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January 28, 2005

雑誌目次をみる:「季刊 『道』」

一部に人気の「雑誌目次をみる」シリーズ。今回は「季刊 『道』」。

知らない人はタイトルだけではなんの雑誌だかわからないだろうが、合気道の雑誌だ。

2005年1月20日発売の第143冬号より、従来の「季刊 合気ニュース」から変更となったものだ。理由はよくわからないが、何か思いがあるのだろう。キャッチフレーズは「文武に学び未来を拓く」だ。「『道 -どう-』では、日本の武の世界はもちろん、武道以外の分野で、武の心をもって活躍する国内外の人々の生き方を追い求めていきます。」だそうだ。合気道から対象を広げたというのはわかる。読者層を広げる工夫なのだろうか。

【特集1】 『合気ニュース』創刊30周年記念 友好演武会 レポート
去る11月28日に開催された演武会の模様を、8名の先生方の演武や修業に込める思いを織り込みながらレポートします。演武くださったのは、<演武順 敬称略>清水健二(合気道天道館管長)、黒田鉄山(振武舘黒田道場)、佐々木の将人(合気会本部道場師範)、森恕(大東流合気柔術琢磨会総務長)、小林保雄(合気道小林道場長)、近藤勝之(大東流合気柔術本部長 真武館)、宇城憲治(沖縄古伝空手心道流師範)、井上強一(合気道養神館館長)の方々です。

うーん、なんだかとっても強そうな面々。大迫力、なんだろうな。

【特集2】 『道』改名記念
現代舞踊家 石井みどり氏/折田克子氏に聞く  「言葉でなく心と身体で学ぶ」
聞き手:『頭脳から身体脳へ』著者 宇城憲治
いしいみどり◎1913年生まれ(91歳)。現代舞踊の草分け石井獏に師事。現在、娘の折田克子氏と舞踊研究所を主宰。現在も舞台に立つ。現代舞踊協会、全日本舞踊連合会長。
16歳から現代舞踊の草分け石井漠に師事し、以来、戦前、戦中、戦後を通して75年間舞台に立ちつづけている現役舞踊家石井氏は、まさに実践の人。「言葉ではなく、身体脳で学ぶ」を提唱する沖縄古伝空手宇城憲治氏を聞き手に、身体で学び、感知することの大切さ、文化芸術の継承のあり方などを伺った。会見には、娘の折田克子氏も参加くださり、ともにうかがった合気道開祖盛平翁との邂逅の様子は、たいへん興味深い。分野の異なる方が、当時の盛平翁の様子を理屈ではなく身体で受けてとめている様は、非常に勉強になる。

合気道だけでなく、「身体」にテーマを広げて、舞踏家のインタビューを載せている。分野はちがっても相通ずるところがあるのだろう。昔の時代劇マンガふうにいえば「ムム、おぬしできるな!」といったところか。

前衛書家 稲村雲洞氏会見「僕の前には道はない。僕の後ろに道はできる――道なき道の開拓」
いなむらうんどう◎1924年生まれ(80歳)、宇野雪村に師事。45歳で教職を辞し上京、作家活動に専念、以来現在に至るまで精力的に作品を発表し続けている。奎星会会長、(財)毎日書道会理事ほか。
2004年10月に銀座セントラル美術館で開かれた稲村氏の個展「極の宇宙――瞬発の集中 持続の止観――」。作品からほとばしるエネルギーの裏にある思想と哲学。まさに武の道そのものともいえる会見内容に、驚かれる読者も多いのではなかろうか。以下は小見出しより(道とはなにか/原点に学ぶ/一つがすべてを語る/知者と行者――身体でわかるということ/現状維持からは何も生まれない/すべては自分の行動/瞬発の集中 持続の止観/時空を越える視点/人間に必要な節度と間 ほか)

こんどは書家ときた。いや確かに身体を使うんだろうけど。これが「射程距離内」なら、ペン字の大家とか編み物の名手とかそば打ち名人とかキャベツの千切り日本一とか銀座No.1ホステスとかヨン様命の追っかけ日本一とかパチプロ梁山泊とかカツオの一本釣り名人とかレッツゴー三匹とか、他にもいろいろ身体を使う「同類」になるものがあるのでは。みんな「道なき道の開拓」なわけだし。

●「護身への手引き――“拘束された時代”に我々の生命、自由、財産を守る法」 文:スタンレー・プラニン

一転して「実用」記事、なのだろうか。というよりもコラムらしい。悪漢には自分で立ち向かえということか。ちなみにプラニン氏はなんとこの雑誌の編集長だ。同氏の過去の論文集はサイトで読める。タイトルのリストは次のとおり。

