企業防衛策はどこまで?経産省に意見しよう!
経済産業省が、同省に設置された企業価値研究会の検討結果「論点公開 ~公正な企業社会のルール形成に向けた提案~」について、パブリックコメントを募集している。
少し前に日本中を騒がせた「あの件」にも関連するテーマだ。ひと言いいたいぞ、という方は多いにちがいない。締切は5月11日(水)。ファックス、電子メールなら午後6時まで、郵送の場合は同日必着だそうなので、ふるってご意見をお寄せいただきたい。
…って別に関係者じゃないんだが。
というより、経済産業省側はあまり意見が集まりすぎても困るだろう。何しろパブリックコメントを整理・要約して報告書に載せるのは官僚の仕事だ。おそらく若手がやるのだろうが、さぞかし面倒だろうと思う。
というわけで皆さんもどんどん意見を出そう!
…さて。
企業価値研究会は、「我が国の企業社会が共有すべき、敵対的買収に関する公正なルールの形成を促すこと」を目的として、東京大学大学院の神田秀樹教授が座長となって組成された総勢21名の各界識者からなる研究会だ。2004年9月から会合を重ねて議論をしてきたもので、別にライブドア(2005年2月)の件があったからという泥縄のものではないので念のため。世界的なM&A市場の形成という大きな流れと、日本での会社法の全面見直しという機会を得て、敵対的買収をどう考えるべきか、どんなルールを作るべきかというかねてからの大きな関心事について考えた、ということだろう。パブリックコメントの募集は4月22日に始まったが、「論点公開の骨子」は去る3月7日に既に公表されているから、締切が早すぎるという批判もあたらない。これまた念のため。研究会は、「企業価値向上、グローバルスタンダード、内外無差別、選択肢拡大という4つの原則を念頭に置きながら検討を進め」た、という。つまり一部ではやりの外資脅威論とか、メディアの公益性論とかとは一線を画す、ということだ。またあちこちでお手軽に主張されるステークホルダー論とか社会的責任論かそういうものとも無縁だ。しつこく念のため。要は、例の「あの件」以来世間に出回ったいろいろな「色眼鏡」をとっぱらって考えるべき問題、ということだ。
この「論点」が行っている具体的な提案は、本文(若干補足したが)からとれば、次のようなものだ。
(1)日本の現行商法下でも、欧米並みの敵対的買収防衛策が導入可能であり、道具立てはすでに整っている。それが故に防衛策の開示ルールの整備が急がれる。
(2)防衛策の是非は、現在の判例のような資金使途ではなく企業価値基準で判断すべきであり、その内容は、企業価値への脅威の存在と、防衛策の相当性、取締役会の慎重かつ中立的な行動の3つからなる。
(3)防衛策の設計に当たっては、平時導入と開示義務、消却可能性と委任状合戦の確保、有事における経営者判断の恣意性排除のための3つの工夫(第三者チェック(独立社外チェック)、客観的解除要件設定、株主総会授権)のいずれかを満たさねばならない。
(4)行政は、以上のような提案を「企業価値防衛指針」として定めて、企業社会で尊重される紳士協定として機能するよう求めるとともに、強圧的な買収への規制的な手法の是非などが今後の主な検討課題であることを提示するべきである。
これだけ読んでああなるほどとわかる人は少ないと思う。もう少し書いておくべきかもしれないが、まあ関心のある向きは直接本文にあたられたい。
以下、ただ人の意見を紹介するだけというのもどうかと思うので、私も少しだけ考えたことを書いてみる。
(1)は、少なくとも世間的にはけっこう「へぇ」的な注目に値すると思う。一部の専門家を除けば、こういう部分まで知ってて議論している人は少ないと思われるからだ。白状するが私も知らなかった。本文をちょっと組み替えるとこういうことだ。法務省の見解によれば、『買収者以外の株主だけが行使できる新株予約権の発行は可能』であり、株主平等原則に反するものではない。このような差別的行使条件が定められた新株予約権は、取締役会決議により発行することが可能である。種類株式を活用して、株主総会の合併承認決議や取締役の選解任決議に対して拒否権を持つ特殊な株式(いわゆる黄金株)を友好的第三者に発行したり、単元の異なる複数の種類株式を活用して、複数議決権株式と同様の効果を得る防衛策を導入したりすることも可能である。とのこと。
要は、制度上の枠組みは用意されている、ということだ。となると、問題はどのように使うべきか、ということになる。
で、(2)になる。現行の判例による基準はいわゆる「主要目的ルール」というやつだが、いかにも法律家の考えそうな基準だと思う。ニッポン放送のときにはあまりに経営権の防衛目的が明白だったので問題にならなかったが、ふつうはそれらしい資金使途などいくらでもでっち上げられるし、その「適切さ」は外部からはなかなかわからない。だいたい、企業がどの程度の資金を必要とするかを外部が判断するのも変な話だ。要は、裁判所が判断すべき問題ではない。その意味で、企業価値基準というのは適切だと思う。
しかし、「企業価値を損なう買収提案」を排除するという基準そのものはいいとしても、じゃあ具体的にどうするのか、となると、やはり問題が残る。「論点」では米国で確立している司法基準を手本として挙げている。つまり、発動時に企業価値に対する脅威があるか否か、それを防ぐための過剰な措置ではないかどうか(この2つを「ユノカル基準」という)、取締役が防衛策の是非に関して慎重で中立的な判断を行ったか、という3点だ。
