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November 24, 2005

要するに何が問題かわかってないってことだな

2005年11月13日付のFinancial Timesに、MMORPGのRMTに関する記事が出ていた。「ARTS」のコーナーの「When worlds collide」(有料)というタイトルの記事だ。

要するに、この記事を書いた人は、何が問題かわかってないってことだな。

記事は、Everquest IIでアイテムの不正な複製を作ってRMTで販売し大もうけした人の話、RMTとゲーム内資産の帰属に関する議論(Fairfieldの「仮想資産」に関する議論も紹介されている)、この記事の筆者自身がゲームを「引退」した際の経験などがとりあげられている。一応客観的な体裁をとっているのだが、最初に、そして最も大きく不正複製問題を取り上げているせいか、どうも問題の本質が「倫理」にあるという印象を与えるような書きぶりになっている。その論調は記事のサブタイトルにもあらわれている:

"Online role-play games have become a popular art form. But when virtual opportunities are seized to make a lot of real money, important moral and legal questions are raised, says Mark Tuner"

「ゲーム世界のアイテムや通貨が現実世界における価値を持つようになったとき、倫理的・法的問題が」というわけだが、記事をふつうに読んでいくと、「現実世界における価値を持つ」ことが問題の根源であるかのような印象を与えるしかけになっている。おそらく、書き手自身がそう思っているのだろう。Castronovaから「This is terra nova; a lot of these phenomena are frontier phenomena.」なんてコメントを得てはいるのだが、すぐさま問題があるのではないかという議論を持ち出して、前向きな印象を与えないようになっている。

オールドメディアの代表格、しかもFTじゃ、これが限界ってことかな。

というわけで、不肖私メも少しだけ考えてみる。

まず、アイテム不正複製の問題を議論から切り離さないと。これは現実、仮想どちらの世界においても許容されない行為だ。現実世界の目からみれば、これはデジタルコンテンツの不正複製という著作権侵害であり、おそらくはゲームの規約にも違反している。確信はないが日本の場合だと不正アクセスにもあたるのではないか。仮想世界においても、不正なアイテムの複製は「ずる」であり、ゲームバランスを大きく乱す行為だ。この種の行為は、たとえゲーム世界における通貨やアイテムが現実世界において価値を持っていないふつうのゲームでも起こりうる。よく「裏ワザ」と呼ばれるアレだが、たとえ現実世界の価値とはまったく関係なくても、そういうズルはよろしくない。

不正複製の問題に関していうと、おそらく問題の本質は、ゲームにおけるセキュリティをどこまで追求すべきかという点に帰着するのではないかと思う。たとえばインターネットバンキングにおいては、振込データを偽造されないようかなり厳重な(それでも不充分だという話もあるが、ゲームよりははるかにましだ)セキュリティ機能をもっているわけだが、ゲームにおいても同様とはいわないまでもそれなりの努力をしなければならない時代に入りつつある、ということではないか。

で、不正複製の問題を切り離したわけだが、ゲーム経済が現実の価値を持ちつつあるという「本来」の論点について考える際、さらに倫理的問題を切り離しておく必要がある。あるゲームでは望ましい行為が別のゲームでは許容されないことはよくある。何を倫理と考えるかは人それぞれ、ゲームによりけりで、「私はどうするべきか」ならともかく、「私たちはすべからくこうすべきだ」という一般論はできない。というわけで、もし共通の縛りを持ちたければ、理念上の「べき」論である倫理ではなく、enforcementまでを視野に入れた「実用のルール」に落とし込んで考えていく必要がある。

「実用のルール」として次に出てくるのが「法」であるわけだが、これもややおおげさな気がする。Fairfieldの仮想資産の理論は、現実の法体系の中に位置づけるまでにはかなりの議論を要しようし、他の分野にもまたがる問題だから、議論をゲーム業界やゲームプレーヤーだけに押し付けるわけにはいかない。法は当事者の意思に関わりなく適用されるルールだから、それなりに強い根拠を必要とする。現段階でそこまで必要な状況だという認識は、まだ共有されるに至っていない。

