米国の新たな先物市場
先物市場というと、これまでは株価などの金融分野、原油や大豆などの商品分野などにおけるものが一般的だ。しかし米国では昨年、インフレ率など、これまでとは異なる新たなものを対象とする先物市場の開設が認められた。これがHedgeStreetだ。近年注目を集めている予測市場で取引される勝者総取り型予測先物に似た証券設計となっている点で注目される。
HedgeStreetは、 カリフォルニア州San Mateoの企業であるHedgeStreet, Inc.が運営する。この企業は2004年2月、CFTC(Commodity Futures Trading Commission ) に市場開設の登録を行なった。これまでCFTCでは、こうした新たな種類の先物の市場については、どう規制するかも含めて検討したことがなく、これが初めてのケースだ。この市場は同時に、NFA(National Futures Association ) の監督をも受けている。
HedgeStreetの先物市場は、2004年10月にサービスを開始した。投資家は、最低500ドルの預託金を預けることで、口座を開設することができる。ここで取引される先物は、一般的な金融先物、商品先物などと同様、なんらかの原資産ないし原変数の値によってその価値が変わるデリバティブであるが、その対象は金融資産や金融指標、あるいは商品価格といった従来からあるものだけではなく、より広い範囲で経済活動に密着したものが対象となる。HedgeStreetで取引される先物は「Hedgelets」と呼ばれ、10ドル単位で投資を行なうことができる。現在取引が行なわれているHedgeletsは、次のようなものである。
・金融 (通貨、商品、金利);
・経済 (インフレ率、小売り売上などの経済活動);
・不動産 (住宅ローン金利、住宅価格);
・エネルギー (ガソリン価格など)
・雇用情勢(賃金など)
こうした対象に関する投資商品としては、これまで英連邦系の国などでブックメーカーなどが提供してきたSpread Bettingなどがあったが、米国ではこれまで認められていなかった。その筋の話では、対象を広げすぎるとただの投機商品となってしまうことから、どのような範囲で認めるかが慎重に検討されていたとのことである。結果として採用された上記のラインアップをみると、実際にヘッジ目的としても有効なものが並んでいる。CFTCの考え方として、「ヘッジに使える」が有益性の条件となっているのではないかと思われる。これまでこうしたヘッジ手段は大企業など一部の投資家だけが利用可能なものであったが、これを一般個人投資家にも利用可能なものとしたこと、およびこれまでヘッジが不可能だったものに対するヘッジ手段を提供できるようになったことが新しい。
対象は多少新しいにしても、一般的な先物市場とさして変わらないではないか、と考える向きもあるかもしれない。しかしHedgeStreetで取引される先物は、一般的な先物とちがい、予測市場でよく用いられる勝者総取り型の予測先物に類似したものだ。すなわち、通貨の場合を例にとると、「○月○日のドル/ユーロの為替レートが1.200ドル/ユーロを超えるかどうか」といった命題を設定し、これが実現すれば$10、実現しなければ$0がリターンとなる。その他の分野では、将来時点のCPI、小売り売上高指標の変化率、ガソリン価格、賃金変化率などといった指標がある値を超えているかどうかでペイオフが決まる。したがって、満期以前の時点では、この予測先物の価格は、命題が実現する確率となる。HedgeStreetは、このしくみを現実通貨の先物市場に応用したのである。予測市場で取引する場合には、価格が確率に一致するというわかりやすい性質を持つことになる。
もうひとつ、このような設計にすることによって、市場運営者がポジションをとらずにすむことにも注目すべきである。この市場では、投資家の中でマーケットメーカーとなる者がいるが、先物自体を設定するのは運営者である。したがって、通常の先物のような証券設計では、市場運営者がリスクをとることになる。この市場では、リスクを回避するため、投資家に対して、この勝者総取り型先物を「ペア」、すなわち命題に対する「Yes」と「No」1単位ずつのセットで販売する。この状態では、投資家もリスクフリーだ。「Yes」「No」いずれかの状態が必ず実現するからである。その後投資家はそのいずれかを売るなり買うなりして、自分のポジションを作る。こうすることによって、市場運営者は、投資家が当初投下した資金を全額保有しておくことができ、結果が判明したときにはその資金をそのまま「勝者」に支払えばよい。運営者の収入は、取引手数料である。
このようなしくみは、アイオワ大学のIowa Electronic Marketsをはじめとする予測市場とほぼ同じである。つまりHedgeStreetは、一般的な意味での先物市場ではあるが、その市場や証券の設計において、予測市場のために開発された手法をフルに活用している。米国はこれまで、上記のアイオワ大学の市場を例外として、現実通貨を使った予測市場を禁じてきた。予測先物などを取引する予測市場は、仮想通貨を用いた一種のオンラインゲームとして提供されていたのである。その意味で、HedgeStreetは、米国で初めての現実通貨を用いた予測市場とみることもできる。
日本では、刑法との関係もあり、HedgeStreetのような市場を開くことは難しく、立法手当てを待つ必要がある。勝者総取り型先物は、上記のとおり少額の資金で個人のリスクヘッジに使える投資商品であり、投資を楽しめる商品だ。価格の幅が決められていることから、バブルによってファンダメンタルズを大きく踏み外すこともない。半端な株式よりよほど健全な商品と思うのだが。
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Comments
なるほどですね。
不透明な株よりすっきり明快っぽ。
Posted by: でんすけ | January 13, 2005 09:36 PM