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February 20, 2005

読み解きたがる人々

映画というコンテンツの特徴のひとつは、「裾野」が幅広いことだ。映画が公開されると、プロモーションの一環として関連グッズや書籍が発売されるし、さまざまな媒体に露出する。あるいはテレビ番組などで取り上げられたり、その他さまざまなところで話題としてとりあげられる。資金回収のためのワンソース・マルチユースという場合もあるし、便乗する類のものもある。要はいろいろなところで「ネタ」になるわけだ。

そういう中で、よく作品を「読み解く」人々がいる。
全部ではないが、この、「読み解く」というのがどうも苦手だ。というより癇に障るのだ。

「読み解く」というのは、一般的にはたとえば作品の背景を解説してみせたり、大きな構図の中に位置づけてみたり、ある考え方に即して解釈してみたり、作品の細部に何か理由づけをしてみたり、といったものをさす。雑誌だと「ユリイカ」あたりはこういうのが得意で(「詩と批評」の雑誌だからあたりまえだが)、最近は特にポップカルチャーへの接近が目立つ。

著作物や作品に対して、それを利用して派生的に作られた作品をよく「デリバティブワーク」といったりするが、「読み解き」ものも一種のデリバティブワークといえるのではないかと思う(「derivative work」はアメリカの著作権法上の概念で、正確にはちょっと意味合いがちがう。下記参照。「読み解き」ものは、正確には解説ないし批評と呼ぶべきなのだろうが、「本体」から派生しているという意味で、ここではあえてこのことばを使っている)。

「読み解き」もの一般にどうこう、というものではない。知らなかった事実や新しい見方を提供してくれて「へぇ」といったり、するどい指摘に「うーむ」とうなったり、それはそれで楽しい。たとえば、いわゆる「宮崎アニメ」はそういうデリバティブワークが多いことでも知られるが、面白いものもたくさんある。宮崎氏は、本人が書いたものやインタビューなどをみると、そうした他人による「読み解き」をあまり好んでいないようにも見受けるが、まあこれも観客側の楽しみの1つだ。

私が苦手なのは、得意になって、これが本当の見方だ、といった書き方をする類のやつだ。作者はこの点でまちがっている、他の奴らはこれを指摘していない、これこそ「正しい」解釈だ、これに気づかないのはアホだ、といった類。嫌味なだけでなく、自分の見方を押し付ける点でぶしつけだと思う。

町山智浩氏が「千と千尋の神隠し」を売春宿の話だと書いていた(これとかこれとか)が、湯女風呂がそうしたものであることは別に新しい発見でも何でもない。誰もいわなかったのは、気づいていなかったからではなく、それがこの物語の一要素ではあるが本質ではない、と考えていたからだろう(少なくとも私はそう考えている)。そもそも作品を見ていれば知らなくても想像がつくことだし、もしつかなくても別に問題はない。

もちろん指摘自体は1つのポイントをついている(ただし千尋は湯女ではない。後記参照)。それに町山氏の矛先は、宮崎氏というより、他の批評家たちやら町山氏の指摘に怒った人たちやらに向けられているようなので、例として挙げるのは気が引けるのだが、自分の見方が正しいという主張のしかたはやはりちょっと気になる。もちろん他にも例はたくさんあって、上記の「ユリイカ」あたりには強引な読み解きものがわんさか登場する。本当はそっちを挙げるべきなのだろうが、ネットで原文にあたれるものがいいかと思ったので。いうまでもないが、町山氏自身を非難するつもりなどまったくない。念のため。

少し視点を広げる。ある作品があったとして、それは作者がさまざまな思いをこめて作っている。それを見る人たちは、それぞれ自分が持っている知識や経験、考え方に照らし合わせて、それを楽しむ。子供たちは子供たちの目で見るし、大人は大人、女は女、男は男、外国人は外国人、それぞれの楽しみ方がある。子供が楽しめるポイントがなければそれは大人向けの作品になるし、外国人に面白いポイントがなければ日本人向けの作品になる。

つまり、作品についてものを語るとき、それはあくまで自分の知識や考え方をベースにした「感想」なのだ。好き嫌いやこう思ったとかいったことは理由の是非を問わないからいい。それを出発点にせず、一段高いところから「これが正解だ」「教えてやる」といった態度をとられるのが、私は苦手なのだ。評論というものにはあまり詳しくないが、少なくとも、評論と世に呼ばれるものの中にこの手のものが少なくないとはいえる。もし評論とはそういうものだというなら、私は評論は嫌いだし、筋違いだと思う。

