はっきりいわないとわからないらしい
「クールビズ」について、なんだかいろいろ議論されている。やれ個人の自由だとかネクタイしないとだらしがないとか。国会でも、委員会では軽装なのに本会議では「品位」とやらが必要なためにスーツにネクタイとのこと。で、ネクタイ業界の皆さんは商売あがったりと政府を訴えるといきまいているらしい。
またしても私たちは、ものごとをごまかそうとしてかえって混乱する事例を見せつけられている。最初からはっきりいっておけばいいものを。
もうあちこちで書かれているようなので今さらだが、一応書いておきたい。「クールビズ」というのは、ひとことでいえば夏の軽装だ。昔の省エネルックとちがうのは、環境への配慮が前面に打ち出されていること。冷房の設定温度を上げることで電力消費を抑え、ひいては温室効果ガスの排出量を削減して、地球温暖化を防ごうというもの。それを実現するために、スーツやネクタイをやめようというわけだ。
つまり本筋からいえば、クールビズの本質は「冷房の設定温度を28度にする」(今より上げるってこと)という一点にある。何を着るかなんてことは、そのための手段でしかない。ファッションだとか経済効果なんていうのは、さらにはっきりいって「エサ」というか一種の目くらましなわけで、本筋とはなんら関係ない話だ。こういう回りくどいもののいい方をするから話が混乱する。子どもだってわけがわからないだろう。
ものごとをはっきりいわないためにスジちがいの議論が出てくることはほかにもよくある。典型的なのはたばこで、たとえばたばこの箱に「健康のため」とか何とか書いてあるが、あれは意味がないうえにミスリーディングだ。もともとたばこを吸う人は、自分の健康にダメージがあることをある程度覚悟して吸っている。健康のためとかいわれても「何を今さら」としか思わないだろう。問題の本質は別だ。思い切り冷たいいい方をすると、私たちが社会全体としてたばこの問題に関心を持つ必要があるのは、たばこが火災の主な原因となり、副流煙によって周囲に健康被害をもたらし、本人および周囲に肺ガンその他の疾病を引き起こして健康保険財政を圧迫するからだ。喫煙者本人の健康に悪いというのは「オブラートにくるんだいい方」なのだが、そういうあいまいなことをやるから「勝手だろ」みたいなスジちがいの反論がなされる。「迷惑だからやめてくれ」とはっきりいわないと話が始まらない。
クールビズに話を戻すと、軽装はあくまで手段だから、特定の服装を人に強要するのは本来おかしい。スーツやネクタイを人に強要しなければいいのだ。スーツやネクタイがお好みなら勝手に着ればいい。温度を28度に保てばいいだけだ。ただし、目上の者やら顧客がスーツにネクタイのときに自分が軽装なのは気がひけて実際に踏み切れない場合も多いだろうから、影響力のある一部の人々には奨励すべきという議論には説得力がある。政府機関なんていうのは、その最たるものだろう。スーツを着てネクタイをしなければ品位が保てないような人が集まっているはずはないのだが。
大局的にみれば、これは時代の流れというしかない。何の時代か?地球環境の保全のために私たちの生活を変えていかなければならない時代だ。
服装というものは、さまざまな理由で時代とともに変化していく。そもそも現在スーツと呼ばれる衣服は、100年も前なら軽装だったはずだ。50年前の人が見たって、今のビジネス服はベストを着ないし、帽子をかぶらないし、サスペンダーを使わないし、カフスもしないわけで、なんだこりゃというくらいキテレツで失礼な服装ということになるだろう。服装に伝統とか何とかいう人がもしいるなら、いっそ千年遡って衣冠束帯でも着ればいい。
クールビズを実践している人は、その服装でスーツにネクタイの人の前に出ても卑屈にならないようにしよう。地球環境のためにやっているのだ。崇高な目的に身を投じた戦士、ではないか。胸を張っていいと思う。おしゃれかどうかは、あまり大騒ぎすることではない。スーツを着ていたって、たいていのおじさんはおしゃれとは思われていないのだ。そもそも高望みをするまでもない。
スーツにネクタイでいきたい人は、(上記のような特殊な立場の人でない限り)自由にすればいいと思う。ただし服装を理由に冷房温度を下げようとしないこと、他人の軽装に文句をいわないことをぜひ守っていただきたい。こうすれば共存できる。目的は地球温暖化の防止なのだ。服装でいがみあってもしかたないではないか。
