「映画館」という業態はサステナブルか?
家庭用ビデオの普及は、私たちの映画の視聴スタイルを大きく変えた。かつて映画は、映画館で見るものだった。テレビで映画を放映することもあったが、それは「古い」映画の使い回しだったわけだ。それが家庭用ビデオの普及により、「最初から家庭で見る」という新たな視聴スタイルが生まれ、また劇場公開やテレビ放映を当初から予定しないOVAというスタイルも定着した。この傾向は、媒体がビデオテープからDVDに移行し(同時にコンテンツがレンタルからセルに移行)、さらにブロードバンド配信など新しいチャネルが利用可能になるに従って、さらに加速している。
このことは、映像コンテンツの販売という事業において、映画館というチャネルが、これまでよりさらに「one of them」的になることを意味する。そもそも「映画館」というビジネスモデルは将来とも残り得るのだろうか。あくまで軽くいいかげんにだが、考えてみた。
日本には、スクリーン数でいって映画館が2,681ある(2003年時点。「デジタルコンテンツ白書2004」より)。そこで622本の映画(邦画287作品、洋画335作品)が上映され、1億6,234万人が入場した。これは、最盛期であった1958年の11億2,745万人には遠く及ばないが、シネマコンプレックスの増加により、それでも1990年代以降漸増傾向にある。2003年の興行収入合計は2,032億円だそうだから、単純に平均すれば映画館の1スクリーンあたり1億円弱だ。いろいろ差はあるが、きわめてざっくりいってそのうち半分程度が映画館の取り分ということになろうか。しかしそれでも、映画館を維持するためには、施設および機器、スタッフを備えなければならないので、映画館という商売もそうおいしいわけではない。
仮に今後、家庭で映画を見るスタイルがさらに普及していくとするとどうなるか。いろいろな推論がありうるだろうが、ひとついえるのは、映画コンテンツを消費者に販売する際の流通コストが下がるだろうということだ。現在の映画は、興行収入全体の約半分(しつこいようだがおおざっぱにいえばだ)を最後の段階、すなわち映画館がとっている。しかし家庭でDVDその他の機器を使って見る場合、その最後の段階のコストは消費者持ちだ。映画館の取り分が変動費であることを考慮しても、「映画」の損益分岐点は大きく下がるはずだ。
このことは、製作者にとってはある意味朗報かもしれない。より作品が作りやすくなるだろうからだ。しかし映画館にとっては脅威となろう。コストが割高な映画館で上映されるのは、大型作品に限られるようになってしまうかもしれないからだ。しかも消費者にとって、映画館の大スクリーンで見る大型作品が、家庭で見ることが多くなるであろう小規模な作品よりもそのコスト差分だけ満足度が高いという保証はない。あくまで同じ地平線での競争ということになると、コスト高は不利だ。
とすると、映画館という業態のサステナビリティには疑問が呈されることとなる。では、映像コンテンツ流通における映画館というチャネルの価値はどこにあるのか。
もともと映画館というのは演劇の劇場の代用としての役割があったのだと思う。舞台で劇を演ずる代わりにスクリーンで映画を上映するわけだ。「ニッケルオデオン」の例をひくまでもなく、映画館のことは今でも「劇場」と呼ぶし、緞帳や舞台らしきものなど、多くの映画館にはその名残が残っている。
家庭で見るのではなくわざわざ映画館に足を運ぶ人は少なくないが、それは必ずしも人気映画を早く見たいという理由からだけではない。大きなスクリーンや迫力ある映像は映画館の大きな魅力だ。家庭用プロジェクタやリアプロジェクション型のテレビがだんだん普及しつつある現在でも映画館のような大スクリーンは家庭では無理だし、少なくとも日本では、住宅事情面での制約から、ホームシアターですら今後急速に普及するとは当面考えにくい。
この点での映画館の優位は、まだ当面は揺るがないだろう。しかし、すべての映画がこうした視聴スタイルに適しているとは限らない。映画館に適した作品の割合が減ってくる可能性もあるのではないか。
もうひとつ、劇場からの類推でいくと、「お出かけ先」としての映画館という要素もある。かつての劇場のような「社交場」としての役割までは無理にせよ、広い空間で多くの観客といっしょにみる「臨場感」のようなものも、映画館の大きな魅力だと考える人は少なくない。
これは映画評論家のような人がよく言う意見だと思う。確かにそういう面もあろう。しかし果たして今後もそうであり続けるのかについては、慎重であるべきだと思う。本当に私たちは(というよりも、これからの世代は)、映画館で他人といっしょに映画を観ることを楽しんでいるのか。日本では普及しなかったが、アメリカなどにはドライブインシアターというものがある。1950年代がその全盛期だったそうだが、これは「プライベートな空間で映画を見たい」という工夫のはしりだ。それが今ではビデオやDVD、ブロードバンド配信などに取って代わられ、ドライブインシアターは今や衰退している(こちらを参照)。
