昭和の日本人は、恥ずかしい
山口瞳の小説「江分利満氏の優雅な生活」の最後のあたりに、「昭和の日本人」という章がある。タイトルの「昭和の日本人は、恥ずかしい」は、その中の一節だ。
この小説の主人公である江分利満(知らない人のために一応書いておくが、「えぶりまん」と読む)は、著者である山口瞳自身であるとされている。実際、小説の中に出てくる江分利のプロフィールはほとんど本人そのままだ。だから、このことばは山口瞳自身の想いであると考えていいだろう。昭和元年生まれの戦中派、学生時代に徴兵された世代だ。
このフレーズが出てくる「昭和の日本人」という章は、この小説の中で他の部分とはあきらかに異なる印象を与える。軽妙な文体は相変わらずだが、憤りみたいなものがひしひしと伝わってくる。江分利が慶応のグラウンドでウィスキーを飲みながら思い出すのは、自分と同世代でありながら、太平洋戦争で命を落とした人々のこと、その人たちと過ごした昭和初期の「能天気」な日々のことだ。
江分利は昭和を代表する風俗、たとえばカルピスだとか大学野球だとかいったものに対して、「恥ずかしい」と感じる。なぜか。それは「昭和の日本人」が「恥ずかしい」存在だからだ。江分利は死んだ者たちを「無垢なもの」と表現する。当時は同様に「無垢」であったはずの自分は、生き残ってしまったがゆえに、無垢でないものに変わってしまった。あるいは無垢でないがゆえに生き残ったという自覚があるのかもしれない。
もっと何かできたのではないか。もっと大事なことに気づくべきではなかったか。でもできなかった。しなかった。そんな自分は恥ずかしい。生き残った昭和の日本人は皆等しく恥ずかしい。江分利は、無垢なものをみすみす死に追いやった自分たち、見殺しにして生き残ってしまった自分たちを恥ずかしい存在だと感じたのだ。日常の瑣末な事柄に心を奪われて、大切なものを見逃したために、そうした無垢な人たちが死に追いやられてしまった。その自覚が、昭和の初期にかっこよかったものに対して、恥ずかしいと感じさせたのだ。
江分利とは世代がちがうが、やはり昭和の日本人である私が、この平成の世にあって思うのは、やはり「昭和の日本人は恥ずかしい」ということだ。今社会の多くの分野で中核的な役割を果たしている昭和の日本人たちは、さまざまな分野で子孫の世代に大きなつけを残そうとしている。私たちの世代の中でも少なからぬ数の人々が、問題の存在にはすでに気づいているが、日常の瑣末事にかまけて、そのまま先送りにしようとしている。しかもかつての「昭和の日本人」たちとちがって、今の「昭和の日本人」たちは、同世代でなく子孫の世代に重荷を負わせようとしているのだ。これを恥ずかしいといわずして何を恥ずかしいというのか。
もはや終戦から60年がすぎた。遠い昔だ。当時の話を聞いても、なかなか実感はわかない。あまりに環境がちがいすぎている。それでもこの「恥ずかしい」という想いは、とても共感できる。私たちも「恥ずかしい」からだ。「無垢なもの」たちは私たちのまわりにもいる。もっとやれることがあるだろうに、まだ何もできていない。昭和の日本人は、依然として、恥ずかしい。なんとかしたいと思う。その人たちに対して、少しでも恥ずかしさが少ない生き方ができれば。夏の盛りで頭がぼーっとしていると、そんなことも考えたりする。
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