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March 14, 2005

情報産業の進展はトップレスの普及と関連しているという話

ちょっと前に「ラジオの放送大学が面白い」といった記事を書いたのだが、最近なかでも気に入っているのは、西村吉雄客員教授が担当される「情報産業論」だ。聞き流すつもりで聞いていたのだが、気がつくと夢中でノートをとってしまう。

何がいいって、「脱線」というか「暴走」というか、なんともスリリングなのだこれが。

そもそも、「情報産業論」というタイトルから、どんな内容をイメージされるだろうか。たとえば東京理科大学経営学部のシラバスには同名の科目(寺崎康博教授、 巻田悦郎講師)があって、こんなシラバスになっている。またちょっとちがうが慶応大学SFCの「ネットワーク情報産業論」(国領二郎教授)だと、こんな感じだ。IT関連のハードとソフトの産業の台頭とそれによる社会や経済の変化、みたいな感じだろうか。

さて放送大学の場合はどうか。基本線は同じなのだが、これがひと味もふた味もちがうのだ。(ちなみに以下の内容はラジオの音声を聞いてメモしただけなので、正確さの保証はいたしかねる。あしからず)

3月12、13日の講義内容は、1970年代半ばに起きた社会の変化についてだった。吉村教授は、これを「工業の時代」から「情報産業の時代」への転換期、と位置づけている。農業の時代から産業革命以降工業化の時代となったが、それが1970年代に終わり、均質化、大量生産で付加価値を生み出す工業化時代から、他との差に価値の源泉を見出す情報産業の時代に移った、と説明しておられる。

ふむふむ。ひとことで「情報産業の時代」といいきってしまうのはやや大胆のようにも思う(後でまたふれる)が、いいたいことはわかる。

しかし、ここからが本領発揮だ。

12日に放送された講義では、この「情報産業へのシフト」が例の「希望格差社会」論に向かって怒涛のように流れ込んでいく。その場で大急ぎでとったノートを抜粋して転記してみる。

(ノート始め)
…産業革命以降の工業化の時代、初期は貧富の差が拡大したが、その後縮小していった。その次の時代、産業資本主義からポスト産業資本主義の時代にはどうなるか…

…工業からサービス産業、情報産業へ労働が動いていく。工業の時代は、所得分配の点では平等化を指向していた。しかしサービス産業はさまざまだから、工業が減ってサービス産業が増えると全体からみて統計的に貧富の差が拡大する。これが1970年代半ば以降に起こった変化だ。つまり今は貧富の差が縮小から拡大へ進む時期にあたるのではないか…

…結果として、収入だけではなく資産にも差が蓄積していく。この結果、日本では90年代以降、2世の時代が始まった。さらに、学歴も継承可能な資産になった。これが貧富の差の拡大と重なっている。日本は階層社会になりつつある。かつて学歴は階層格差を縮小する力をもっていたが、今は逆に拡大する方向に進んでいる…

…情報産業の時代は「ちがい」が求められる。産業資本主義の時代は労働者には差がないほうがよかったが、情報産業の時代には、利潤の源泉は知識の差だ。そういう人は高い収入を得るが、そうでない人は安くなる。これが社会全体の貧富の差を拡大したのではないか…
(ノート終わり)

工業の時代の次はサービス産業、情報産業の時代といっていたのが、いつの間にかサービス産業が落ちて情報産業の時代になってしまった。サービス産業がさまざまなのはわかるが情報産業はさまざまなのか?いやそれよりも、希望格差社会って、終身雇用や年功序列制の崩壊とそれに起因する高度成長期型家族制度の崩壊とか、雇用関係の多様化とかに伴うリスク化と二極化に起因するのではなかったか?その背景には経済成長の鈍化とかグローバル化とかがあるのではないのか?それはみんな情報産業化のせいなのか?
…そんな疑問を抱かせる間もなく、講義は怒涛のように進んでいくのだ。おそるべし情報産業論。

しかしこれも、翌13日に放送された講義の「過激」さに比べれば、「前座」でしかない。いったい誰が「情報産業論」の講義で「トップレス」の話を期待するだろうか?

講義そのものは70年代半ばに起きた社会的変化に関する前日からの続きで、女性の社会進出の話から始まる。最初を聞き逃して、なんで情報産業の話が女性の社会進出の話になっちゃったのかわからなかったが、まあいい。第2次大戦後1970年代半ばまで、日本では働く女性の率が減ってきていたという話だ。それが70年代半ばから増加傾向に転じたと。そこで何か社会に変化があったのだというわけだ。そこまではいい。

ここで話は教授の体験談に飛ぶ。教授は1960年代後半に南仏に留学しておられたのだが、そのころ南仏のビーチに行ってもトップレスの女性はまったくいなかった、というのだ。しかし1970年代半ば以降、女性はトップレスが当たり前になってしまったのだそうだ(南仏の事情は不勉強で知らないが本当なのか?)。ことばの端々に、「現場に居合わせることができなかったくやしさ」がにじんでいるように思えたのは、きっと私の気のせいだと思う。

いやしかしちょっと待て。まさか日本女性の社会進出とフランス女性のトップレス普及とを関係づけようというんじゃないだろうな?と思ったらその通りなのだ。その論拠は?というと、「関連するかどうかわからないが」と注釈をつけながらも、日本で母乳保育率が70年代半ばまで減っていたが、その後増えてきていることを挙げて説明された。つまり日本で母乳の価値が見直され、母乳で育てる人の割合が増えてきていることと、フランスなどヨーロッパ諸国でトップレスの女性が増えていることにはなんらかの関係があるというのだ。

