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October 04, 2005

ゲーム内経済学(特別編):「Virtual Property」

Fairfield, Joshua A.T. (2005). "Virtual Property." working paper, Indiana University of Law, Bloomington.

「ゲーム内経済学」シリーズの特別編。最近「Terra Nova」でも話題になったFairfieldの仮想資産の法学的分析に関する最新論文を斜め読み。

Joshua A.T. Fairfieldは、インディアナ大学の准教授。たしかTed Castronovaのいるところだ。

最初にことわっておくが、「法律」の論文ではない。つまり、○○法第○条の規定に基づきとか、○○年の最高裁判例によりとか、そういう(いっちゃ悪いが)みみっちい話ではないのだ。人間社会のルールとしての「法」はどうあるべきかとか、変化する技術や社会に対応して今後どんな法が必要かとか、そういう「高邁」なテーマを論じている。オンラインゲーム内の資産も分析対象だが、必ずしもそれに限らず、コンピュータネットワーク内で「資産」になぞらえて考えるべきすべてのものを対象としている。その意味でも「高邁」だ。

法学の論文なのだが、そのアプローチは経済学的だ。日本では「法と経済学」でしかみないやり方だが、ある法がどうあるべきかとか、どんな法があるべきかなんかをまじめに考えようと思ったら、こういうふうにそのメリットとデメリットをきちんと比較するスキームが必要なはずだ、とヘタレ法学部卒業生として思ったりする。専門家の方、反論はあろうが、それはここでは本題ではないのでそこんとこよろしく。

とりあえず概要を丸写し。

"This article explores three new concepts in property law. First, the article defines an emerging property form - virtual property - which is not intellectual property, but that more efficiently governs rivalrous, persistent, and interconnected online resources. Second, the article demonstrates that the threat to high value uses of internet resources is not the traditional tragedy of the commons that results in overuse. Rather, the naturally layered nature of the internet leads to overlapping rights of exclusion that cause underuse of internet resources: a tragedy of the anticommons. And finally, the article shows that the common law of property can act to limit the costs of this internet anticommons."

本論文が提示する新しい考え方が3つ。

(1)仮想資産(virtual property)
コンピュータ・コードは一般的に「知的資産」に属するものであるが、それとは別に「仮想資産」と呼ばれるカテゴリが存在する(知的資産でもある仮想資産もあるだろうが)。その性質は3つ。知的資産はきわめて低コストで複製可能で、したがって1つのものを多数の人が使ってもまったく問題はない(知的財産権が保護されていれば)。しかし仮想資産は複製を許さないし、1つのものを複数の人が同時に使うこともできない(①rivalrousness)。具体例にはURL、Eメールアドレスなんかも含まれる。論文には銀行口座もその(おそらく最初の)例と書かれているが、それよりも電子マネーのほうがイメージにぴったりだと思う。

これらはその保有者にとって重要な価値を持ち、それがゆえにサービス提供者の都合なんかで勝手になくされては困る(②persistence)。で、その価値は他者とのつながりの中でこそ意味を持つ(③interconnectibity)。MMOPRGのゲーム内資産は、それら仮想資産の「より高度に発達した形態」と位置づけられている。現実の一部の要素を切り取ったのが仮想世界であるとすれば、より現実(つまりテキストや抽象的な図形や2Dグラフィックでなく3Dの、ということ)に近いもののほうが「高度」だからだ。

(2)アンチコモンズの悲劇(tragedy of anticommons)
ネットワーク理論関係の方にはすでによく知られていると思うが、「アンチコモンズ(反共有地、とでも訳すんだろうか)の悲劇」は、権利が重なっているがゆえに濫用される「共有地の悲劇」とは逆で、資産に関する権利が錯綜することによって利用が阻害される、という話だ。仮想資産なるものの存在を認めるという考え方は、歴史を振り返れば共有地の「囲い込み運動」に相当する。個人の「所有」を認めることによって、不利益をこうむる者が一部に現れるかもしれないが、「資産」の利用そのものは効率化され、結果として「社会」全体の厚生は高まるという発想だ。

(3)アンチコモンズを制約するための「法」
上記のアンチコモンズがもたらすコストを制約するために、法の枠組みを使おうというもの。インターネットは階層構造をもっている。最下層はコンピュータとケーブル。その上にコンピュータ間の通信を可能にするトランスファ・プロトコル、その上にウェブサイトや仮想世界をかたちづくるベーシック・コード、その上にそのウェブサイトや仮想世界の内容である知的資産、そのまた上にユーザの作り出す仮想資産。仮想資産は、他人のやったものの上に載っているがゆえに、反コモンズ問題に対して脆弱だ。だからこそ法による保護が必要となる。

「法律家」的な発想だと、仮想資産なるものは、基本的に認められないだろう。現に存在する法律で考えれば、ゲーム内資産ならゲーム会社、Eメールアドレスならプロバイダが、ユーザとの契約に基づいて使用させているサービスの一部にすぎない。したがってそれは「契約」の問題であり、「財産権」などとはちがう、ということになる。この点に関しては、この論文からの引用をもって回答とする。

"Technology is an engine of change in the law of property. . . (P)roperty rights develop to internalize externalities when the gains of internalization become larger than the cost of internalization. As new technology develops, and new markets open, changes in property law alter those rights that are poorly attuned to the new markets."

法は、社会や技術によって制約を受けるのと同じ意味で、社会や技術の変化に対応して変わっていく。たとえば「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」なんていう法律がある。この法律は2000年に制定されたわけだが、それまでなぜなかったかといえば、それまで技術や必要性がなかったからで、それが制定されたのは、大深度地下を利用する必要性、利用するためのコスト、利用を認めないことの社会的コストなんかについて、社会や技術の変化があったからだ。

インターネット内の仮想世界は、私たちにとっての重要性を増しつつある。将来はもっとそうなるだろう。重要になるにつれ、法による保護がより望ましくなるかもしれない。もちろんちがう意見もありうる。要するに、これまでの法律に必ずしもとらわれず、議論をしていくべきなのだ。アメリカのアカデミズムはここまできている。日本はどうか。

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Comments

あれ?法学部卒だったのですか?

この視点は至極賛成です。

>ある法がどうあるべきかとか、どんな法があるべきかなんかをまじめに考えようと思ったら、こういうふうにそのメリットとデメリットをきちんと比較するスキームが必要なはずだ、とヘタレ法学部卒業生として思ったりする。

Posted by: SW | October 04, 2005 10:26 AM

仮想資産という考え方は面白いですね。
たしかに日本の法学のテーブル(卓、という意味です)においては、こと経済活動を左右することのある各種法規については法の運用テクニックが云々されることは常態的にあるとしても、その法規がそもそもケーザイ的にどういう意義を持つか、ということの論じられる局面が少なかったように思われます。
そういう意味では、ごく一部に見られる、独禁法の運用はケーザイ活動を著しく阻害するものであってはならず、市場原則にのっとった正常な競争活動がなされるべきという主張には賛成を唱えたいものです。

Posted by: McDMaster(マナル店長) | October 06, 2005 09:15 AM

McDMasterさん、コメントありがとうございます。
法律の専門家の方は、かなり頻繁に利益の比較をやっているのですが、その根拠とか判断基準とかがあいまいなことがけっこうあるように思います。
もっと学際的なアプローチが必要なのでは、と思ったりするのですが、なかなか実際にはたいへんそうですね。

Posted by: 山口 浩 | October 07, 2005 07:05 PM

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