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August 15, 2005

「よい企業」ではなく「よい状態の企業」があるという話

ある企業について、「いい企業だ」とか「よくない」とか評価することがよくある。これってけっこう危険だと思う。

ちょっと強めの表現だが、書いてみる。「いい企業」なんてものがあると思うのはまちがいではないか、と。

たとえば今評判が下がっている企業を考えてみる。ソニー、ユニクロ、カネボウ、ダイエー…。いちいち挙げないが、他にもあろう。いずれも、以前は「すぐれた企業」としてあちこちでもてはやされた企業だ。

こういう企業は、かつてはよかったものが、おごりがあったりまずいことをやったりして経営が悪化した、ととらえられがちだ。もちろんそういうケースもあるのだろうが、必ずしもそういう場合ばかりではないと思う。

強みはやがて弱みとなる。なぜか。環境が変化するからだ。サーベルタイガーをそうだったように、ある環境下に過剰に適応してしまうと、次の環境への対応能力は下がる。成功の記憶やそこから生まれた自信、目の前のキャッシュフローが、変化への対応を遅らせる。それは必ずしも怠慢ではなく、目の前にある利益機会を獲得しようとする行動の結果だ。

こうした理由による経営の悪化は、多くの場合、完全に回避することはできない。どんな企業でも、成功があれば利益の回収に努めるのが当たり前だし、そのために経営資源が割かれれば、新たな変化への対応は遅れがちになる。新たな変化への対応は、しばしば過去の成功の果実の一部を享受せずに放棄することが要求される。

ということであれば、成功の後に苦しみの時期があることは、企業にとってむしろ当然なのだろう。たとえよい企業にとってもだ。いやそもそも、「よい企業」などというものはないのではないか。あるのは「よい状態にある企業」だ。

もっとも、変化に対してよりよく対処できる企業というのはあるだろう。それはつまり「よい状態にある」期間がそうでない期間に比べて長い企業、ということになる。たとえばトヨタという企業は、そういう企業なのかもしれない。少なくとも今のところ、トヨタは自動車業界がどんどん変わっていく中で、全体として成功を維持しているようにみえる。もとよりそれは将来の成功を約束するものではないが、そのことを一番よくわかっているのが同社の人々なのだろう。だからこそ「乾いた雑巾をさらに絞る」ような合理化に取り組んでいるのだろうし、既存の製品群だけでなく、ハイブリッドカーや人型ロボットなど、新しい分野にも「意外」なほど熱心に取り組んでもいるのだろう。こういう点も、今のトヨタの強みなのかもしれない。

もちろん、別にトヨタを礼賛するつもりはない。ほかの会社がそうだったように、成功が将来の失敗の原因になることはこの会社にも充分おこりうる。いいたいのは、成功すること自体がリスク要因になりうるという自覚を持ったほうがいいのではないか、ということだ。それがなければ、それ自体がリスク。なんだかトートロジーっぽいが、要するに「敵は己の中にある」ということなのだろうな。

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Comments

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」みたいなことを想像しました。うまくいっているときは、他のことをなかなかやれないものですね。

Posted by: miyakoda | August 15, 2005 06:51 AM

miyakodaさん
コメントありがとうございます。ご指摘のとおり、「イノベーションのジレンマ」と共通した問題です。というか、この問題はイノベーションに限らずもっと広い話ではないか、と思います。

Posted by: 山口 浩 | August 15, 2005 09:27 AM

山口浩さん、こんにちは、

以前、大野耐一さんの本(ISBN:4478460019 )を読んで、トヨタの強さはその社員の危機意識にあるのだな、と感じました。確か、「GMには絶対規模でかなうわけはない。ではどうしたらいいか?」ということに必死に取り組んだのだそうです。ですから、副題が「脱規模の経営をめざして」なんですね。

Posted by: ひでき | August 15, 2005 10:42 AM

トヨタの「危機意識」の話は、あちこちで耳にしますね。大企業において経営資源をスラックにしないための知恵なのだと思います。どんなリスクマネジメントもモチベーションの高い社員にはかなわない、ともいえそうですね。

Posted by: 山口 浩 | August 15, 2005 05:50 PM

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