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September 01, 2005

ブログは政治を変えられるか

総選挙に入って、ブログの政治とか世論形成とかへの影響に関する議論が盛り上がってきた。アメリカでは大統領選挙のあった昨年によくみられた議論だ。もちろん日本とアメリカではいろいろな状況がちがうから、そのまま話をひっぱってくることはできない。日本の場合はどうだろうか。とかいうものの別に大上段に構えるつもりもなくて、ちょっと思いついたことのメモなのだが。

このテーマに関しては、最近は自民党の積極的な動きが目立つ。なんといっても注目されるのは、8月25日夜、ブロガーを集めて懇談会を開いたことだ。この件に関しては、すでにあちこちで引用されているが、「R30」さんがgooに寄稿された文章の一節を、ここでも引用しておく。

なぜそれが画期的なのか。考えてもご覧なさい。この選挙で自民党が勝ちでもしたら、それがどの程度正しいかどうかはともかく、自民党の勝因の1つに「ブロガー対策を行ったこと」が数えられるのは確実だからだ。ネット対策など、適当に自分や党の主張を並べたホームページを作ってアップしておけばいいという「一方通行」レベルの時代が終わるのである。無数の人々によるディープな議論が双方向で交わされるネットメディアにどう対応するか、これからあらゆる選挙のたびに選挙対策の責任者が問われるようになるのだ。マスメディアとは違うもう1つの「無視できない影響力を持つメディア」が、この選挙とともに「生まれた」と言っても過言ではなくなるだろう。

なるほど説得力がある。おおまか同意もする。ただ、ちょっと盛り上がりすぎ、という印象もある。R30さんはそのあたりはわかった上で書いているのだろうが、この文章の二次的な影響力を考えると、もう少し抑えておいたほうがいいように思う。

自民党の世耕広報対策本部長代理から「(ブログは)メディアとして、無視できない存在になっていると私たちは実感している」という発言を引き出したことは、確かにそれ自体とてもエポックメーキングなことだとは思う。世耕本部長代理はわかっているのだろう。しかしそのことを果たして何人の自民党政治家が真剣に受け止めているだろうか。今回ブロガーには機会が与えられたわけだが、これが恒久化するだろうか?システム化するだろうか?自民党サイトがトラックバックを受け付けるようになるだろうか?上記の発言は、現時点ではまだ、「社交辞令」ととったほうがむしろ適切かもしれない。

政治家にとって「ブロガー対策」というのは、おそらく「若年層向け、無党派向け」対策として意識されるのだろう。これまで自民党の支持基盤としては弱いとされていた層だ。既得権へのアクセスがないこの層の人々(やや大胆な決め付けだが本筋をそれほどはずしていないと思う)に対しては、「安定」をイメージさせる自民党はアピールしにくいと考えられてきた。「ドブ板選挙」も通用しない。町内会の集まりに顔を出して酒をついで回っても商店街で握手して回っても、そこにはこの層の人々はいないからだ。しかもこの層の人々が多く参加しているネットにはアイデンティティが明らかにならない領域があり、そこでは罵詈雑言を含めあらゆる言説が自由に飛び交う。うかつに手を出そうものならあっというまに血祭りにあげられてしまう。これまでなら、あえて火中の栗を拾うまでもない、と考えたことだろう。しかし今回の選挙では、自民党はこれらの層の支持をこれまで以上に必要としている。

そこへ登場したのがブログだ。このツールは、この層の人々にメッセージを届かせる有効なマーケティングツールともなりうることが、多くの企業の取り組みによってわかった。ブログ界には、ハブとなる影響力の強い人々(もちろんR30さんもそうした「ハブ」の1人だ)がいる。これらの人々との交流を通してその賛同を得るか、あるいは最低限誤った情報に基づく批判をされないようにできれば、若年層・無党派層に対して自らの主張を伝えやすくなる。まさしく新しい「メディア」だというわけだ。

しかしそれはまだ、マスメディアと並べて考えるべきものとまではいえないだろう。選挙の観点からいえば、むしろ「新しくできたニュータウンの町内会長」ぐらいのほうが近いかもしれない。「ブログ町内会」が成立した以上、町内会長の集まりへ行って挨拶するぐらいは政治家として「当然」の務めだ。自民党の試みにおいて幹事長を引っ張り出したのは意義があるが、だからといってこれで党全体の姿勢が変わったとまではいえないと思う。

見たら渡辺聡さんも関連した話題をとりあげていた。アメリカの状況について、

「Blogによる世論形成はあったのか、との設題について米国の先の選挙を調査した結果として、形成過程は多少変わったものの、Blogから新たな世論が出てきてはない、というのがどうやら結論となりつつある」

とまとめている。

詳しくはみていないが、アメリカの話は、ブログ界隈での議論が一般的にはマスコミなどの報道の後追いになることのほうが多いといった指摘だったように思う。「ラザーゲート」のようにブログ発のものもあるのだろうが、大勢は逆、ということだ。日本も似たようなものだ。ブログでの議論が社会全般の世論(ブログ界隈の世論ではなく)に対して、はっきりそれと分かる影響を与えた例を、不勉強ながら私は知らない。(注)

