« エンドロールをみる:「かみちゅ!」 | Main | マイクロソフトがシリアスゲーム研究に資金を出すという話 »

「legacy」か「main stream」か

FPNで「米国の参加型ジャーナリズム=ダン・ギルモア氏を囲んで」なるイベントがあった。ギルモア氏は94年から2004年末まで、シリコンバレーのサンノゼ・マーキュリー・ニュースのコラムニストを務めた人で、「その世界」では有名な人らしい。数々のジャーナリズム賞を受賞。 05年にベンチャー「グラスルーツ・メディア・インク」を設立、サンフランシスコ・ベイエリアを舞台としたオンライン・コミュニティー「ベイオスフィア」を開設したそうだ。以上、FPNサイトにあった同氏プロフィールの受け売り。

最近、著書「ブログ:世界を変える個人メディア」の翻訳が出版されたとかで、日本のブロガーと意見交換したいと来日された由。「時事通信の湯川氏が司会(と通訳、だな)となって形式で、米国の事情の解説や、来場者との質疑応答などが行われた。

内容については、他の方がご紹介されるであろうから、私は気軽に感想など。

質疑応答が大半を占めたため、まとまった話ではなかったというせいもあるし、私を含め質問する側の質の問題もあったのかもしれないが、内容は、あまり「驚き」や「発見」に満ちている、という感じではなかった(いい質問ができなかったという点については、参加者の1人として、ギルモア氏に申し訳なく思う)。参加型ジャーナリズムとマスメディアとの関係のあり方やマスメディアの将来、ネットでの議論のあり方など、ブログまわりの議論にふれていれば、だいたいどこかで出会ったことのあるようなコメントが多かったように思う。

では有益ではなかったのか。とんでもない。とても有益だった。

なぜか。

まず、「日本にいる私たちは、アメリカに比べて、それほど遅れてもいないし、ずれてもいない」ということがわかった。ギルモア氏が運営している「Bayosphere」では、有効なメールアドレスを登録しないとコメントできず、基本的に実名主義なのだそうだが、それって日本でもいくつかのサイトで見られる方式だ。聞けばアメリカのブログもよく「炎上」するのだそうで、建設的な議論をするためにこのようにしたらしい。つまり、いろいろちがいや遅れているところもあるのだろうが、おおまかには日本の状況は、アメリカとそれほど変わらないということではないか。

思えば、パソコン通信、2ちゃんねるなど、私たちにもネットでどうコミュニケーションするかについての「長い経験」がある。ネットの中で起きるべきできごとの大半を、私たちはすでに経験しているということなのだろう。

もうひとつ、議論の中で気づいたのは、ギルモア氏のメディアに対する「自然体の」態度だ。メディアとしてのブログを過大評価せず、マスメディアを特別視しない考え方、ということになろうか。日本のジャーナリズムは、どうも自分たちの仕事をいたずらに聖域化したがる傾向にあり、ブログのような新しいメディアに対してやや過剰反応しすぎなのではないか。

また一方で、ジャーナリストの中には、既存マスメディアへの失望やあせりからか、必要以上に攻撃的になったり、その将来に危機感を煽ったりする人もいるように思う。別に湯川氏がそうだというのではないが、印象的な対比があった。既存マスメディアをさすことばとして、湯川氏が「legacy media」ということばをしばしばキーワードのように使っていたのに対し、ギルモア氏は一貫して「mainstream media」ということばを使っていた。この差は重要だと思う。「legacy」という言い方は「古臭い、本来淘汰されるべきものが残ってしまっている」というニュアンスをもっているように思うが、「mainstream」という言い方は、今後もマスメディアが社会に果たすべき役割は変わらない、という見方を反映している。

マスメディアが「mainstream」であることと、マスメディアでないブログのようなメディアが育つこととは、おそらく相容れないものではない。どちらもそれぞれの役割をもっている。もちろん、既存マスメディア企業にとっては、これまでのビジネスモデルに変革を迫られたりするだろうし、それによって企業経営や事業規模にも影響があるかもしれない。それは個々のジャーナリストにとってはそれなりの脅威かもしれない。しかしそのことを、メディアのあるべき姿の議論にからめてしまってはいけない。そんなところだろうか。

その意味で、一番必要なのは、ジャーナリズム論を等身大の目線で考え直すことなのかもしれない。私はその分野は素人なのだが、今の議論はどうも「ジャーナリズム道」っぽくて堅苦しい。それがメディア企業ないしそこで働く人々の「聖域化」のために使われているのでは、とまで書くとちょっと意地悪すぎだろうか。きっとギルモア氏のような存在は、アメリカのジャーナリズムの中でも「異端児」なのではないかと想像する。その意味でも日本とアメリカはそれほど離れていないのだろう。日本のジャーナリストの皆さんがギルモア氏のように肩の力の抜けた自然体でジャーナリズムを語るようになったり、新しいやり方を試してみたりするようになったら、少しは状況は変わるだろうし、ひょっとしたらその部分ではアメリカを追い越せるかもしれない。甘いだろうか?

|

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7022/6138265

Listed below are links to weblogs that reference 「legacy」か「main stream」か:

» ダン・ギルモア来日:草の根ジャーナリズムの未来 [渡辺聡・情報化社会の航海図]
先にもお知らせの通り、米国で草の根パブリックジャーナリズムを引っ張っているダン・ギルモア氏が来日に際し「日本のBloggerと是非コミュニケーションを取る場が欲しい」との趣旨で、時事通信の湯川鶴章氏やFPN主催で開催されたBlogger's meetingに参加してきた。会場メモの速報エントリについてはこちらを。     彼の見るジャーナリズムの行く末 終了後の懇親会で米国人の方と話をしていたテーマになるのだが、米国では政治過程では旧来のメディアと合わせて大事な存在にBlogがなりつつある。その中で... [Read More]