…いや、だったらなんで日本でトップレスが一般的じゃないのだろうか(ずるいぞフランス、などというつもりは毛頭ない)。今後もっと女性の社会進出が進んだら、日本女性もトップレスになるのだろうか。

説明はさらに、女性のバストには2つの役割がある、と続く。(1)授乳するという、機能面に着目した役割と、(2)男性をひきつけるという性的な役割だ。1970年代半ばまで、母乳による育児が減り、粉ミルクの消費が増えていたということは、工業化の時代には2つのうち(1)の役割が減り、結果として(2)の役割の重みが増していたことを示すと。しかしその後、母乳による育児が脚光を浴びるようになり、(1)の役割の重みが増してきたと。

そして、これらのことは互いに関係していると。働く女性が増えること、トップレスが増えること、工業化から情報産業化へ進むことは、相互に結びついている、というのが教授の解説だ。

…うーん。(1)の授乳の機能の重みが増すことと、少子化傾向とは整合的なのだろうか。女性の皆さん、どうですかねこれ?しかもそれが情報産業の進展と関連しているとなると?同じ時期に起きたという以外の共通点はあるのか?しかし、当否はともかく面白いではないか。トップレスと情報産業化のつながりなんて、他では絶対に聞けない話だ。

実はその後、一転して建築の話に移る。1970年代以降のポストモダニズム建築のその次は何か、という話だ。
工業化の時代には四角形のモダニズム建築だったものが、その後のポストモダニズムの時代には丸みを帯びた様式に変わってきた。しかし今はさらにそこから変わってきた、その兆しが秋葉原にある、と教授はいう。つまり、いま秋葉原を席巻するおたく趣味の店の内部空間はインターネットやおたくの個室の雰囲気とも似てきているのだと。モダニズムのころの建築を「官」主体、ポストモダニズムの時代を「民」主体とすると、今は個人の趣味が都市空間を支配するようになってきたと。すなわち秋葉原の変化は今後の中期的な社会の変化を示唆するのだと。おたくはポスト・ポストモダンのキーワードだ、ということになるのだろうか。

なんと自由闊達というか大胆不敵というか、すごい講義ではないか。いやまったくすごい。

この科目を担当している西村吉雄客員教授は、本職は大阪大学フロンティア研究機構特任教授だ。さるところに出ているプロフィールによると、以下のような方とのこと。いやぜひ一度直接お話をお伺いしてみたいと思う。

【西村 吉雄(にしむら・よしお)氏】---工学博士/技術ジャーナリスト/日経BP社編集委員/放送大学客員教授
1965年東京工業大学電子工学科卒。1967年~68年仏モンペリエ大学固体電子工学研究センター留学。1971年東京工業大学大学院博士課程修了。工学博士。この間、マイクロ波半導体デバイスや半導体レーザーの研究に従事。1971年日経マグロウヒル社(現在の日経BP社)入社。1979年~1990年『日経エレクトロニクス』編集長。日経BP社の発行人や調査・開発局長を経、現在は編集委員(非常勤)。いくつかの大学の客員教授や政府関連の委員会委員などもつとめる。
著書に『硅石器時代の技術と文明』、『半導体産業のゆくえ』、『テクノロジー・ワンスモア』、『電子工業50年史』、『情報産業論』など。訳書に『中央研究所の時代の終焉』。

※本文中にも書いたが、これはこの放送を聞いただけなので、テキストを見たわけでもなく、それまでの講義を全部聞いたわけでもない。私がわからなかったところはおそらく正規の学生の皆さんにはわかっていることなのだろう。どなたか教えていただけるといいのだが。

※放送大学の番組予定表はこちら

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Comments

はじめまして。
放送大学を聞いたのではなく、こちらのブログを読んだだけなのですが、1女性の意見として、日本の母乳率の増加とヨーロッパのトップレスの増加はあまり関連はないかと・・・。書いてらっしゃるように同じ時期に起こっただけのような気がします。ヨーロッパの人がどういう精神的又は社会的変化でトップレスをされているのか分からないので、なんともいえないのですが。
それから、建築に関わる者としての感想ですが、建築の部分も強引なような気がします。どちらもお話としては面白いのですけど、あるグループの、ある特徴のみ取り出してそのグループ全体の特徴とするのは危険なように思うのですが、いかがでしょう。決してモダニズムは官のものではないし、同様にポストモダニズムも民というわけではないと思いますし、秋葉原の変化と現代の建築の特徴と、合致する部分もあるかも知れませんが、それ以外もたくさんあるように思います。
でも部分的であっても、そういう風に特徴づける作業は、時代を読む一つの方法なのかもしれませんね。

Posted by: foliage | March 14, 2005 01:09 AM

foliageさん、コメントありがとうございます。
この話は、本来学生さん向けの講義である放送を私が勝手に「傍受」してテキストも確かめずに書いているので、わからない部分は自分の中で消化しようと思っています。
おっしゃるとおり無理があるように感じる部分もありますが、それを含めても、1つの視点として面白いと思ったので書いてみました。1970年代の半ばに社会に起きた変化は、もっと大局的にとらえなければならないのかもしれない、と思っています。

Posted by: 山口 浩 | March 14, 2005 01:18 AM

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