そろそろ「負の所得税」をまじめに考えてもいいのではないか
政府の税制調査会が6月21日に「個人所得課税改革の論点整理」を公表したことで、税制への関心が高まっているのではないかと思う。財政状況を考えれば、本気で取り組むなら(頼むから取り組んでくれ)どんなかたちにせよ大規模な見直しは免れまい。
本格的な税制の議論を始めるなら、ぜひ本気で検討してもらいたいものがある。これまで繰り返し出された議論だが、この機会にまた持ち出してみる。今度はまじめに考えてもらえないだろうか。
「負の所得税」を、だ。
「負の所得税」については、経済学に詳しくない人でも、ベストセラーになった「選択の自由」などに出ているから、知っている人はたくさんいると思う。提唱したのはいわずとしれたミルトン・フリードマンだ。ひとことでいえば、既存の公的扶助制度に代わるアイデアとして、所得がある水準以下の者に対しては、その水準を下回る差額の一定割合だけ負の課税、つまり給付を行う、というもの。既存の公的扶助のように「任意」の基準によるわけではないから公平だし、少しでも働けばその分だけ総所得は増えていくから労働意欲を阻害しない、とされる。
詳しい議論は専門家に任せよう。その効果が期待されるほどのものなのか、実施した場合の財政負担に耐えうるのかなど、いろいろな見解があるし、技術的にいろいろな問題があることもわかっている。どうも税制の専門家にはあまり評判がよろしくないらしい。というか、これまであまりまともには取り上げられてはこなかったのではないか。実際、研究レベルでは政府機関も含め、たくさんの人たちが可能性を探ってきたが、これまでは実現に至っていない。ただアメリカをはじめ、カナダ、アイルランド、ニュージーランド、イギリス、オランダなどでは、これに代わる「勤労所得税額控除(EITC:Earned Income Tax Credit)」といった制度が導入されている。一定の所得までは勤労所得に一種の「補助金」を与える制度だ。
私がいいたいのは、税制のグランドデザインを考える際に、「負の所得税」ないしその考え方を受けついだ制度(EITCでもいいし他のかたちでもいい)の導入を真剣に検討してもらいたい、ということだ。ポイントは、「努力が報われる税制」だ。それは現行の課税最低限のように人を「税を払う人」と「税金で食べさせてもらう人」の2種類に峻別してしまう「非連続的」なやり方ではなく、その負担能力に応じて負担し、その不足分に応じて給付を受ける「連続的」なしくみ、ということもできる。
日本はこの制度の実現性について、ひとつアドバンテージがある。源泉徴収制度だ。ほとんどの給与所得者は、自分で所得税、住民税を支払わない。会社が代わってやってくれる。つまり勤務先の会社を通して政府と個人が金銭をやり取りすることが比較的容易にできるのだ。これまで源泉徴収制度についてはクロヨンの元凶だとかいろいろ悪口もいわれてきたが、「負の所得税」を考えるなら、この貴重な「インフラ」を使わない手はない。
これ以上長々とは書かないが、日本にもフリードマンの考えに同調する人は多いはずだ。私は別にフリードマン礼賛派では必ずしもない(「シートベルトのない車に乗る権利」を主張するつもりもないし)が、「負の所得税」については基本的に賛成だ。フリードマンの提唱した「理念形」そのままである必要はないが、その精神は制度に生かされるべきだと思う。賛成の方は、ぜひ声を挙げていただきたい。
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Comments
全国民に対する一定額の給付と消費税を組み合わせれば、おそらく、そういうことが可能であろうと思います。 支出の多い人は、消費税で給付額が相殺され、給付はゼロまたはマイナスになり、支出の少ない人は、消費税が給付の額に届かない。 将来、所得税から消費税に変えていくならば、当然、検討するべきことだと思います。
Posted by: ニュースの研究所 | July 07, 2005 03:09 AM
山口浩さん、こんにちは、
香港からちょこっとだけ本土に入ってきました。これからの中国は税制がとても大事だと思いました。いまのところ、かなり課税の平等性、明朗性が確保されていないようで、貧富の格差がずいぶんひろがっているようです。やはり、税金というのはある程度溜飲をさげるというか、富めるものから必要とするものへの所得の再分配というのが行われないと恩でもないことになるのではないかという気がしました。
Posted by: ひでき | July 10, 2005 10:40 AM
ひできさん、コメントありがとうございます。
おお香港ですか。いよいよ貴業界におかれましても中国進出をご検討、とか?
中国における貧富の格差、すごいでしょうね。他の国のはほとんどの場合特権階級がごく一部ですけど、中国は豊かな人だけでもかなりいますからね。改革開放の果実が行き渡るペースがトップ層のスピードに追いついていない感じではないでしょうか。
長期的にはけっこうたいへんな問題ですよね。なんせ「革命」の本場ですからねぇ。
Posted by: 山口 浩 | July 10, 2005 05:11 PM