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「はてなアイデア」の何が革新的なのか

総選挙はてな」もだいぶ落ち着いてきて、価格もそれらしく推移するようになった。めでたしめでたし、といいたいところだが、実際にどの程度のパフォーマンスとなるかを見ないとなんともいえない。もちろん初めての試みだし、あまり過剰な期待を抱いてはいけない。今回は無理でも、今後設計面で改善すべきところもある。ぜひ長期的な目で見守りたい。

以下は、「総選挙はてな」のもととなっている「はてなアイデア」についての話。前に、「総選挙はてな」を「日本初の予測市場」と書いたが、まちがっている。日本初は、当然ながら、「総選挙はてな」のもととなっている「はてなアイデア」だ。昨日のGLOCOM Forum 2005で、㈱はてな近藤社長を迎えてはてなについて討議するセッションがあった。その場で、「はてなアイデア」についてさまざまな議論がなされたのだが、予測市場としての評価については、ちょっと待てといいたいことがいくつかあった。そのセッションはフロアからの発言ができず口がむずむずしてしまったので、ここでうさ晴らしをすることにする。

その場ははてな絶賛大会となっていて、「はてなアイデア」も革新的とべたぼめだった。曰く、市場メカニズムを導入したのが画期的、アイデアを吸い上げるのに優れたしくみである、できあがったものではなくアイデアを取引するのが新しい、はてなは小さい会社だが大きな会社や政策などその他の分野にも応用できるのではないか、などなど。一方で、投機目的の参加者が増えると市場がゆがめられるのではないか、銘柄が増えてくるとアイデアをすくい上げるという機能が薄れてくるのではないか、アイデアの優先付けにはいいが新しいアイデアは出てこないのではないか、はてなアイデアでの価格にバブルが生じればはてなの意思決定がゆがめられるおそれはないか、といった懸念も語られた。

いや、べたぼめはいい。気に入らない人もいるだろうが、少なくともユニークなとりくみであることはまちがいないと思う。ただ、ほめるポイント、懸念のポイントがちょっとずれている。

近藤社長はきちんと説明していたが、予測市場はアメリカでは以前から実施されていたもので、はてなが始めたものではない。そもそも予測市場と呼べる試みが始まったのは1980年代だ。アイオワ大学のIowa Electronic Marketsの大統領選予測先物市場が、選挙結果の予測に有効であることがわかったからだ。それ以降、主に実験ベースではあるが、ヒューレット・パッカード、フォード、シーメンス・オーストリア、マイクロソフト、イーライ・リリーなど、企業での取り組みも最近増えている。企業内における予測市場は、典型的には自社製品の売上やプロジェクトの完了時期などの予測に用いられている。たとえばヒューレット・パッカードでは、社の公式の売上予測を上回る精度の予測結果を示したし、シーメンス・オーストリアの例では、プロジェクトが予定通りには完了しないだろうという、公式には表明しにくい予測が抽出されるという効果があることが示された。

大きい企業でも使えるのではないかというが、企業内予測市場はむしろこれまでは大企業で使われてきたという点で逆だ。上記の実例はいずれも大企業だ。もちろん小規模の企業が行っているものもある(Hollywood Stock ExhangeNewsFuturesなんかはそうだ)が、これらと上記の大企業の市場とは大きなちがいがある。Hollywood Stock ExhangeNewsFuturesNewsFuturesが行っている予測市場は、当該企業の外にある事象についての予測を行う。映画の興行収入とか北朝鮮の核実験実施の可能性とかそういったものだ。これに対して大企業の予測市場の多くは、製品の売上やプロジェクトの完了時期など、企業内の意思決定に直接関連する情報で、社員のみが参加者となる。これらが企業内で行われる理由は明らかだ。製品の詳細な情報やプロジェクトの進行状況は外部の人にはわからないし、そもそも社外秘の情報だったりするものも多い。それを社外の参加者に取引させることは、情報の抽出においてあまり役に立たないだけでなく、情報漏えいのリスクが高い。だから社内で運営するのだ。

ここだ。この点が「はてなアイデア」の革新的な点だ。「はてなアイデア」は㈱はてなという企業の意思決定に直接関わる内容を社外の参加者、より具体的には顧客に取引させている。参加者は「自分がどんな機能を欲しいか、どんな改善をしてほしいか」ではなく、「はてな」がどんな機能を実装するかを予測する。自分の視点ではなく、はてなの視点に立つのだ。この点を近藤社長は明確に意識している。講演の中で、「はてなアイデア」への発展のプロセスを語っていた。単なる要望受付や投票だけでは、顧客は自分の要望だけを伝えようとするので、「はてなアイデア」にたどりついたのだと解説していた。確かに予測市場は参加者の視点を変える効果があるが、これをこのようなかたちで利用した例は、日本だけでなく、おそらく世界初だと思う。はてなは社員が10人ぐらいだそうだが、「はてなアイデア」によって、3,000人の企画部員を社外に得たのだ(そもそも社内でやろうとしても、10人で市場を作るのはけっこうたいへんだ)。こうした「人的レバレッジ」は、おそらくはてなという会社の本質に根ざしたものだろう。その意味で会社全体の姿勢と整合的な、より「地に足のついた」在り方なのだと思う。「はてなが小さい会社だからできるのでは」という意見もあった。そういう面もあるかもしれないが、会社規模と不可分だとは必ずしも思わない。それははてなが顧客とともにあり続けられるかどうかにかかっている、といえる。

