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December 15, 2004

コンテンツ産業における「ファイナンス」

興味があってコンテンツ産業の人たちの話を聞く機会を作るようにしているのだが、最近気づいたことがあった。というより、実はずいぶん前からもやもやしていたものが、少しクリアになった感じがする、という程度のことだが。いずれにせよまだ固まっていないアイデアの種のようなものだが、ここでいったん文章にしてみる。

コンテンツ業界の人たちの考えている「ファイナンス」は、いわゆる「ファイナンス」とはかなりちがうものらしい。

何だ当たり前ではないか、何を今さらという声もあろう。「水モノ」のコンテンツを扱う人たちと、数字に明け暮れる金融の人たちとの思考回路がちがっていることは広く知られている。だからそれはまあその通りなのだが、そのまま放置するわけにはいかない。自分の研究テーマが、プロジェクトの事業面とファイナンス面をどうつなぐか、どう理解すればいいか、という点にあるからだ。

コンテンツ業界の人はよく「リクープ」ということばを使う。投下した資金の回収という意味だ。ハイリスクなコンテンツ産業において、リクープができるかどうかは、そのプロジェクトを実施するかどうかに関する重要な判断基準になるし、いかにしてリクープするかがプロデューサーの腕の見せどころだったりもする。

いうまでもないが、投資基準としてみた場合、リクープはファイナンスの教科書に出てくる用語でいうところの資金回収法(pay-back method)にあたる。ファイナンス理論では、資金回収法は投資の意思決定基準としては不備があると教える。その理由は、第一に適切な資金回収年限に関する基準がないこと、第二に投下した資金の回収だけが目的となっていて利益を考えていないこと、そして第三にプロジェクトの規模やそのリスクに対する配慮がまったくないことだ。

コンテンツのプロジェクトはもともと明示的な年限を持ったものが多いから、第一の問題はあまり関係なかろう。第二の問題は、「回収」の定義による。ある程度の利益を出す水準を「回収」と呼ぶことにすれば解決するという意味で、実態はともかく、本質的な問題ではないとここでは考えておく。(たとえば、正味現在価値をゼロにする収益水準をリクープと定義しておくことなどが考えられる。)

問題は、第三の点だ。このうち規模に関する点はひとまず措こう。コンテンツ業界の人たちは一般に、収益率(rate of return)という概念に対する意識が薄い。しかしもともと、ファイナンス理論が収益率をベースに考えるのは、金融資産が分割可能だからだ。現在のコンテンツ・ファイナンスは一般的にこうした分割をあまり想定していない(プロの間での共同出資など)し、コンテンツ自体では収支マイナスでもよい場合もあること(コンテンツ以外の部分で回収できればいい場合など)から、収益の「率」より「額」に注意が向けられており、その意味でプロジェクトの規模にはすでに関係者の関心が向けられている。

とすると焦点はリスクに関する扱い、ということになる。

もちろん実際には、業界の人々はリスクをきちんと考えていて、手を打っている。たとえばリクープを少しでも確実なものにするために、さまざまなウィンドウで展開したり、プリセールを適切に行って資金をあらかじめ回収しておくなどの手法がある。資金を先に回収したり、回収するめどがたっていたりすれば、その分のリスクはプロジェクト本体からは切り離される。たとえば映画を製作してその海外での配給権を他社に定額で売却した場合、海外での配収は製作会社にとっての収益ではないから、海外での配収に関するリスクはなく、収益はそこで確定している。ファイナンス的にいえば、コンテンツの将来収益に関する不確実性を、先渡契約でヘッジするのである。

これで充分なようにも思えるが、何が問題かというと、何をやるとどのくらいリスクが増減してそれがどのくらい価値に反映する、という具体的なイメージがプロデューサーの頭の中にしかない、ということだ。資金の出し手からは、リスクに見合ったリターンになっているかどうかも実はよくわからない。

現在、日本でもみずほ銀行などいくつかの金融機関がコンテンツへの投融資を行っている。これらの金融機関は、作り手の過去のトラックレコードや当該コンテンツのさまざまな属性を評点化して審査を行うが、話を聞いている範囲で推測すると、リスクはどちらかというと定性的な要因としてとらえられているように思う。(詳しくは知らないが、ハリウッドの金融機関もこうした評点システムで融資の審査を行うと聞いた。)定性的な評価では不充分だというわけではない。金融機関はプロであり、過去の実績データ、経験から得たノウハウのほか、リスク分散をする充分な資金量をもっているからだ。定性的な情報を具体的な投融資判断に転換するには、経験の蓄積が必要だが、金融機関にはそれがある。

