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May 19, 2005

「市場の中の女の子:市場の経済学・文化の経済学」

市場の中の女の子:市場の経済学・文化の経済学
文:松井彰彦
絵:スドウピウ
PHP、2004年。

コンセプトはいい。けっこう気に入った。
ちょっと読み手を選ぶかもしれないが。

著者の松井彰彦氏は東京大学大学院経済学研究科教授。ゲーム理論系の人だったと思う。「慣習と規範の経済学―ゲーム理論からのメッセージ」(2002年)なんていうあたりはよく知られている。

Amazonのサイトに出ている、「出版社/著者からの内容紹介」ではこうなっている。

私たちはモノの豊かさだけで満足なのか? 「市場」と「文化」の関係を分析する新しい経済学の試み。 「市場の経済学によれば、人が少し変われば世の中が少し変わるの」 ――じゃ、文化の経済学のほうは? 「人が少し変わると世の中が大きく変わる瞬間があるのよ」 ――ああ、そうか。時代の流れの分かれ目を見極めることが大切というわけね。 いま、市場と文化の関係を分析する新しい経済学が注目されつつある。本書はその息吹きをファンタジーという形式でわかりやすく提示する。

物語ふうになっている。本好きな中学生の森山路香が主人公。夢に現れる中世のアラビアと現代の日本とを行き来しながらいろいろなものを見聞きし、それらを通して、貨幣とか、市場とか、経済学で扱われる考え方について学んでいく、といったところだ。ちなみに、「市場」はアラビアふうに「スーク」と読む。

コンセプトはいい。個人的に好きだ。本を書くならこういう本を書きたい、とかねてから思っている路線。やられた、と不遜ながら思う。ただし、じゃあまったく降参か、というと、そうでもないぞ、とも思う。なぜか。

おそらく著者は、恐ろしく頭がいいのだ。東大教授をつかまえて「頭がいい」とはなんともおそれおおいが、そういわざるを得ない。著者にしてみれば、式も使わずに(1つ出てくるが)、思い切りわかりやすく、読みやすいものを書いたつもりなのだ。心底そう思っているのだ、きっと。

ただし私を含め凡人には、必ずしもわかりやすいところばかりではない。これはいったいどの水準の読者を想定しているのだ?と図りかねるような箇所があちこちにある。ちょっと抜粋しながら引用してみる。

お姉さんは微笑みながら、その話を聞いています。路香がいろいろな本を見て、物語を作っていると思っているのでしょうか。それともすべてのことを了解済みで話しを聞いてくれているのでしょうか。路香にはわかりません。

路香ちゃん、大きくなったら、シェーラザードのように千夜一夜、物語を聞かせられる女性(ひと)になりそうね。

このあたりはふつうの物語だ。ところが次のページに入って、貨幣の話が出てくるととたんにこうなる。

取引がすべて貨幣を使って行われるのであれば、

(貨幣量M)×(流通速度V)=(物価水準P)×(取引量T)

という等式が――少なくとも安定した状態のときには――成り立つのよ。これを貨幣の数量方程式と言うの。

とくに貨幣数量説が説くように、流通速度Vと取引量Tが一定ならば、物価水準Pは貨幣量Mに比例することになるの。貨幣が少ないジャジーラ王国(だっけ?)では、物価水準が極めて低くなって、金貨1枚と邸宅1軒が交換可能ということになったみたいだし、貨幣となる金がたくさんあるジパングでは物価水準もそれに応じて非常に高くなったというわけ。

経済学の大学院生なら、これがいかに平易に貨幣数量説を説明したものであるかはわかるだろう。「少なくとも安定した状態のときには」あたりなぞ、苦心のあとがしのばれるではないか。しかし問題は、大半のふつうの人は、これを「平易」とは思わないだろう、ということだ。念のためだが、このくだりの前後、というかこの本全体を通じて、貨幣の流通速度についての説明は一切ない。そもそも貨幣数量説にふれているのはこの文章だけだ。つまり読者は、貨幣数量説という考え方を、この数式とわずかな文章から読み取らなければならないのだ。

本題と関係ないが、シェーラザードに関する説明もない。話は知ってても、この名を知ってる人はそんなにいないと思うのだが?

というわけなので、少々読者を選ぶ本だと思う。まあ子供向けではないな。大人の絵本、といったところだろうか。どちらかといえば女性向け。主人公が女の子ということもあるが、随所にあるかわいらしい女の子やらはっぱやらのイラストも萌え要素が見事なくらいまったくない、という点でも女性向けだ。

この本で勉強しようというのはお門違い。「きっかけ」を与える本だと思う。それぞれのエピソード自体は示唆に富んでいて、いろいろと考えさせる。経済学の現状に対する松井氏の問題意識のようなものも垣間見える気がする。経済学をかじったことがある人のほうが、より深く味わえるかもしれない。なぜか「モモ」を思い出させる。ファンタジーの中に現代性のあるメッセージが読み取れる点で似ているのだろうか。

個人的には、楽しく読めて、考えさせられて、やや勇気付けられた。こういう本に対する需要が多少なりとあるらしいということだ。いつか書けたらいいなぁ。

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Comments

わーこれ面白そうですね。
文化というキーワードでつられてしまう私です。

やまぐちさんも書いて下さい!
3年3組やまぐちひろし風もいいなあ

Posted by: Hiroette | May 19, 2005 10:37 PM

Hiroetteさん、コメントありがとうございます。
「文化の」というあたりはけっこうミソだと思います。楽しめると思いますよ。

Posted by: 山口 浩 | May 20, 2005 01:02 AM

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