できあがったものではなくアイデアを取引する市場という考え方は、いってみれば予測市場の本質だ。取引対象は「予測」、つまり確率的事象であり、いってみればアイデアそのものだ。その筋の人向けにややテクニカルな話をすると、はてなアイデアの場合は投資機会集合が状態空間をspanしていない不完備市場であるため、証券価格付けのモデルで評価しようとする場合、それなりに注意する必要があるという問題はある(その点「総選挙はてな」は完備市場だ。現在9つある選択肢は、衆議院の議席獲得比率に関しとりうる値の範囲をすべてカバーできる)。現在までのところ、予測証券の価格付けにおいてはlotterlyの評価モデルを用いることが多いのだが。

投機目的の参加者について懸念材料とみなす向きもあるかもしれないが、こうした層の参加者は、むしろ市場にとって不可欠な存在だ。彼らは市場に動くきっかけを与え、正しく予測する者に利益機会を与える。自らの考えに固執する者だけでは市場は動かなくなるが、それでは投票と変わるところがない。市場で価格が動くことによって、すべての参加者が、他の者の考え方にふれ、自らの考えを修正する機会を得る。ここが予測市場の長所だ。もちろん投機的な参加者「だけ」ではあまり有益な情報は得られないだろうが、少なくとも「はてなアイデア」の場合は「まじめ」な参加者もたくさんいそうだし、アイデアポイントによる取引だから、当面のところあまり懸念する必要はないように思う(注:nirvashさんのご指摘に基づき「はてなポイント」を「アイデアポイント」に修正。多謝)。

銘柄が増えてくると市場が機能しなくなるのでは、という話については、そういうたくさんある中で重要な課題を見出すためにこそ市場メカニズムが(他の方法に比べて)よく機能するのではないか。単に提案の文章を並べてみてもその重要性はなかなか判断つきにくいが、価格という共通の指標でソートできるからだ。ちなみに、Hollywood Stock Exchangeでは、個別銘柄を集めた「ファンド」がある。「アニメファンド」やら「格闘ものファンド」やら、映画会社ごとのファンドやらアジア映画ファンドやら。これらのファンドは、一定規模の「資産」を持つ参加者がファンドマネージャーになって設定される。はてなにおいても、もしアイデア数が増えたら、そうしたアプローチは可能だろう。アイデアの種別ごとにファンドを使ったり、あるいは実現可能性の高いものだけ、低いものだけ(バリュー株だな)を集めたファンドとか。あるいは「名ファンドマネージャー」による運用を謳ったものも考えられる。いわばはてなユーザーの中での「目利き」というわけだ。

新しいアイデアを出すのには必ずしも有効ではないというのは、その通り。予測市場が行っているのはウェイト付けだからだ。新しいアイデアを考え出すプロセスを、市場という価格を通じてコミュニケーションする場で生み出すのは難しいだろう。そもそも、株式市場だって新たな事業アイデアを生みだしたことはない。市場は出された事業アイデアを評価する場所だからだ。それと同じことだ。当たり前のことなんですがそれが何か?という感じだが。

はてなアイデア価格のバブルがはてなの意思決定をゆがめないかという懸念は、本来の意味とはちがった部分で痛いところをついている。バブルの発生については市場メカニズム全般の問題であるが、ここでは「はてなアイデア」独特の問題として、結果がはてな自身の意思決定に依存している点を挙げたい。通常の予測市場では、予測対象事象は選挙結果、映画の興行収入など、市場運営者のコントロールが及ばない確率変数だ。しかし「はてなアイデア」の場合、結果は「はてなが実装するかどうか」であり、はてなが独断で決定できる。やろうと思えば、はてなは結果をゆがめることができるのだ。したがって重要なのは、はてながユーザーの声を聞きユーザーの立場で改善を続けていくということを、ユーザーに信用してもらえるかどうかだ。価格にあらわれた強い要望を無視することはないか、一部の参加者がつり上げた価格に引っかかってニーズの低い要望を実装するようなことがないか。こうした点について、いかにしてユーザーから信頼を得、かつそれを続けていくかがカギだ。今のところ、比較的うまくいっているようにみえる。正直なところ他の会社にはマネしにくいだろう。これもはてなという会社だからこそという部分だ。

要するに、予測市場そのものははてなの発明でも何でもないが、はてなにおける活用法はきわめて画期的であって、それがはてなという企業そのものに強く結びついている、ということだ。私は、このように、活用法が企業のあり方に深く根ざしている点において、㈱はてなを高く評価したい。「はてなアイデア」が今後どうなっていくかわからないが、世界的にもユニークなケースとして注目していく必要がある。

最後にもう1つだけ付け加えると、上記のアメリカでの実例が示すとおり、予測市場という手法そのものは、はてなのようなユニークな企業でなくとも充分に活用することができる。むろんそれなりの準備は必要だが、さらなる活用例が日本でも出てくることを期待したい。

※追記
GLOCOM Forumの当該セッションのメンバーの方々をはじめ、以下の本をとりあえずお勧めする。企業における予測市場の活用について語るならせめてこのくらいは、という本だ。昨日のセッションでの「新発見」のかなりの部分は、すでにこの本に書かれている。

トマス・W. マローン著、高橋 則明訳「フューチャー・オブ・ワーク」、ランダムハウス講談社、2004年。

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» はてなアイデア [note of vermilion]
http://www.h-yamaguchi.net/2005/08/post_0183.html 要望ではなく実装を予測することのメリットが論証されてるようには見えない。 革新的だというのはわかるのだけれど、ユーザーの需要ではなくはてなの実装を予測したほうが、どの点でましなのか。そこをきちんと論じて欲しい。 ... [Read More]

Tracked on August 23, 2005 at 03:55 AM

Comments

記事中、「はてなポイントによる取引だから」は「アイデアポイントによる取引だから」の間違いですよね。

Posted by: nirvash | August 21, 2005 at 07:41 PM

すいません。そうでしたね。訂正します。

Posted by: 山口 浩 | August 21, 2005 at 08:02 PM

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