■『ランボー』と『七人の侍』 【52号】1983年1月
■合気ニュースとは? 【61号】1984年
■なれあい稽古にピリオドを! 【93号】1992年7月
■テレビは暴力の仕掛け人 【94号】1992年10月
■大東流と大本教――合気道の二大支柱 【95号】1993年1月
■合気道の現状とその将来 【96号】1993年4月
■植芝盛平の思想を正しく後世に伝えるために 【97号】1993年7月
■拝啓、セーガル、ノリス、バン・ドーム様(アクションスターへの手紙) 【98号】1993年10月
■現状に甘んじず、前向きの姿勢で 【99号】1994年1月
■合気道 大いなる遺産、そして、未来への掛橋 【100号】1994年4月
■事故防止、用心にまさるものなし 【102号】1994年10月
■試合で盛平合気道は向上するか ― 現代の"サムライ"たち 【103号】1995年1月
■護身の拡大解釈 【104号】1995年4月
■"新説"合気道史 ――その真偽について―― 【105号】1995年7月
■その人の名は、開祖・植芝盛平 【106号】1995年10月
■シンプソン事件から思ったこと 【107号】1996年1月
■真の合気道の実現へ向けて【完全版】 【134号】2002年10月

硬派なものも多いが、一方で「ランボー」とか「セーガル」(Steven Seagalのことか?ふつうは『セガール』と表記すると思うが?)とか「シンプソン事件」(O.J.シンプソンのことだろう)とか、けっこうキャッチーなものを多く取り上げている。意外に話せるクチ、とみた。

●『道』フォーラム――東西の出会い 映画『THE LAST SAMURAI』に見る武士道

おおお。ハリウッド映画から武士道を学ぶ時代がきたというわけだ。別に国粋主義に走るわけではないが、ある種の感慨がある。香港映画のかなりの部分が今やハリウッドに流れてしまったことを思うと、日本映画界がんばれ、とエールを送りたくなる。・・・おっと武道の話だった。

●『道』を支える豪華連載
佐々木の将人 「なるほど」成りきる
井上強一 「師の教えを活かす」約束 武士の飲み方
宇城憲治 「事実・真実・真理」
黒田鉄山 「柔術万華鏡」胸釣 擦込 正中
森 恕 「琢磨会と大東流」最後の固技
野中日文 「思想としての剣 武道行動学」何のための武道か
阿部醒石 「道歌 合気の心」
出口和明 「出口王仁三郎の宇宙観」人は神の子神の宮
高橋賢 「大東流合気柔術史初考」武田惣角先師の旧大東流(大東流古伝)の技法体系について
ピーター・ゴールズベリ 「日本文化を鏡に映せば」武道教育の三つの環境
島田五郎 「鉄舟に学ぶ」虚心
デニス・クラーク 「合氣道の精神」手で学ぶ、手で感じる、手で伝える(砂泊師範有段者講演会にて)
ほか

なかなか面白そうだ。「武士の飲み方」というのがあるとは初めて知った。商人の飲み方とはどうちがうのだろうか。「思想としての剣」も興味がある。「思想としての~」は、道具を語る際に幅広く使えるフレーズだろう。「思想としてのカラシニコフ」「思想としての対戦車ミサイル」「思想としての出刃包丁」「思想としての遠近両用メガネ」「思想としての3段折りたたみ傘」「思想としてのWindowsXP」…きりがないのでやめる。それから、外国人らしき名がちらほら見える。「日本人以上に日本を知る外国人」の皆さんなのだろうか。

というわけで、あくまで「熱い」雑誌なのだが、その取り組み姿勢は意外に軽やかで柔軟なものを感じる。

この雑誌を語るときに忘れてはならないのが、blogだ。なんとblogがあるのだ。「ANブログ」という。季刊「合気ニュース」に連載された記事なども読めたりするすぐれものだ。1月26日付の「最後の剣客・杉野嘉男物語」では、杉野氏が「七人の侍」の武術指導をしたときの話が詳しく載っていたりして、なかなか面白い。名画の陰に杉野あり、ということか。・・・・いかんまた脱線した。杉野氏の顔写真も出ているが、これがまたいかにもという風貌だ。これが編み物名人だったりするとどうにも場違いだが、武道の達人となるとしっくりくる。人間の容姿にも向き、不向きというものがあるのだな、とつくづく思った。

というわけで、blogともども目が離せない合気道。次は世界進出をかけてハリウッド映画に打って出るべき、なのかもしれない。

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