などやめて、個人と同じように資金をすべて銀行預金(郵便貯金は限度額があるだろうから)にしてしまえばいい。

そんなことをしたら、たいしたリターンを得られないではないか、と思われるだろう。当然だ。リターンを得るためにはそれに見合ったリスクを甘受しなければならない。ことわざでいえば、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」ということになろうか。虎穴に入って虎に食べられては元も子もないのは当たり前だが、だからといって虎の穴に入ることを恐れてばかりいては何もできない。

ここまではよくある話。ここからが実は本題だ。ここまでの話では、リスクは「必要悪」だった。本来なければないほうがいいが、リスクとリターンのトレードオフがあるので、リターンを得るためにはリスクもとらないといけない。だから「しかたなく」リスクテイクをする、というわけだ。

しかしリスクの役割はそれだけではない。リスクの存在は、人の注意力を喚起する。周囲の変化に気を配り、すばやく変化に対応した行動をとっていく。こうした態勢に身を置くことで、結果としてそれ以外のリスクにも気づくようになり、すばやく対処することができるようになる。平均台の上を歩く練習をすることでバランス感覚が鍛えられ、転びにくくなるのと同じだ。リスクから守られた状態におかれるために注意の水準が足りなくなるのはモラルハザードだが、これはその逆ということになろうか。昔の人なら、山中鹿之助のことばを引いて、「我に艱難辛苦を与えたまえ」というだろう。「リスクは身を助く」のである。

有名なトヨタ生産方式の中に、「アンドン」と呼ばれるものがあるという。ラインの異常などを示す電光掲示板で、これが点灯すると全ラインが止まる。きわめて重要な役割をもったものだが、トヨタではこれを現場の工員が点灯させることができる。つまりラインを止める権限を現場に与えていることになる。これはある意味で、ラインが止まる(つまり生産が滞る)リスクを増すことになるが、同時に現場の緊張感を高め、ラインを止まらなくさせるよう注意を払うことに役立つ。リスクの存在がより高度なオペレーションを可能にしている例だと思う。

もちろん、リスクが高すぎればメリットよりも弊害のほうが大きい。その意味で、リスクとリターンの相互関係が重要であることは変わらない。しかし、必要なリスクはとらなければならない。それはリターンを得るために必要だからというだけでなく、企業の能力を高めるために有益でもあるからだ。必要なリスクをとるために、必要でないリスクを減らす、といった工夫も必要だろう。リスクを察知しようとするモチベーションを従業員の間に醸成していくことも重要だ。そうした一連のプロセスがリスクマネジメントなのだと思う。

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Comments

ずっと昔、なつかしい理論で、カタストロフィの理論というのがありました。数学的な特異点(詳しくは知らないけど)と社会現象などを関連づけたものかと思います。
状況がある局面に達すると、非線形的な状態変化が起こる、ということと理解しています。

人が感じたり、計算することによって意識するようになるリスクというのものが、こうした非線形的な状態変化の前触れだというふうに想定すると、「リスクは身を助く」という言葉が理解できますね。

Posted by: miyakoda | December 13, 2004 10:36 AM

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