増税上等
「増税」(税負担増、のほうがより適切だろうが)の議論が盛り上がってきている。きっかけは政府の税制調査会が6月21日に公表した「個人所得課税改革の論点整理」だ。「今後、4-5年かけて行う」所得税と個人住民税の抜本改革の方向性を示したもの、だそうな。で、これに対していろいろな不満やら批判やらが噴出しているというわけだ。
私も、増税上等じゃないの、とすごんでみる。ただし「前向き」な意味で、だ。
今回の税制改正では、いわゆるサラリーマンが大きな影響を受ける。年収700万円で190万円控除される給与所得控除を最低水準である65万円に縮小し、扶養控除と特定扶養控除、配偶者控除を全廃したと仮定した場合、2006年度改正で予定される定率減税の全廃と合わせた所得税と個人住民税の負担増は、「総額10兆円台前半規模にのぼる」ということらしい(関連ニュースはこれとかこれ)。ニュースで、年収500万円の世帯で33万円、700万円の世帯で47万円の「増税」になるとか言っていた。確かにけっこうな額だ。
今回出された報告書の主張は、別に新しいものではなく、税制調査会がこれまで繰り返し打ち出してきた方向性と大きく変わるところはない。たとえば2000年7月の「わが国税制の現状と課題 -21世紀に向けた国民の参加と選択- 」やら2002年6月の「あるべき税制の構築に向けた基本方針」などをみても、項目だけ見ればほぼ同じ趣旨のことが書いてある。ただ、いずれも時期が明示されていたわけではないから、現実味を帯びてきたのでマスコミが急に騒ぎ出した、といったところだろうか。
反対論をおおざっぱに整理すると、(1)これでは生活できない、(2)先にやるべきことが他にあるだろう、(3)説明が足りない、議論が尽くされていない、の3つになる(他にもあるだろうが、まあ主なところはこんなものだ)。あれ?どこかで聞いたことがないか?そう、あらゆる構造改革において「抵抗勢力」の人々が言っていたことと同じなのだ。いざ自分がいわれると、やはりこうなってしまうのだろうか。
これでは生活できない、という表現は、たぶんちょっと「短縮形」だ。中には本当に生活できない人もいるのかもしれないが(そういう人にとって税控除の廃止はそれほど大きな負担増ではないと思うが)、多くの人にとって、「生活」というのは、より正確にいえば「今のままの生活は」ということではないか。気持ちはわかるのだが、それをいうなら、国だった今のままでは存続できないのだ。2005年3月末時点で国の借金は781兆円、地方の借金や特殊法人などへの政府保証債務も加えれば1,000兆円を突破するらしい。国家予算約82兆円のだいたい半分が国債でまかなわれていて、国の債務残高は毎年約30兆円ぐらいずつ増えている。それを支える経済活動はというと、GDPでみれば2004年度で約500兆円、ここ数年の伸びは毎年せいぜい数兆円だ。とにかく全体として削減する必要がある。(こちらもご参照)個人はそんなに借金できないからある意味「安心」だが、国はなまじ借金できてしまうから始末が悪い。
じゃあ使い道が悪いんだ、役人が無駄遣いして、といきまく皆さんもいるが、数字をチェックしていただきたい。まず平成17年度予算をちょっとみてみる。金額の単位は十億円で、単位未満は切り捨ててある。
※追記
タグの関係でこの下にずいぶん空白があいていたが、makiさんに教えていただいた方法で消すことができた。makiさん多謝!
