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February 11, 2005

スタジオジブリの独立

スタジオジブリが、徳間書店から分離・独立し別会社となることが2月10日に明らかになった。 スタジオジブリは1985年に徳間書店の子会社として設立され、1997年に徳間書店の経営悪化に伴って同社に吸収されたのだが、再び別会社となるわけだ。傾いた実家を救った孝行息子が再び独立、といった構図だろうか。

誰がどんなふうに決めたかといったエピソード等については、おいおいさまざまなメディアで伝えられることになるだろう。私としては、ビジネス面が気になる。現時点ではまだ情報が少ないが、ちょっと考えてみた。

「株式会社スタジオジブリ」は、すでに東京都小金井市に設立されている。宮崎監督と鈴木敏夫プロデューサー、高畑勲監督が取締役に名を連ね、代表権は鈴木プロデューサーが持つ、のだそうだ。報道ではまだ取締役会構成の全容については出ていないが、通常なら、もっとほかの人たちがいてもおかしくはない。つまり、資金の出し手だ。

資本金は1,000万円だそうだが、この金額なら上記の取締役たちのポケットマネーでまかなえるはずだ。通常、アニメ制作のようなリスクの高い事業であれば、資本金を大目にもっておきたいと考えるのが自然だろう。他のプロダクションでいえば、㈱ゴンゾは従業員163人で資本金2億6,000万円、㈱プロダクション・アイジーは従業員215人で資本金3億7,885万円だ。徳間書店を含め、企業が出資しているかどうかは現段階ではわからないが、仮に企業がジブリの経営の主導権を握りたいのであれば、もっと大きな資本金にするだろう。つまり、資本金1,000万円は、企業の経営権を宮崎、鈴木、高畑氏ら少数の人々で握っておきたい(自由度を確保したい)という面と、外部資金調達に不安はない、という2つのことを意味しているのではないか。一種のMBOだとみてもいいのかもしれない。

しかしそれだけの資金では、当然ながら充分ではない。1作20億円以上かかる映画を作っているわけだから、作品ごとの資金調達が必要になる。さらに重要なのは、「今年度内に、徳間書店から150~200億円で、過去の作品の分も含めたジブリに関する営業権の譲渡を受け」る、という点にある。年度内といえばあと2ヶ月弱だ。 この資金がどこからどういう名目で来ているのかが非常に気になる。単なる借入ではまさかないだろう。やはりディズニーか、それとも日本テレビその他の国内勢か。はたまた投資ファンド、もありえなくはない。どんなスキームかも気になる。このあたり、「日経キャラクターズ」あたりで詳しくつっこんでくれることを期待したい。

独立した企業となることによって、外部資金の導入やさまざまな企業とのコラボレーションがこれまで以上にやりやすくなるだろう。そうした事業上の柔軟性の獲得は分社化の大きなメリットだ。関連書籍など、徳間書店との関係が大きく変わるとは当面思わないが、将来的によりニュートラルな関係に向かうだろうことは想像できる。「徳間書店の出版部門のリストラが進み、ジブリに頼らなくても自立できる見通しが立った」と報道されているが、今回の営業権収入をもってリストラ完了、ととったほうがいいのかもしれない。

今年は、商法改正で(実現すれば、だが)日本版LLC(「合同会社」という表現になるらしい)が設立可能になる。このような人的結社の手法を使えば、株式会社のような出資額に応じた支配ではなく、高い能力をもった個人が自分の能力を提供することで大きな発言力を保つことができるようになる。もしかすると、㈱スタジオジブリは仮の姿で、商法改正後は合同会社に組織変更することを志向しているのかもしれない。宮崎監督ら一部の個人の能力に強く依存しているこの組織においては、LLCのような組織形態のほうが適しているだろう。

ジブリの営業権が150~200億円、というのも、関心をそそられる。おそらく今は精密な計算をしているところなのだろう(「ハウルの動く城」の興行収入がどのあたりまでいくかは重要な情報だ)。どういう根拠なのか、ぜひ知りたいと思う。あまり時間がないので正確かどうか確かめていないが、ジブリ各作品の興行収入は、だいたいこんな感じのようだ。(「ナウシカ」は正確にいえばジブリではなくその前身であるトップクラフト制作)

1984 「風の谷のナウシカ」  7億4,200万円
1986 「天空の城ラピュタ」  5億8,300万円
1988 「となりのトトロ」「火垂るの墓」  5億8,800万円 (同時公開)
1989 「魔女の宅急便」 21億7,000万円  89年度邦画1位
1991 「おもひでぽろぽろ」  18億7,000万円  91年度邦画1位
1992 「紅の豚」   27億1,300万円  92年度邦・洋画1位
1994 「平成狸合戦ぽんぽこ」  26億5,000万円  94年度邦画1位
1995 「耳をすませば」  18億5,000万円   95年度邦画1位
1997 「もののけ姫」 193億円  97年度邦・洋画1位 
1999 「ホーホケキョ となりの山田くん」 8億円?
2001 「千と千尋の神隠し」 304億円
2002 「猫の恩返し」「ギブリーズ episode2」 64億円 2002年度邦画1位
2004 「ハウルの動く城」 ?