「論点」には(3)(4)にいろいろ詳細に書いてあって、それらはなるほどと思うものなのだが、それでも具体的な判断は難しいから、突き詰めると、「株主にとってメリットのある買収なるものを決めるのは誰なのか」、というところに行き着く。
その点について「論点」では、取締役が恣意的な判断をしないよう、独立性のある社外取締役や社外監査役などの第三者チェック(独立社外チェック)、客観的な解除要件の設定(買収提案の内容によって交渉期間の長さを変える、全株式・現金対価買収については外部評価で解除するなど)、防衛策の解除維持要件についての株主総会授権といった工夫を行うべきと提案している。ここらあたりが気になるので、恐れながらと少し突っ込んでみる。
制度としての建前はともかく、社外取締役や監査役に中立性を求めるのは事実上は難しい。社内の取締役を選ぶのと同じように、社外取締役や監査役を選ぶのも、多くの場合は社長など経営陣だからだ。また、客観的な基準というのも一見疑問の余地がないようで、実はそうでもない例が少なくない。すべてを網羅する基準など無理だし、守備範囲を広くしようとすればどうしてもあいまいな表現になる。で、それを誰かが判断するとなればそこになんらかの恣意性が入るのは排除できない。じゃあ誤解の余地がない数値的な基準はどうかというと、それではやはり硬直的だ。
つらつら考えるに、買収提案が株主にとって有益なものであるかどうかは、その提案が出されてみないと本当のところわからないのではないか。で、それが適切かどうかを判断できるのは、最終的には株主をおいてほかにはない。とすれば、防衛策の導入およびその実際の発動に際しては、株主総会の承認を要することを原則とすべきなのではないだろうか。「論点」でも、敵対的買収者があらわれた場合の対応をあらかじめ株主総会決議で決めておく「株主総会授権型」という類型を提案しているが、株主が事前に承認したからといって、実際に買収提案が来た際に以前と同じ条件での発動を望むかどうかわからないではないか。とすると、導入は事前に株主総会にかけて周知しておくとしても、実際に発動する際にはやはり総会決議を要する、とすることが望ましいように思う。そうすれば、株主は具体的な提案内容を知った上で判断することができる。
もちろん、すべてのケースについていちいち総会を招集してというのもたいへんだ、というのも理解できる。だとすれば、こうした対抗策については1年間など期間の短いサンセット条項を設け、毎年の定時株主総会で承認させるしくみにするということも考えられる。いいたいポイントは、事前に対抗策を仕込んでおくにしても、できる限り、買収提案に際しては、(適切な情報開示を行ったうえでだが)その時点での株主に対抗策の是非を判断させるべきではないか、ということだ。
企業経営は複雑であり、あるものごとについて正しいとかまちがっているとか、そう簡単にいえるものではない。とすれば、必要なのは「誰の責任で、誰が意思決定するのか」に関するフェアな取り決めだ。買収提案は、第一義的には「誰が株主になるか」の問題であり、企業経営者ではなく、企業の所有者である株主が判断するのが原則だろう。制度は、それをいかに助けるかを考えるものであって、為政者の望む方向にねじ曲げるものとなってはいけないと思う。
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Comments
素人考えなのですが,企業価値と株主利益とはどの程度一致し,どの程度食い違うと考えればよいのでしょうか?
前提として,私は企業価値とはステークホルダの総体が有機的に貢献しあって生まれるものだと思っていますし,その企業価値を享受するのは,やはりステークホルダの総体だと考えています.ヨーロッパ大陸の考え方に近いです.
これは株主利益と一致するでしょうか?もしも一致しない場合,企業の所有者が株主であるという原則は認め,株主利益をM&Aの基準にしたとすれば,新たな評価基準を持ち込むことになり,これら二つの基準をともに満たす方法や制度は設計が難しいのではないかと思います.
企業価値を毀損する云々とはM&Aでよく聴かれるフレーズですが,所有者にとって重要なのは株主利益ではないのかなぁ?そこを誤解したままだと議論は収束しない気がします.
Posted by: 俊(とし) | May 05, 2005 08:48 AM
俊さん、コメントありがとうございます。
えーとすいません。今時間がないので、取り急ぎひとことだけ。世間では「価値」とは何かについて、いろいろな定義が錯綜しているように思えます。貨幣ではかる価値、心に感じる価値、万人が認める価値、特定の人や人々にしかわからない価値、…。株式会社という制度は、多くの人々から資金を集めて事業を行うスキームですが、その際に経営者はどの「価値」を最大公約数とするか、という点があろうかと思います。そこらへんが「矛盾」の源泉ですよね。手短にいえば、私は、「顧客」が変われば企業も変わり、この矛盾は解決すると思っています。それまでは難しいのではないかと。
すいません、別の機会に書きたいと思います。
Posted by: 山口 浩 | May 06, 2005 03:42 AM
はい,御回答ありがとうございます.別の機会に詳しく聞かせてください.
Posted by: 俊(とし) | May 07, 2005 09:06 AM