社会保障関係費 | 20,380 |
文教及び科学振興費 | 5,723 |
国債費 | 18,442 |
地方交付税交付金 | 14,570 |
地方特例交付金 | 1,518 |
防衛関係費 | 4,856 |
公共事業関係費 | 7,531 |
経済協力費 | 740 |
中小企業対策費 | 172 |
エネルギー対策費 | 495 |
食料安定供給関係費 | 675 |
産業投資特別会計へ繰入 | 71 |
改革推進公共事業償還時補助等 | 368 |
その他の事項経費 | 5,216 |
予備費 | 350 |
合計 | 82,182 |
国家予算総額82兆円のうち約25%の20.4兆円が社会保障関係費、そのうち15.8兆円が社会保険費だ。基礎年金給付費の1/3、国民健康保険給付費の1/2、介護保険給付費の1/2は国庫負担だが、それらは皆ここから出ている。国民健康保険、政管健保、老人医療など医療関係の社会保険には8.7兆円、年金給付費国庫負担金は6.2兆億円、介護には1.9兆円の税金が投入されているのだそうな。
今回税調が出したレポートによる税負担増の規模は総額で10兆円超とのことだが、仮に10兆円として、それだけの金額を他のどこからひっぱってこれるのか、考えてもらいたい。評判の悪い公共事業を仮に全廃(!)しても足りないのだ。じゃあこれまた評判の悪い公務員給与はどうか。2005年度予算に占める国家公務員の人件費は約4.6兆円だそうだ(ニュースはこちら)。地方公務員の給与総額はというと、2004年度の地方財政では23兆円ぐらいらしい。合わせて約28兆円。10兆円の増税をやめて公務員給与を減らすのなら、現在の2/3にしなきゃいけない。そんなことできると思う?
経済財政諮問会議の「骨太の方針」で総人件費の削減を明記し、人事院も8月の人事院勧告で国家公務員の基本給を全国一律5%引き下げる方針を決めたそうだ。また閣議では、国家公務員の定員を2005年度からの5年間で10%以上削減する方針を掲げたという。実現するかどうかははなはだ怪しいが。仮に実現したとして給与が5%減って人員が10%減ると、公務員給与は約15%減る計算になるが、それでも上記の「2/3」にはほど遠い。要するに、「あいつが悪い」的な話の持っていき方には無理があるということだ。
やれ公費で宴会しただの旅行しただの服を支給しただのいって騒ぐ方がいるが、それと財政再建問題を結びつけるのは害のほうが大きい。そんな小さな問題ではないのだ。いや別にそういうことに目をつぶれといっているのではなく、むしろもっと厳しく監視し取り締まっていくべきだと思うが、財政再建とは切り離そう。そこからスタートしないと、冷静な議論にならない。
で、(3)の説明と議論なのだが、「お前から先にやれ」という理屈はケンカのときにはいいかもしれないが、建設的な議論をする際には危険だ。問題は「どっちが先か」ではない。両方必要なのだ。政府に「先にやれ」「お前が説明しろ」と要求ばかりしているのは、自分が楽をして問題を解決したいというだけのことではないか。政府は私たちと対立する主体ではない。頭でっかちの理論を持ち出すまでもなく、政府は私たちが合意して維持しているものだ。私たちの利害調整のため、委任を受けて必要な仕事をしている「仲間」なのだ。財政再建は政府の問題ではなく、国民の間での(世代間も含む)利害配分の問題のはずだ。いっしょにやらなくてどうする。
税負担の増加を望まないのは当然だが、駄々をこねて解決する問題ではない。増税上等、ではないか。そのほとんどは私たちに提供されている行政サービスの対価なのだ。私たちがどんな行政サービスを望むのか、望まないのか、誰にどんな行政サービスがいくらで提供されるべきなのか、議論すればいい。説明を待つのではなく、政府に自分から聞いていこうではないか。情報の公開という点では、確かにまだまだ遅れている。上記の公務員給与の総額だって、これまではよくわからなかったものだ。私たちが知りたい数字はもっとあると思う。いっそ予算策定の全プロセス、細かい費目から交渉の経緯まで、すべて公開してしまえばいい。そのすべてを見渡すことは難しいだろうが、皆が自分の疑問に思ったことを調べていけば、けっこうわかるものはあると思う。
徹底した情報公開の効果は2つある。1つは隠れていたムダのようなものを見つけ出すこと。監視されているという自覚は、襟を正すには充分だ。たとえは悪いが、高い塀で囲わず、周りからよく見える家には泥棒が入りにくいというし。もう1つは納得感が得られることだ。ムダがない、きちんと使われているとわかれば、まあしかたないかということになりやすい。「どこかで誰かがトクをしている」と思いながら税金を払うのは確かに精神衛生上よくないし。