当然、これらは「過去」であるわけで、将来の収益は、DVDやキャラクターグッズ、関連書籍などの販売や、映像の二次利用などから生まれる。それに、ジブリブランドを生かしたアパレルや映画配給事業もあるし、たまにCMやら「みんなのうた」の映像やらといった小さな作品もある。何よりジブリの将来の劇場作品に対する権利というのもある。これらすべてを合わせて150~200億円、ということだ。データを持ち合わせない私には評価のしようがないので、そのぐらいなのかね、というしかない。

この点に関して忘れてはならないのは「宮崎後」問題だ。今回徳間書店から独立したことは、ある意味では、ジブリが「企業」として今後も存続していこうという決意表明でもあろう。現在の「個人商店」状態から、いつどうやって抜け出していくのか。ニュースでは「今後はアニメ制作者の育成などを含め良質なアニメ映画を世界に発信する拠点を目指す」とある。「制作者の育成」という面では、アニメーションの根幹を支える原画や動画のアニメーターたちもさることながら、宮崎監督や鈴木プロデューサーが現役を退いた後を引き継ぐべき人材がぜひとも必要だ。独立によって企業としての長期的な存続をいっそう考えなければならないという要素はあるだろう。ひょっとしたら、若手起用という「冒険」のために独立が必要だということもあるのかもしれない。

詳しいことを知らずに憶測でいろいろ書くのはこのへんでやめておこう。今わからないことの一部はやがてわかってくるだろう。とりあえず、今後も要注目、ではある。

※追記
「小林雅のブログ―ベンチャーキャピタリストの独り言」がこの話題を取り上げている。小林さんはグロービス・キャピタル・パートナーズのパートナーだ。「今後の製作資金を考えると大型の増資等があるのでしょう。」とある。現在は資本金1,000万円だが今後増資するのではないか、というご見解だ。なるほど。確かにそうみるほうが自然だよなぁ。思い込みというのはおそろしい。150~200億円の全額ではないにせよ、それなりの増資はする、ということか。そうなるとさらに、増資後の資本構成が気になる。

※追記2
「小林雅のブログ―ベンチャーキャピタリストの独り言」の小林さんより再度のトラックバックNIKKEI NETの記事を引いて、「経営権譲渡に必要な資金は、東宝や日本テレビ放送網、電通、博報堂DYグループなどに要請する方針だ。ファンドや融資を含め資金の調達方法については今後詰める。」とのこと。情報多謝。やはり早まって書くとろくなことはない。資金は製作委員会常連の国内勢から、というわけだ。電通と博報堂の双方が入っているのが興味深い。ジブリ作品をめぐってデッドヒートを繰り広げてきた両社だが、晴れて双方入ったわけだ。今後はどうなるのだろうか。(最近の作品では必ずどちらかが製作委員会に入っている。こちらに製作委員会の構成を書いた。ご参照)方式はともかく金は出す、ということで、どんな調達になるかは今後検討される。小林さんはさっそく営業モード(!?)に入っている。ちなみに日本動画協会のデータでは、株式会社徳間書店スタジオジブリ事業本部の従業員数は140名、売上は74億円とある。運転資金もさることながら、評価の主要部分は既存作品とこれからの作品からの収益予測だろう。
私としては、「作り手側の発言力をどうやって保つか」「次世代の育成」の2点がどうしても気になる。ジブリはこれまで徳間書店の下で、かなり自由にやらせてもらっていたと想像するが今回の独立でどうなるか。多額の資金を出したことでプレッシャーが増しかえって若手の育成にマイナスになることはないか。何よりいい作品を見続けたい私としては、関係者の皆さんの健闘を期待するしかない。

※追記
「R30」さんからのトラックバック。日本の出版社には市場価値がない、というご指摘。少なくとも徳間書店には、と限定をつけるべきだろうが、まあさもありなんというところか。上で「今回の営業権収入をもってリストラ完了」と書いたがやはりそういうことだったわけだ。もともと徳間書店は映画をずいぶん作っていて(こちらをご参照)、1988年の「敦煌」あたりは製作に45億円かけて興行収入が100億円と成功したりしているが、全体を通してみるとかなりの損を出しているのではないかと想像する。出版とのコラボレーションなど、角川と同様メディアミックスの先例ともいえるのだが、テレビ局をもっていなかったのが弱みだったのかもしれない。しかしこの会社の「寛容」な姿勢がスタジオジブリの「開花」に必要だったことは確かで、その意味で感謝を捧げたい。これは日本におけるベンチャー企業育成一般についていえる。ジブリにおける徳間康快氏のような存在、一般的には「エンジェル」と呼ばれる投資家の重要性について、そしてそういった存在がまだ日本には圧倒的に少ないことについて、私たちはもっと深刻に考えるべきだと思う。

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Comments

やまぐちさん、こんばんわ、

ジブリの売り上げって、べき分布している気がします。

http://homepage2.nifty.com/hhirayama/Ghibli01.xls
http://homepage2.nifty.com/hhirayama/Ghibli01.jpg

