魔法のことば:「3つある」
人前で話をする機会がちょくちょくある。事前に充分な準備ができればいいが、正直なところそんなケースはめったにない。なんらか原稿を準備できればよし、できなければメモでもいい。最悪なのは何も準備なしのぶっつけ本番だ。
ことばを選ばなければならないオフィシャルな場ではさすがに使えないが、そうでないケースでは、そういう「修羅場」を切り抜けるための「魔法のことば」がある。いつもじゃないが、どうしても追い詰められたとき、たまに使う。
「…には3つある」というやつだ。
具体的には、話すテーマに関して「重要なポイントが3つある」、といった使い方をする。バリエーションとしては、「…の原因は3つに分かれる」「…が重要なのは、3つの理由による」「3つの側面からみてみましょう」など。要は何につけとにかくまず「3つある」といいきってしまうことだ。
出典を忘れてしまったが、人が覚えられるのは7つまで、とよくいう。昔プレゼンの授業で習った記憶があるので一応根拠のある話だったと思うが、私に言わせれば、普通は7つも覚えられない。少なくとも私はだめだ。やっぱりせいぜい3つまで、ぐらいではないか。それにこちらはぶっつけ本番で話をしている最中なのだ。話をするほうにとっても、7つもポイントを思いつくのはたいへんではないか。
何も準備はないのだから、当然ながら、先に「3つある」と言ってからその3つを考える。時間をとってよく考えれば実際には4つあるかもしれないし、逆に2つしかないかもしれないが、それでいい。3つぐらい挙げておけば聞く人はだいたいなるほどと思うものだし、だいいち口頭で話している場合には、聞いている側が正確に数えていることはまずない。ま、そこは「勢い」がものをいう領域だ。
もし話していて4つめを思いついてしまったときには、「3つめの点は実は2つに分けることができて」とか「3つのポイントを別の角度からみると」などの手法でしのぐ。反対に2つしか思いつかないときは、「3つめは長くなるのでまたの機会に」といえばいいし、もっとずるをしたければ2つめを長々と話して時間切れにしてしまう方法もある。3つのポイントを話し終わった後で質問者がもう1つ重要なポイントを挙げた場合は?あわてずさわがず、「それも大事なポイントですね」と受ける。ただしそれが4つめであると認めてはならない。どうしても食い下がられたら、4つめのポイントは先の3つのどれかにくっつけてしまおう。あくまでポイントは3つ、なのだ。危ないと思ったら、とにかく時間いっぱいまで話し続け、質問をはさまれる余地をなくすのが適切な対処だろう。
この手法は、別に私だけの専売特許ではなく、実際にそれらしいプレゼンに接する機会がある。ひょっとしたら、どこぞのコンサルあたりでは、この種のテクニックが標準化され、マニュアル化されて受け継がれていたりするかもしれない。このやり方は、気づかれなければ、聞く人に対して、その問題についての回答をあらかじめ持っているという印象を与えることができるというメリットがあるのだ。最初に「3つある」と聞くと、その3つが大事というふうに「刷り込まれ」てしまうため、それが実際に3つなのかどうか確かめる意欲がわきにくい。しかし聞いていると、けっこう高い確率で、3つめのポイントがなかったり、逆に4つあったりする。ではデメリットは?当然のことだが、失敗すれば思いっきり信用を失う。「なんていいかげんなやつだ」という烙印を押されることになる。
というわけで、もし私の話を聞く機会があったら、私が「3つある」と言い出しても静かに見守っていてほしい。そういうときは、こっちだって苦しいのだ。武士の情けというではないか。ニヤリと笑って、黒を白といいくるめようと私が悪戦苦闘しているさまをお楽しみいただければ幸いだ。
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