とすれば、FTの記事が取り上げた問題は、記事ではふれていないが、合意した当事者同士、つまりゲーム会社とユーザーとの間の契約関係で扱うべきものということになる。1対多となるこの種の契約は約款のようなものだろうから、主にゲーム会社が、そのビジネスのためにどんな契約スキームを用意するかという問題だ。ユーザー同士がアイテムを現金で取引する行為を是認するかどうかは、実も蓋もない表現をすればゲーム会社にとって顧客満足度を高めるための商品戦略の一部であり、善悪の問題ではない。

もちろん、未成年者によるRMTに関しては、主に教育的配慮からの問題が別途生じうるが、それはRMT自体の善悪の問題ではない。たとえていえば喫煙のようなもので、未成年者の喫煙が問題だとしても、それが成年者の喫煙の是非問題にはつながらないのと同じだ。教育上必要があるなら、タバコ販売におけるさまざまな対策と同様、未成年者と成年者を切り分けたり、SOEのようにRMTを許容するユーザーと許容しないユーザーとで切り分けたりするシステム的対応が求められることになろう。

要するにFTの記事は、これらのさまざまな側面をいっしょくたにして論じているわけで、だから最も関心をひきやすい「倫理的に問題が」みたいな話で論調が印象づけられてしまうのだ。「ゲーム脳」の話でもそうだったが、世の中にはゲームのせいにして責任を逃れたい人々がたくさんいるのではないか。そういう動きにつけこまれないよう、よく考え、情報発信し、必要な対策をとっていく必要があると思う。

※2005/11/24追記
伊藤悠さんのサイトに「MMORPGと犯罪と労働と魂」という文章がある。この方は先日の東大ゲーム研究プロジェクトの研究会で私が話をした際にもご出席をいただいて、質問で「MMORPGにおける『阻害されない労働』」というお話をされてたいへん面白く聞いたのだが、それをきちんと書いた文章がこれ、ということらしい(こういう見方もあるのか!と新鮮だった。ご興味のある方はぜひ。)。

この方のお考えは、私とはちがう。ゲーム世界は現実世界と接点を持つべきではない、ということだ。私は、この考えを最大限尊重する。そう考える人は、そう扱われるべきだ。そして同時に、FTの記事に紹介されていたあるプレーヤーの「I have limited playtime. I'm in my 30s, I work, I make good real-life money. This is much more valuable to me in real life than money because it is a finite resource. I don't want to spend that time farming . . . but playing and having fun instead.」という発言に代表される考え方も、尊重されるべきだと思う。

従来型のMMORPGは、この後者のニーズに対してまじめに対応してこなかった。それは「少しでも長く契約期間を引き延ばして多くの月額利用料を得よう」というゲーム会社のビジネス上の戦略があったからだ。プレーヤーには、少なくとも上記の2つのタイプがある。このうち片方のみのニーズに対応すると決めるならそれもよし。そういうゲームシステムを作り、そういう運営のしかたをすればいい。ルール違反に対する強制力ももちろん備えたうえで。しかしもし両者に対して応えようとするなら、それなりの対応が必要になる。共存か切り分けか、その手法は。そういう配慮は、ゲームビジネスに関わる企業としての立場からはゲーム会社の戦略の問題であり、「仮想世界の政府」としての立場からは統治の方針ということになる。いずれにせよ、アイテム課金を導入したり、特定のサーバでRMTを公認したりといった動きはすべて、相反する嗜好を同時に満足させようとする運営者の努力のあらわれだと思う。現実は、理想どおりにはいかない。「理想」が人によって異なるからだ。だから、現実にあるシステムを運営するということは、そうしたジレンマの中から妥協点を見出す努力を続けることに他ならない。現実世界がそうであるように、MMORPGも仮想「世界」である以上、この点から逃れることはできないと思う。

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このサイトの文章は、すばらしいと思う。まじで。RMTマンセーとかいってるバアイじゃない。山口さん友達になってください。深いです。。。。研究会にも出席したいくらいでつ!リネージュとリネージュ2については詳しいですよ!!!あーぼくも仲間にいれてーーーーーq(...... [Read More]

Tracked on December 07, 2005 03:29 PM

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