Posted by: ひでき | February 11, 2005 08:10 PM

ひできさん
コメントありがとうございます。

>ジブリの売り上げって、べき分布している気がします。

図を見せていただいたのですが、これって「べき分布」なんですか?他のプロダクションの作品はどうなんでしょう?ひょっとしたら、そもそも映画の興行収入全体がそうなのかもしれませんね。

Posted by: 山口 浩 | February 11, 2005 09:04 PM

やまぐちさん、こんばんわ、

うーん、相変わらずするどいところをつかれてしまいました。正確にいえば、↑に示したプロットだけではべき分布とはいえません。ただ少なくとも-1.5乗の指数関数で近似できるzipfの法則っぽいかなと思いました。

zipfの法則:
http://www.icit.jp/lecture/uec/life/zipfs-law.html

ついでに、この論文に出てくる単語の頻度と順位も↑のxlsファイルにプロットして追加してみました。

まあ、ランダムな数値でもこの処理をするとzipfっぽくなるという考えもあるようですから、だからどうなんだというわけでもないのですが...ただ、少なくとも正規分布からは大分外れているということは言えると思います。ですから、多分映画全体の売上げで同じことをしても同じような結果になる可能性が高いです。

http://www.cb.k.u-tokyo.ac.jp/aritalab/arita/bioventure/julyAug2004.txt

c.f.
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=333325

Posted by: ひでき | February 11, 2005 10:51 PM

いろいろなものが分布がべき分布に似ているっていうのはわかりました。で、そうなると、それはなぜ?というのが自然な疑問だと思います。正規分布だと中心極限定理とかあるわけですが、べき分布ではそういうのがあるのでしょうか?どういう場合にべき分布しないのでしょうか?「べき」派の皆さんはそこんとこどうお考えなんでしょう?

Posted by: 山口 浩 | February 12, 2005 04:39 PM

 資本構成で広告代理店が入ると、地上波アニメにおける広告代理店による製作資金の中抜きという問題が解決できなくなるような気が。今は良いけど、宮崎後は地上波アニメにも手を出さざるを得ないでしょうし、その時に広告代理店が資本参加していると困った事になりそうな気がします。
 むしろ、資本金を少なくして、出来る限りスタッフが経営の主導権を持つように資本構成をした法がよいとは思うんですが。

Posted by: うみゅ | February 14, 2005 01:02 AM

うみゅさん
コメントありがとうございます。「中抜き」は、地上波を本格的にやるなら確かに問題になるでしょうね。ただ、これも力関係ですからねぇ。「宮崎後」のジブリがどのくらいの力を持っているか、ですね。IGは「攻殻」のテレビシリーズで1本3,000万円かけたと聞きましたが、あそこの製作委員会には確か電通が入っていたかと。株主となると立場が強くなりますが、それほど大きな割合ではないのでは、と想像します。
逆に、広告代理店が入っていることでメリットを受ける部分も少なくないでしょうから、まあいちがいにはいえないんでしょうね。
ともあれ、いい環境で仕事をしていただいて、いい作品を見せていただきたいですね。

Posted by: 山口 浩 | February 14, 2005 02:43 AM

 うみゅさんが「広告代理店が資本参加すると中抜きが心配」とおっしゃっていますが、それほど心配することはないと思います。例を挙げると、GDHは電通から出資を受けていますが、電通がGONZO製アニメの製作委員会に入って(この資金調達スキームもいつまで続くか分かりませんが)中抜きしたケースは稀だったと記憶しています。ちなみに博報堂DYパートナーズは、GONZO製アニメの中では「GADGUARD」の製作に名を連ねています。
 問題となるのは、商社や放送局や広告代理店が株式を大量購入した場合でしょう。そうすると彼らが議決権の大半をにぎることになり、株主利益保護のため、鈴木氏や宮崎氏や高畑氏の思惑を上回るペースでアニメ作品を量産しなければならなくなるでしょう。つまり、大手アニメプロダクションのビジネスモデルと変わらなくなってしまうわけです。そうすると、既存の量産アニメ制作ノウハウをもつその他プロダクションの方が有利にビジネスを進められるようになります。その点では、うみゅさんのおっしゃる通り資本金を少なくして融資中心にした方がよいのかもしれません(ただ、融資中心にすると、返還するタイミングを見積もって大型作品を作らなければならないという問題も生じますが)。

Posted by: Hiroki AMANO | February 19, 2005 05:04 PM

Hiroki AMANOさん
コメントありがとうございます。やはり、どちらかというとプロジェクト単位の資金調達をしていく、という方向性なんでしょう。コーポレートファイナンスよりはプロジェクトファイナンス、というわけです。証券化のスキームは最近だいぶ進歩してきていて、市場もだんだん大きくなってきていますが、まだ一般的なコンテンツ製作資金の調達に使おうとすると大掛かりすぎるような気がします。もっと小回りのきく資金調達スキームを整備する必要があると思います。

Posted by: 山口 浩 | February 19, 2005 05:36 PM

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