しかし今後、コンテンツ・ファイナンスにリスク性資金を導入する場合、さらにそれを小口化して個人投資家に販売したりする場合はどうだろうか。審査能力のある金融機関とちがって、個人投資家などではコンテンツの作り手との間の情報量に格差が大きく、定性的情報だけでは適切な投資判断ができないおそれがあるのではないか。

また、個人投資家の場合、分散投資を行う充分な資金量もない可能性がある。近年、「ときメモ」ファンドのような投信方式や最近の「バジリスク」で行われたような匿名組合方式のコンテンツ・ファンドが増えているが、これらはファンである個人の投資家からの資金をターゲットにしたものであり、また実際に投資家の多くがファン層だったようだ。こうしたファン層による個人資金が今後日本のコンテンツ・ファイナンスの有力なソースとなる可能性は小さくない。日本型のコンテンツ・ファイナンスの1つの方向性だと思う。

こうした場合の投資家の保護は重要な課題ではないだろうか。定性的な情報はもちろん重要だし有益なのだが、情報量も経験も資金も充分とはいえない個人投資家に向かう場合、そのより適切かつ容易な投資判断のためにも、定量化への努力は行うべきだと思う。特に気をつけなければならないのは、「リスク」なるものがプロジェクトの全期間を通じて一定ではなく、段階によって変化していくことと、プロジェクト遂行側は、そのプロジェクトの各段階において当初の計画を変更したりする柔軟性を持っていることである。これをいかに適切に伝えるかが問題だろう。

今回はとりあえずここまで。具体的にどうやってそれを行っていくかについては、アイデアがないわけではないのだが、また機会を改めることとしたい。


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Comments

実はこの領域、来年から本業にすることにしています・・・。

ご指摘のとおり、用語についての微妙なズレが金融業界とコンテンツ業界にはありますが、ある意味でプロジェクトマネジメントの人間にはコンテンツ業界の限定した語用であっても違和感がないところがすごいところです(笑)

また、通常のプロジェクトファイナンスの場合はプロジェクトそのものの収益機会が特定され、そのリスク査定が可能である一方、コンテンツの場合はさまざまなレイヤーでの転用が可能になっているなど、複雑性が高いのが特徴であり、一概な査定がしにくいところがあると思います。

例に挙げておられるみずほなどが実施している融資のためのトラックレコードからリスクを査定する仕組みはある程度は有効だと思います。が、ハリウッドの人間曰く、その仕組みはかなり小さい規模のものに限って適用するのだということでした。何でもかんでもやっていては、クリエーティブなものが排除される傾向が強まるからだ、とのこと。

ホント、この業界、興味深いです。まだ、手はあまりつけられていないのでパイオニアになれる可能性が十分あって楽しいですね。

Posted by: yujim | December 15, 2004 11:47 PM

yujimさん、コメントありがとうございます。
いよいよ今度はこちらの業界に進出されるわけですか。その点については別途お話を聞かせていただきたく。

>コンテンツの場合はさまざまなレイヤーでの転用が可能になっているなど

我田引水的ですが、だからリアルオプション評価モデルが必要なのだと思います。

>ハリウッドの人間曰く、その仕組みはかなり小さい規模のものに限って適用するのだということでした。何でもかんでもやっていては、クリエーティブなものが排除される傾向が強まるからだ、

なるほど。みずほの手がけているのは平均して2,000~3,000万円ぐらいだそうで、ハリウッド的にいえば「泡沫」なのかもしれませんね。ギャガで使っている評価システムも、テレビで見た限りでは似たようなしくみかと思いました。ではハリウッドでは、100億円の映画のときにはどうやっているのでしょうか?

>まだ、手はあまりつけられていないのでパイオニアになれる可能性が十分あって楽しいですね。

そう思います。なれればいいんですけど。ぜひご指導ご鞭撻など賜りたく。

Posted by: 山口 浩 | December 16, 2004 12:38 PM

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