せっかく関心が高まったのだ。これを利用して、これだけ負担するんだからここまではやってほしい、こんなことはしなくていいからもっと負担を軽くしてほしい、そういう議論をどんどん始めたらいい。財務省のサイトには税制に関するコーナーがあるが、少子高齢化の進展やら国民負担率やらの説明はもうわかったから、公務員がどれだけいてどのくらいの給料をとっているとか、公共事業のムダをどれくらい削減したとか、そういった情報をもっと分かりやすく提供していただきたい。ポイントは、基礎的な情報がわかりやすく整理されていることと、細部にわたる情報が欲しい人にはどこまでも提供されるしかけだ。国民の理解を求める行動の一環として、ぜひご検討いただきたい。
意見をいえるしくみも、もっと充実させる必要がある。財務省サイトには「財務省へのご意見・ご要望の受付」なるコーナーがある(これ。投稿ページはこちら)。パブリックコメントなんかだと住所氏名を書かされることがあるが、ここでは匿名でも投稿できる。この点はいい。ただ1000字以内というのはいかがなものか。長いと読み切れないというのもあるだろうが、1000字で書ける程度の意見しかいらないというのも、ものを聞く態度とはいいがたい。また、「いただいたご意見については、現在取りまとめ作業を行っており」というのも気に入らない。編集して読みやすくするのはいいとして、生の情報も公開すべきだ。いろいろ都合のよくないこともあるのだろうが、そういう対応が信頼を生むと思う。どうせならblog形式にして、論点ごとに記事で示して、参考資料へのリンクも加えて、コメントやトラックバックを受け付けてはどうか。
まとめると、ここでいいたいのは、今回の税負担増を前向きにとらえ、きっかけにしていこう、ということだ。増税上等、歳出構造といっしょに議論するいい機会になる。繰り返すが、これは「国」という他者の問題ではない。私たちが「政府」という財布に預けた金の使い道についての問題だ。私たちの金だ。使い道を決めるのも私たちであるべきだ。
The comments to this entry are closed.
Comments
増税だけして何も改革されない気がするんですよね。
増税は簡単だけど歳出削減は難しいってことなんでしょう。
で、行間が空いているのは、tableタグ内のbrのせいです。
Posted by: maki | July 04, 2005 12:09 AM
makiさんコメントありがとうございます。
タグを教えていただきありがとうございました。おかげで問題は解消しました。
で、「増税だけして」ですが、これを許すかどうかは私たちの責任ということです。私たちの金ですから、「あいつらが悪い」では始まらないではないかと。歳出削減が技術的に難しいのはわかりますが、何もしなくていいということはないだろうと。
Posted by: 山口 浩 | July 04, 2005 12:46 AM
http://www.geocities.jp/l_journals/b_index.htm
政府債務が増えることは問題ではありません。 政府債務の増加は、個人が金融資産を増やしていることとコインの裏表の関係です。 民間の金融資産が増え続ける限り、政府債務は増やし続けなければなりません。 金融の世界では、債務だけ増える、或は負債だけ増えるということはありません。 同じ取引で同時に同じ分だけ生じるものですから、当然です。 将来、団塊の世代が引退して、老後の蓄えを少しずつ使う時、個人の金融資産が減るでしょうから、政府の負債も自然に減らすことができます。
Posted by: ニュースの研究所 | July 08, 2005 02:39 AM
ニュースの研究所さん、コメントありがとうございます。
ええと、経済学は私の専門ではないのでよくわかりませんが、よく聞くものとは少し毛色のちがったお話のように見えますね。
興味深いお考えですが、私の手には余りますので、専門家の方々とどんどん議論していかれてはどうでしょうか。
Posted by: 山口 浩 | July 08, 2005 03:48 AM
酒税や煙草などの税金を大幅に値上げしてはどうだろう.ゼロを2つ余分につけるとか.
Posted by: 通りすがりの人 | April 27, 2006 11:30 PM
通りすがりの人さん
いいんじゃないすか。酒税は1兆6000億円ぐらいあるようですから、100倍にすれば160兆円。いや現在の国家予算を上回る税収ですな。まあ実際にはみんなヤミ酒に走って地下組織がおおはやり、になるでしょうけど。まじめに考えると、何度も繰り返してますが、もう「よそからとってくれ」なんていってる場合じゃないと思います。
Posted by: 山口 浩 | April 28, 2006 04:32 AM