クリスティーズとサザビーズがじゃんけんした話
2005年4月29日付New York Times(電子版)に出ていた記事が面白かった。「世界で一番真剣なじゃんけん」の話だ。
「Rock, Paper, Payoff: Child's Play Wins Auction House an Art Sale」(無料だが要登録)
実は日本の話だ。マスプロ電工の端山社長が2,000万ドルを超えるといわれる同社の美術コレクションをクリスティーズとサザビーズのどちらでオークションにかけるかを決めるのに、両社にじゃんけんをさせた、とのこと。そんなに持ってたんかい、というコメントはおいといて。同社はここ数年業績が悪化していたが、28日付で2003年度業績を若干上方修正するプレスリリースを出しているなど、業績は上向いているようだ。それにこれから地上波デジタル放送の「特需」があるわけだから、それほど切羽詰った状況ではないようにも見える。ともあれ2月に美術館を閉鎖したそうだが、何かあるのだろうか。…いや別に風説を流布するつもりはないのでこのへんにして。
ともあれ、どちらか決めかねて、両社にじゃんけんで決めてくれ、と頼んだらしい。今年1月のことだ。NYTが端山社長に電話インタビューしたところ、こう答えたそうだ。
"In Japan, resorting to such games of chance is not unusual. I sometimes use such methods when I cannot make a decision,"
…。
これはあんまりではないか。日本の会社はみんなじゃんけんで意思決定していると思われてしまう。
私としては、アメリカの皆さんにぜひ言いたい。
We don't usually do it for business occasions!!
じゃんけんに勝てば、数百万ドルの利益につながるビジネスだ。通常オークション会社の報酬は、20万ドルまでなら落札価格の20%、それを超える部分については12%とのこと。真剣になるのは当然だろう。
結果からいえば、クリスティーズの勝利だった。実際にじゃんけんをしたのではなく、紙に書いて渡したのだそうだが、実際に東京で両社が対峙したらしい。手に汗握る状況だ。巌流島さながら。
両社の「戦略」は異なっていた。クリスティーズは周到な準備をしたのだ。担当した日本支社社長から相談を受けたニューヨーク本社では、ゲームにおける心理学のリサーチをしたり、「専門家」に相談したりしたらしい。「専門家」とは誰か?日常的に「それ」を実践している小学生の子どもたちだ。
このくだりが笑える。クリスティーズの印象派とモダンアート部門のディレクターであるNicholas Maclean氏が11歳の双子の娘、FloraとAliceに聞いたのだそうだ。
Aliceは言った。
"Everybody knows you always start with scissors,"
父さん、しっかり見抜かれている。Floraが引き取って続ける。
"Rock is way too obvious, and scissors beats paper. Since they are beginners, scissors was definitely the safest. If the other side are also to choose scissors and another round is required, the correct play will be to stick to scissors."
「相手はbeginnerだから」が笑わせる。Floraの自信たっぷりの表情が眼に浮かぶようではないか。なかなかの「軍師」ぶりだ。で、最後にAliceが締めくくる。
"Everybody expects you to choose rock."
これで戦略は決まった。日本支社長も、塩を撒いてお祈りし、お守りを持参するという周到さだった。
しかしサザビーズは特段準備をしなかった。「勝敗は偶然だから」というしごく「大人の理由」でだ。で、結局本当にクリスティーズが勝ったというわけだ。
本件から得られる教訓は何だろうか(あるのかよ!?)。3つ挙げたい。
(1)何ごとによらず、できる限りの準備をすること。
それは第一に勝つため、負けないためではあるのだが、たとえ結果がまったくの偶然であるとしても、準備をしておけば、勝ったときにうれしいし、負けたときに納得もできる。もし負けていたらAliceとFloraは落胆するかもしれないが、まあ誰からも責められることはない。逆に何も準備せずに負けたとしたら、たとえそれが「じゃんけん」であったとしても、なんだか「対応がまずかった」ということになりかねないではないか。不確実性下の意思決定として、何もいい手がない場合、「ノー・リグレット・ポリシー」に基づいて行動することはそれなりに意味がある。
(2)必要に応じて、適切な者のアドバイスを受けることは大事だ。
今回の場合、AliceとFloraはまさに「適任」だった。じゃんけんという正解のないゲームに関して、この2人以上に自信に満ちた回答を出せる者がいるだろうか。当然ながら、正解のある問題なら正解を知っている者に聞くべきだが、じゃんけんに勝つ方法について、もし本気で心理学者に聞いたとして、たとえば高額の報酬を支払っていたら、負けたときのショックは計り知れないだろう。それに、聞かれるほうもきっと大迷惑だ。
(3)大事な意思決定を、偶然に任せてはいけない。
マスプロ電工の社長は、じゃんけんに周到な準備をしたクリスティーズ側、特に勝利に決定的な貢献をしたAliceとFloraに学ぶべきだろう。…いや冗談ではなく、同社のコレクションの作品群からみてどちらが適切か、過去の実績やエキスパートの意見など、いろいろ検討のしようはあったはずだ。それらをやったあげくにわからなかったのかもしれないが、だからといって両社に「じゃんけん」をさせるのはいかがなものか。しかも「ときどき意思決定に使う」とインタビューに答えるに至っては、何をかいわんや。部下はどう思うかね。「日本では」と一般化したのもあんまりだ。私の知ってる会社ではそんなところは1社もないぞ。
なんだか(1)と(2)が矛盾しているような気がしなくもないが、まあ大目に見てもらいたい。このネタで考えるのはけっこうたいへんだったのだ。しかしこのMaclean氏、チョキを出すことがこんなに「有名」だったとは。皆さんも同氏とじゃんけんをする機会があったら、ぜひ「最初はグー」でいっていただきたい。
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Comments
とても面白い話ですね!楽しく読ませて頂きました
Posted by: hhungry | November 07, 2011 11:07 PM
昔の記事になんですが、ここのyouは対話者のMcLean氏に特定しているのではないですよ。むしろ、本当にMcLeanさんがチョキを出すのが有名なら、相手はグーを出すでしょう。で、娘さんはそれを見越してパーをアドバイスするのではないですか。
あえてyouを活かして訳せば、「誰だって、あんた、いつだって、チョキを出すものよ」、って感じでしょう。で、なぜかというと、後に説明されています。つまり、グーはあまりにありきたりなので出さない。となると、残りはパーかチョキ。そこまで絞り込めたら、チョキのほうがパーに勝てるからよろしい。
Posted by: a | May 06, 2017 11:28 PM