幅広い人に受け入れられる作品には、万人に共通の訴求ポイントと、それぞれの人に対して別々にヒットする訴求ポイントがある。おそらく宮崎アニメは後者の要素が相対的に強くて(特に最近の作品でとっちらかった印象を受けるのはそのせいではないかと思う)、見る人によってかなり異なった顔を見せるのだと思う。よく「あの作品はわからない」といって批判する人がいるが、それは自分にわかるポイントがなかっただけのことだ。逆に「わかりやすすぎてつまらない」という批判は、自分にとってわかりやすい部分しかとらえられなかったことの裏返しにすぎない。

いずれにせよ、作品は公開された時点から作者の手を離れ、見る人の心の中で、その人の知識や考え方と一体化して「完成」するのだ。どんな作品でも作者が語りたかったことはある。たとえそれがまったく伝わらない拙い作品であったとしても、見る人が自分の中で自分の知識や考え方と照らし合わせ、そこから何かを得ることは可能だ。つまり作品をつまらないというのは「自分にはこの作品の面白さを発見する能力や感受性がありませんでした」という告白であり、かなりの確率で自分の底の浅さを暴露するものなのだと思う。

もちろんこの文章も、デリバティブワークのそのまたデリバティブだ。他人の文章を批判しているし。「屋上屋」だといわれればその通りだし、私には、ここに書いたような類の「読み解きもの」の面白さを発見できなかった、能力がなかった、ということでもある。ただしこれが自分の「感想」であることは意識しているつもりだ。もし「一段高いところからえらそうに」と見えたら、それは書く能力の不足なので、謝る。

※追記

(1)
参考までにだが、千尋は湯女ではない。柄ものの着物を着ているのが湯女だ。これに対して、子供は労働着として水干を着ている。うろ覚えだが、これには基本的に男女の別はなかったと思う(色はちがうがハクも水干姿だった)。つまり千尋はまだ子供なので、まだそっちの仕事ではなく、下働きをさせているのだ。…こういうのも「読み解き」っぽくてやだな。
(この部分は加筆訂正した。「巫女のようなかっこうをしているなめくじ女が湯女」と書いたが、もう一度見てみたら、風呂でサービスしているのは柄もののほうで、巫女のかっこうをしているのは料飲担当らしい。昔の巫女には聖娼としての役割もあったから、神様の風呂屋に巫女ふうの服装の従業員がいるのは納得できる。確かにあの白いかっこうでは風呂でのサービスはしにくいだろう。いずれにせよ、子供である千尋が湯女ではないという点は変わらない。)

(2)
アメリカの著作権法では「derivative work」をこんなふうに規定している。

The Copyright Act, at 17 U.S.C. §101
A "derivative work" is a work based upon one or more pre-existing works, such as a translation, musical arrangement, dramatization, fictionalization, motion picture version, sound recording, art reproduction, abridgment, condensation or any other form in which a work may be recast, transformed or adapted. A work consisting of editorial revisions, annotations, elaborations or other modifications which, as a whole, represent an original work of authorship, is a "derivative work".

このことばは最近はオープンソースのソフトウェアの領域でよく話題になる。GPLの下で書かれたソフトウェアのデリバティブワークは同じベースで公開される、なんていうやつだ。「derivative work, open source」というキーワードで検索してみると、いろいろ出てくるのでご参照。

(3)
映画の専門家ではないが、「カトラー:katolerのマーケティング原論」にも「『ハウルの動く城』にみるファンタジーの力」という記事があって、その中で「ハウル」と比較して「スチームボーイ」を「わかりやすい分だけつまらない」と酷評していた。これも上記の「読み解き」ものと似た議論にみえる。「『スチーム城』は、現代機械文明の象徴であることは、誰がみても明々白々」なのだそうだが、その部分に着目したわけですね、ということだ。別の人は別のとり方をする。もっと深く解釈した人も、面白いと感じた人もたくさんいるはずだ。「誰がみても明々白々」ではないと思う。この方の「感想」だとは思うので別に文句はないのだが、それに対する私の「感想」、ということで。もちろん人格に対する批判の意図はないし、「ハウル」に対するこの方の視点には賛同する。これまた念のため。

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Comments

コメントありがとうございました(^^
なんだか、このエントリを読んでも、
「ああ、ああいう納得のいく話をしてくれる人だな」と安心できます。
今後とも、ごひいきに。ではでは。

Posted by: ひろ | February 20, 2005 04:19 PM

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