「バーチャルPOPCON」は音楽シーンを変えるか?
ヤマハが運営している音楽コミュニティサイト「プレイヤーズ王国」がポッドキャスティングを開始したことが、あちこちで話題になっている(ニュースリリース)。もともとこのサイトはアマチュアやインディーズのアーティストが作ったオリジナル楽曲を専用ソフトで聞くことができるというものだが、今度はポッドキャスティングで利用できるようになった。
ちょっとおおげさに、こうした動きを「バーチャルPOPCON」と呼んでみる。期待をこめて。
「POPCON」は、1969年から1986年まで32回にわたって開かれていた(当初は「作曲コンクール」という名だったそうだ)、アマチュア対象のオリジナル曲発表の祭典だ。中島みゆきをはじめ、「シンガー・ソングライター」という独特な呼び方をされる一連の歌手群を多く生み出したことで知られる。
「プレイヤーズ王国」は「POPCON」と多くの点で異なる。POPCONとちがって審査プロセスがあるわけではないから誰でも(どんなレベルでも)参加できるし、「プレイヤーズ王国」で人気を博したからといって別にプロデビューができると決まったわけでもない。分野だって、ポピュラーミュージックに限らない。
にもかかわらず、「プレイヤーズ王国」がこれからの日本の音楽シーンにもたらす可能性は、「POPCON」が当時の音楽シーンにもたらした影響と似たところがあるかもしれない、と思う。まずいえるのは、これがプロ音楽家への「新しく開いた窓」であるということだ。POPCONでグランプリになった歌手やグループばかりがプロになったのではない。オフコースだって井上陽水だって、グランプリをとったわけではない。いったんファンの目に触れた後は、ファンの「人気」によって選ばれるオープンコンペティションだ。そうした機会があったことそのものが重要だった。
「プレイヤーズ王国」も同様な機会、ファンの人気によってはメジャーになれる可能性を提供している。もっとも、こちらのほうはもっとかなりフラットな競争だ。ネット時代にふさわしく誰でも参加でき、ファンの人気だけがものをいう世界だから、POPCONよりもはるかに当初の敷居は低い。しかし当然ながら、その分だけその後の競争はより厳しくなる。最終的にメジャーになれるのがごく一部であることはかわりがない。それは当たり前のことだが、ともあれ「機会の拡大」という意味では共通しているように思う。
それもさることながら、私が注目するのは、メジャーにならないまでも一部で人気が出るような、「セミプロ」とか「高度なアマチュア」の層だ。POPCONを支えたのは、こうした層のプレイヤーたちだった。音楽界をピラミッドにたとえるなら、真ん中あたりを形成する層といえるかもしれない。勝手な思い込みかもしれないが、「ピラミッド」のトップの高さや裾野の広さはこの真ん中層の厚みに大きく影響されるような気がする。おそらく「プレイヤーズ王国」は、この層のプレイヤーたちにとってのチャンスをPOPCONよりもはるかに大きく広げる。例の「long tail」論というやつだ。別にバラ色の将来を語るつもりはないが、真ん中層の厚みが増していくことは、中長期的には、日本の音楽シーンにとってまちがいなくプラス要素だと思う。ヤマハという会社は、こうした事業にはもともと向いているだろう。うまく育ってほしい。
ちょっとずれるが、この件で連想したのは、マンガ業界だ。この世界も「真ん中層」、つまり同人マンガなんかを描く人々の厚みが全体にいい影響を与えているのではないか。将来のトッププロを生むインキュベーターであり、最も目の肥えた読者でもある人々だからだ。
で、この層の人々向けのコミュニティというのもちゃんとある。マンガ制作専用グラフィックソフト「ComicStudio」を販売するセルシスは、ComicStudioで制作されたマンガの投稿と閲覧ができるコミュニケーションスペース「
コミックアジト」を運営している。ちょうど「プレイヤーズ王国」に似た感じだ。同社のソフトを使っていなければいけないという点はちがうが。
このほか、セルシスはウェブ上で同人誌が作れるサービス「On-de-Manga」(編集方針に沿った作品を集めて編集する作業がウェブ上で行え、出来上がった同人誌を印刷・製本して送ってくれる)やら素材の受け渡し、共同作業などの制作支援サービス「CommicStudioDeliveryNet」なども運営している。必ずしもすべてのサイトがうまく回っているというわけではないようだが、試みとしては悪くないと思う。
高度なアマチュア層またはセミプロ層が大きな影響力を持つ分野、持つべき分野は、他にもあるかもしれない。ヤマハやセルシスのビジネスモデルは、何か参考になるだろうか。少し考えてみたい。
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