ネクタイ業界の皆さんが深刻に受け止めるのはわかる。むろん暑い中でもネクタイをしたい人が多ければそれほど売上は落ちなくてもすむかもしれないが、もともと景気がよかった業界ではないだろうし、影響はかなりのものだろう。さぞかしたいへんだろうと思う。
しかし現実に変化が起きている以上、それへの対応を考えるときがきたのだと思う。仮にクールビズがなかったとしても、ネット業界などではネクタイをしない習慣がかなり定着している。ある意味、起きるべくして起きている変化なのだ。政府を責めるのはスジちがいだと思う。
高級ネクタイにシフトする、海外進出する、他業界に進出する、28度でも暑くないネクタイを開発する、…いろいろ可能性はあるだろう。ぜひがんばっていただきたい。帽子業界は、おそらく50年ぐらい前に同様な事態を迎えたのだと思う。今回はネクタイ、ということだ。といっても、ネクタイがすべてなくなってしまうわけではない。冬のネクタイは残るだろうし。業界はちがうが、牛丼の吉野家は米国産牛肉の輸入ストップで牛丼を作れなくなるという非常事態に立ち向かっている。「非常事態」はどの業界にも生じうることだ。部外者が無責任にいうのもどうかとは思うが、知恵と工夫でぜひ乗り切っていただければと。
※2005年6月27日追記
すっかり忘れていたが、数十年前は開襟シャツなる夏のビジネス服があったのだ。新聞に戦後まもなくの写真が出ていたが、開襟シャツにショートパンツ姿のビジネスマンが写っている。冷房の普及とともに今のような服装に変わったのだろうか。衣冠束帯まで戻らずとも、このあたりまで戻ると考えればいいのだな。
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Comments
asd
Posted by: asd | June 22, 2005 04:24 PM
素晴らしいです。強く賛同いたします。
冷房が苦手な私としては夏場は買い物もゆっくりできないし、列車に乗るのも一苦労です。
冷やしすぎな建物の中でこれは間違っている、といつも思うのですが・・・
クールビズを推進するだけでは過剰冷房は直らないでしょうね。
暗澹とした気分になってしまいます。
Posted by: こえだ | June 27, 2005 04:25 PM
こえださん、コメントありがとうございます。
私自身はどちらかというと、冷房ガンガンでも平気なタイプですが、やはり地球環境のためにがまんしなければ、というところです。
カギはおそらく、少し「ゆるめ」に運用することかもしれません。何が何でも絶対28度以下にしない、だとなかなか理解されづらいですから、最初は少し強めに冷やして、その後ゆるやかに上げていくとか、いろいろ工夫が必要だろうと思います。
対立することが主題ではないので、なんとかうまく折り合いをつけていけるといいですね。
Posted by: 山口 浩 | June 28, 2005 10:07 AM
たばこに関する警告表示等各国別比較
http://www.health-net.or.jp/tobacco/oversea/ov951000.html
外国のタバコパッケージ警告表示
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/ten250/biyou/eu.html
たばこ 変わる警告表示 写真や絵でわかりやすく
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/life/li391001.htm
禁煙教育用フォトアルバム
http://photos.yahoo.co.jp/phnetwork
食の安全とタバコ
http://www.pierre-matsuo.com/foundation.html
タバコの弊害と敵の正体
http://media.excite.co.jp/News/weekly/040113/topics_p03.html
Posted by: 参考資料 | June 29, 2005 05:23 PM