ブログ界隈での議論が「リアル」の社会における「世論」の動き、政治の動きに与える影響というのは、少なくとも現在のところ、かなり限定的なものにとどまっているように思う。はっきりいえば、まだ少数派なのだ、私たちは。日本人の大半は今やインターネットにアクセスできる環境にいるわけだが、最も多くの人にとって、自前のインターネット端末といえばまず携帯電話であって、PCではない。PCでインターネットにアクセスすることがあるとしても、大半の人にとってそれは情報を得たり買い物をしたりする場であって、議論をする場ではない。ブログが世間への影響力を増しつつあるのは事実としても、今はまだ、クローズドな「町内会」(人数はけっこう多いし外にも開かれてはいるが)とみるほうが近いと思う。

もう1点。「新しいメディア」としてのブログを考えるとき、私たちはつい「双方向性」に注目しがちだが、実際に今情報を発信したい人々(ここでは政治家だ)にとっては、むしろ重要なのは「双方向性」よりも「ターゲット層への浸透力」なのではないか。さめたいい方だが、今はまだ、「双方向性」は一種の「フリンジ」としてとらえられているのではないかと想像する。もちろん、これがあることによってブログ界隈の議論が成り立っている部分が大きいわけだが、彼らが求めているのはそこではないわけだ。

もし政治家の人たちがブログというものの価値を私たちと同じレベルで理解しているのであれば、それを活用していこうとするのが当然だろう。そこでというわけではないのだが、ブログ界隈の「世論」として、ブログおよびそれを含むインターネットを活用した選挙運動をより自由に行えるよう公職選挙法を改正すべきだ、という主張を皆で展開してみてはどうだろうか。「週刊!木村剛」に「ちょうちんは良くて、ブログはダメなのか?」という記事があったが、もし自民党(他の党もだ)の政治家が本当にブログを無視できないメディアと考えるなら、せめてちょうちん並に扱ってもらいたい、というわけだ。これなら、政治的立場に関わらずほとんどのブロガーが合意できると思う。今のところ、世間一般の世論はこの点に関してニュートラルだろう。そもそもほとんどの人は、公職選挙法の規定なんか知らない。これを多くのブロガーが主張したときに、政治は変わるだろうか?世論は変わるだろうか?これは一種の試金石になると思う。

渡辺さんは、

中身が何かは当事者もまだ良く分かっていないが、何か達成した気がする

と書かれているが、私は、いいたいことはわかるがまだ「萌芽」にすぎない、と思う。自民党がブロガーを招待する会を開いたことは、ブロガーにとってはとても大きなできごとだが、世間一般にとっては、数ある選挙エピソードの1つにすぎないからだ。○○候補がどこそこで演説会を開いたとか、○○候補のスキャンダルが発覚したとか、そういったネタの1つでしかない。もしブログが世論に影響を与えうる、政治に影響を与えうると考えるなら、なんらかの「結果」を求めよう。たとえば、ネットによる選挙運動の解禁(内容はいろいろ検討しなければならないだろうが)は、政治家にとってはとても大きな問題かもしれないが、一般国民にとってはほとんど重要ではない。もしブロガーがマスメディアのように世論に大きな影響を及ぼせるなら、この「何をいまさら」的なアナクロ規定の改正はそれほど難しい課題ではないはずだ。

注)
「ブログでの議論が社会全般の世論(ブログ界隈の世論ではなく)に影響を与えた例」について補足。そもそも「ブログの世論形成への影響」について考えてみると、この2つの要素に分けられるように思う。

(1)ブログ界隈でなされた議論が世論を主導する。
(2)ブログ界隈での議論がマスコミにとりあげられる。

「ブログによる世論形成」で典型的にイメージするのは(1)だ。しかし実際には、(1)の状況があれば、まずまちがいなく(2)の状況も発生している。この場合、仮に本当はブログでの議論が世論を主導していたのだとしても、外見上それはブログでなくマスコミの影響と区別できない。世間一般への影響力を考えれば、むしろマスコミの影響と考えるほうが自然だ。その場合のブログの役割は、メディアとしてというよりも、ネタ元としての役割ということになる。

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Comments

念のため追記を。

世の中一般の世論形成への影響と考えるとまだほとんどないでしょうね。注)の分類に従うのなら、1でも2でもなく、3として、「メディアの1チャネルとして認識された事例が増えた」というものです。

ただし、今後のシナリオを考えると重要ケースとなってもおかしくないため、”もしかしたら、何か達成したのかも、、、”という程度で。本選挙以降、政治家もBlogを持つのがそう珍しくはなくなる、などそれくらいの成果には繋がるかもしれません。