Tracked on September 27, 2005 at 01:16 PM

» ダン・ギルモア氏のミーティングに行ってきた。(1/2) [スポンタ中村のブログコラム]
銀座のマックショップの会場で、久しぶりにKNNの神田さんにお会いした。顔に傷もなく、普段通りに歩かれている神田さんを懐かしく思った。PJ記者と会うのは久しぶり。たかだか数ヶ月前に会ったはずなのに、とても昔な感じがする。 ☆ さて、アメリカの有名なブロガーで...... [Read More]

Tracked on September 27, 2005 at 02:05 PM

» What is the definition of "Journalism"? [Jun Seita's Web]
joi.ito.comのエントリーで知って、Dan Gillmor(ダン ギルモ... [Read More]

Tracked on September 27, 2005 at 08:09 PM

» 「ダン・ギルモア氏を囲んで」イベントレポート集 [ニュースコミュニティ - FPN]
 月曜日に開催されましたダン・ギルモア氏のイベントは、有志による開催にも関わらず80名近い方に参加いただくことができました。  ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。  また、多忙な中時間を割いていただいたダンさん及びご協力いただいた皆様にこ...... [Read More]

Tracked on September 28, 2005 at 08:27 AM

» ダン・ギルモア氏を囲む会に参加して [湯川鶴章のIT潮流]
オーガナイザーの一人としては、ダンと話せたこともうれしいんだけど、それと同じくらい多くのブロガーとお会いできたのがうれしかった。特にまだお会いしたことのなかった著名ブロガーと話できて非常にうれしかった。... [Read More]

Tracked on September 28, 2005 at 09:10 AM

» ブログについて考える勉強会 [ちょーちょーちょーいい感じ]
今日はこんなイベントに参加してきました。 「米国で参加型ジャーナリズム研究の第一人者で、自ら参加型ジャーナリズムのベンチャー事業を立ち上げたダン・ギルモア氏が、『ブログ 世界を変える個人メディア』(平和博・訳 朝日新聞社)の日本刊行に際し来日します。ギル..... [Read More]

Tracked on September 28, 2005 at 10:01 AM

» 誰だってジャーナリスト~プロだけのものではない [ブログ時評]
 素人が参加するジャーナリズムについて最近、ブログの上で読むのが大変なぐらい長くて、熱い議論が交わされてきました。そんなに難しいことかいな、シンプルな話ではないか、と私は思っています。基本は「誰だってジャーナリスト」なのです。マスコミュニケーションという現象と、ジャーナリズムという理念をごっちゃにしているから、何について話しているのか錯綜して通じなくなるのです。  親サイトにある第150回「ネットと既成とジャーナリズム横断」の前半部に書いた通り、ジャーナリズムとは「隠されがちな事実を伝え、見え... [Read More]

Tracked on September 28, 2005 at 10:23 PM

» 「ブログ 世界を変える個人メディア」の著者 ダン・ギルモア氏講演会に参加 [くりおね あくえりあむ]
「ブログ 世界を変える個人メディア」の著者であるダン・ギルモア氏が先日来日し、その際にFPN主催で開催された「米国の参加型ジャーナリズム=ダン・ギルモア氏を囲ん [Read More]

Tracked on September 28, 2005 at 11:22 PM

» ダン・ギルモア氏の言葉に耳を傾けよう [Hardcoded]
もはや旧聞になってしまうが、「週刊!木村剛」でも取り上げられている2ちゃんねる最高裁判決の件。 「2ちゃんねる」管理者への賠償命令が確定・最高裁決定 - NIKKEI NET IT-PLUS インターネッ上の掲示板「2ちゃんねる」の書き込みで名誉を傷付けられたのに削除されなかったとして、東京都内の動物病院と経営者が、掲示板管理者の西村博之氏に損害賠償などを求めた訴訟の上告審で、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は7日、書き込み削除と 400 万円の支払いを命じた1、2審判決を支持、西村氏側の上告を退... [Read More]

Tracked on October 12, 2005 at 10:51 PM

Comments

こんにちは。
私はイベに参加できませんでしたが、エントリを拝見し、その様子をとてもよくうかがい知ることができました。
私は、例えば木村剛氏といったあたりが、TV や新聞などの「legacy media」と blog とが対峙するという主張を繰り返していたことにかねがね違和感を感じていたのですが、ダン・ギルモア氏の意見は、その違和感を払拭してくれるような気がしました。
まあ、深謀遠慮を経ずとも、「legacy media」あるいは blog とて、それぞれが単なる手段ないしは technology に過ぎないのは明白であり、それらは社会的に十分に並存可能であるし、あるいは相互に補完し合う役割を担うこともあるのだな、というふうに感じました。
私としては、とくに自身の言説を担保することを推奨・歓迎するような「エセ・市民ジャーナリズム」を煽るといった一部に見られる傾向には気をつけねばならないな、と思います。批判精神を失ったマンセー blog ばかりでは「legacy media」と比肩することすらおこがましいですからね。

Posted by: McDMaster(マナル店長) | September 30, 2005 at 08:34 AM

McDMasterさん、コメントありがとうございます。
ためにする議論がよくないのはどこでも同じですね。それに、世の中そう単純にはできてないですから、○か×かという二元論はけっこうつらい場合も多いです。固有名詞はともあれ、たくさん出回っている情報もよく吟味しないといけないのはその通りだと思います。

Posted by: 山口 浩 | September 30, 2005 at 05:48 PM

Post a comment