カラオケでも似たようなことがあった。かつてカラオケをするには機械をおいた飲み屋に行くのが当たり前だった(今でもあるだろうが)。そこでは自分たちが歌うだけではなく、他の客が歌うのも聞かなければならないが、それは一般的にはあまり楽しいことではない。近年カラオケといえばカラオケボックスが一般的になったが、これも自分たちだけで楽しみたいという欲求のあらわれだ。
カラオケボックスというのはなかなか面白い業態だ。カラオケという娯楽は、それなりの設備を必要とする。最近は機器の小型化も進んだが、本格的なものまで個人でそろえるのは無理だ。また仲間が集まって大声を出せる空間という面でも、自宅は必ずしも適切な場所ではない。自分、ないし自分の仲間たちだけで楽しみたい、そうした欲求を、カラオケボックスは都合よくかなえてくれる。
カラオケの場合はコンテンツ自体(つまり歌唱だ)が他人のものであったりするから、映画の場合とは当然異なるが、それにしても、カラオケボックスは、映画業界にとって示唆するものがある。あくまで思いつきレベルだが、映画のディストリビューションにおける「カラオケボックス的なもの」という発想は、ひょっとしたら将来の方向性のひとつになりうるかもしれない。パブリック性とプライベート性を兼ね備えた空間。仲間うちだけで好きなコンテンツを比較的よい環境の下で楽しめる空間だ。そのような施設を備えたとしても、現在の興行収入のうち映画館の取り分となっているほどのコストは必要ないはずだ。かつてのカラオケバーの料金に比べ、カラオケボックスで遊ぶほうがよほど安くつくのと同じことだ。
今年の日本映画界はなかなか活況だったようだが、長期的な課題はなくなってはいないと思う。映画興行の業界の方々も、いろいろ考えていく必要があるのではないだろうか。
※2005年1月4日追記
日本経済新聞2004年12月27日付より。松竹、東映の映画大手2社が、映画以外の映像コンテンツを劇場に配信する事業を行うとの記事。松竹は2005年1月15日から2週間、東劇でデジタルハイビジョンカメラで撮影した歌舞伎映像を上映する事業「シネマ歌舞伎」を都内で開始する。料金は映画と同じ1,800円。東映は2004年秋からスタートした系列シネコン(子会社ティ・ジョイが運営)での演劇やスポーツ中継などを強化する。
この方向性は、収益性を補う1つのやり方ではあろう。映画館が「劇場」に戻るわけだ。ただし現段階ではまだ試験的で、過大な期待を抱ける状況ではないと思う。
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» 映画のエンドロール [篠塚誠一郎の日々]
「スウィングガールズ」を観てきました。
やっぱりこういう映画を観ると、すっきりとして映画館を出てこられるんですが・・・。
既にご覧の方は判ると思いますが、この映... [Read More]
Tracked on December 27, 2004 at 05:20 PM



Comments
あ!と思いました。
現状のカラオケボックスの部屋にプロジェクターとDVDプレーヤーだけを入れれば、好きな仲間同士で好きな作品を持ち込んで内輪で上映会ができますよね。映画好きのコミュニティなどのOFF会場としての利用価値や、また可能であれば最新上映の映画をBOX単位で上映してしまうという方法論も考えられるでしょう。これなら気の合う仲間だけで、誰にも迷惑をかけず、食べたり騒いだり泣いたり笑ったりして映画を観ることが出来ます。例えばレンタル屋とカラオケ店が提携するだけでも、かなりのサービスが提供できるのではないでしょうか。昼間は子連れの主婦と学生で、休日は仲間同士やカップルでの利用が見込めるでしょう。これってかなり実現度が高い気がするんですが…。
Posted by: さかまた | December 24, 2004 at 03:03 AM
技術的なハードルは低いでしょうが、ビジネス的な部分はまたいろいろ難しそうですね。著作権の問題もあるでしょうし。
カラオケボックスあたりがゲリラ的に始めて、話題を喚起するとかしないとなかなか動かないかもしれません。
経産省のやってる「みんなのムービー」プロジェクトみたいな、小規模での映画上映の場を増やしていく方向性の中に位置付けられると面白いんですが。
Posted by: 山口 浩 | December 24, 2004 at 09:35 AM
観客相手の商売は、いかに「送り手」が「受け手」の目線まで気にするかもポイントでしょうねぇ。
館内の照明が落ちたら、あとは知らない!的な感じでは、余計に足が向かなくだろうし、マイナス面が多くても、家の方が良く感じますからね。
Posted by: しのさん | December 27, 2004 at 05:28 PM