Posted by: SW | September 01, 2005 01:18 PM

渡辺さん、コメントありがとうございます。
ご趣旨了解です。「達成」ということばに過剰反応してしまいました。確かにひとつの「達成」ではありますよね。過剰反応はいかんといいながら自分が過剰反応していたわけです。反省。

Posted by: 山口 浩 | September 01, 2005 01:24 PM

> 「達成」ということばに過剰反応してしまいました。

でも、あのコンテクストで読んだらこう↑解釈してしまいますよね。

形式と実体の乖離加減が本件の肝と考えています。一応、マスメディアの記者と同列の対応を(一度)頂けたもののそれを何とするのか。カウンターメディアとするにも少し違いますし。

Posted by: SW | September 01, 2005 01:45 PM

少なくとも日本の場合、最近クローズアップされつつある対中韓の偏向報道に対する批判など、今までの既存マスコミに対する反感が一定量存在するので、Blogの情報や論調は多角的な情報の入手手段として、今回の選挙でもある一定の役割を果たすのではないかと思います。
ネタ元になるためには一定の取材力が必要であり、その点では個人の表現であるBlogが組織であるマスコミに何歩も後れを取っているのは事実です。そのような状況下でのBlog発のネタとは、マスコミが知っていても、様々な理由で掲載できない情報となるのではないでしょうか。しかし、自らが掲載をためらったマスコミがBlog発の情報として掲載するわけもなく、そのような隙間の情報に留まっている限りは、(2)の状況は発生させられず、むしろ自力で(1)を獲得する他にはないと思います。

Posted by: Chaborin | September 02, 2005 10:46 AM

Chaborinさん、コメントありがとうございます。

「偏向」かどうかについては議論の余地があるでしょうが、少なくともブログを含むネット内での情報発信が、これまでのマスコミからの一方的な情報の流れを補完したり一部代替したりする役割を果たしているという点については、多くの方が合意できるのではないかと思います。

「ネタ元」というのは、素人に取材をせよというものではなく、たまたまネタを持ち合わせていた人が発信すれば、それが広まっていく可能性がある、という意味です。特定のブロガーがではなく、たくさんいるうちの誰かが、でいいわけです。実際、そうしたかたちで発信された情報が広まっていったケースは少なくないように思います。最近はマスコミの方もネットでよく情報探しをやってますからね(私も、ここでの記事を見たマスコミの方から質問を受けることがよくあります)。

マスコミがとりあげない情報が必ず「握りつぶされた情報」であるとは限りません。あまり特ダネやらスクープやらをイメージしすぎないほうがいいのではないでしょうか。

全体として、マスコミを「敵」とみるより「仲間」とみるほうが、私たちにとっても得るものは大きいと思います。

Posted by: 山口 浩 | September 02, 2005 03:10 PM

非常に興味の湧くタイトルですね。言うまでもなく政治は、衆参議員選挙によって基本が決められます。ブログが今後、それらの選挙及び日常の政治社会活動で、影響を与えることは明らかです。例えば従来でも、政治的、企業内的な告発から政治が大きく動いた経験があります。ブログはそういった告発的メディアとして適しています。
 また現在のマスコミは政治的に右系、左系、中道と三分化されています。しかし国民の持つ意見は、大抵それらのミックスした物を持っています。マスコミは、例えば右系の主義を持っているマスコミは、立場上ミックス意見というのを表現できない特性を持っています。
 このことは政党にもいえるいことです。ところがブログは、支持母体も、政界との政治的つながりを持たないゆえに、国民をよく似た議論を展開できる強みがあります。
 ブログが今後組織化され、またより一般の方の目に留まりやすい方向で進めば、国民の支持を得られると思います。
 いい例が郵政民営化法案です。民主党は支持母体の連合の郵政族への配慮から、自民法案への対案が出せませんでした。また自民党は内包した郵政反対勢力のため、法案が廃案になってしまいました。
 ブログはこの隙間を埋める絶好の機会だったと思います。こんご国民に受け入れられる意見を持ったブログが出てくると思います。
 現在は、ブログの表現方法が写真と文章に限られていますが、そろそろ動画が広まりつつあります。動画は国民に受け入れやすい表現方法ですので、とくに政治的なややこしい話は動画が適切だと思います。
 そういったことを総合的に考えると、近い将来ブログが、メディアの一員となって活躍するとでしょう。

Posted by: 矢島慎 | September 03, 2005 01:04 AM

矢島慎さん、コメントありがとうございます。
政治への影響力が増すとしても、どんな方向に、がポイントですね。
「今後組織化され」がいい方向なのかどうかは、「組織化」の定義にもよりますが、ちょっと考えどころだと思います。個人的には、「日本ブロガー党」なんてものを見たいとはあまり思いません。
全員がということではないでしょうが、少なくとも一部で質の高い議論が展開され、その論調が世間一般にも知られていく方向に行ったらいいな、というのが希望なんですけど。
いずれにせよこれから、ですね。

Posted by: 山口 浩 | September 03, 2005 02:20 PM

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