MBA進学を阻むもの
前に書いたRIETIのBBLセミナーに行ってきた。シカゴ大学社会学部教授でRIETI客員研究員の山口一男氏による「女性の労働力参加と出生率の真の関係:OECD諸国の分析」だ。たいへん面白かったのだが、直接参照する場合はまずRIETIに了解をとれというポリシーだそうなので、この件についてはまた別の機会に。
聞きながら、まったく関係ないことを連想してしまった。
少子化の対策としてよく挙げられるものの中には、育児休業制度や給付の充実などのほか、一時退職した場合のキャリアパス面での制約の除去とか、業務より家庭を優先することへの周囲の理解などがある。こういう、しばしばちょっとしたことととらえられがちな要素が、女性に結婚をためらわせたり、男性に家事参加を躊躇させたりする、というわけだ。
で、連想したことというのは、ここに出てきたキャリアパス面の配慮や周囲の理解という要素が、社会人がビジネススクールなどでもう一度勉強したいと思った場合にも重要な要因だな、ということだ。就職して数年働いた後、ビジネススクールに行って勉強しなおしたいと思う人は少なくない。しかし、想像だが、実際に行く人より数倍多い人が、行きたいと思いながら諸般の事情であきらめているのではないか。
なぜあきらめるか。
最大の問題はキャリアパスが途切れてしまうことだろう。留学のために会社を辞めれば、同じ職に再び復帰することは事実上非常に困難だ。口ばかり達者になって使いづらいと敬遠されるケースもあれば、下手をすれば2年間遊んできたとみなされてしまうことすらある。とにかく、多くの人にとって、留学によってキャリアパスは重大なダメージを受けるのだ。以前は会社派遣の留学というのもよくあったが、最近はあまりはやらないらしいし。だから今では夜間と土曜に授業を行う社会人向け大学院が増えている。交通至便なサテライトキャンパスで文字通りの「駅前留学」。それはそれで悪くはないのだが、学校という場所はある程度自由になる時間があって、無駄なことも含めていろいろやってみる機会を持つことによって、その教育効果が大きく高まる部分がある。その意味では、やはり可能ならばパートタイムよりフルタイムのほうがいい。
社会人大学院に入ったとしても、仕事と勉強の両立はかなり大変だ。睡眠時間を削り、自由時間をつぶしてなんとか帳尻を合わせられればよし。その時間もとれずに留年から退学に至る人も少なからずいる。理解のある職場ばかりではない。社会人大学院を娯楽やら趣味やらの類だと思っている人が少なくないし、そうでなくても、結局仕事には役立たないと言って評価しない人も多い。無事修了できてもなんら評価されず仕事も変わらないケースもたくさんある。そういう中でモチベーションを保ち続けるのはとてもたいへんだと思う。
こういうのって、どうも、女性が結婚・出産を敬遠する事情と似ていないか。
で、思ったのだが、女性が結婚・出産をしやすい社会というのは、男女問わず社会人が大学院に行きやすい社会と共通性が高いのではないか。とすると、少子高齢化対策としてキャリアパスの問題や職場の理解の問題へのなんらかの対策が打たれれば、それはビジネススクール等への留学を考える社会人たちにとっても有益かもしれない。男性の皆さんも、そう思えば他人事じゃなくなってくるのでは?だめ?
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Comments
キャリアパスという意味では、同じ会社に戻るということばかり考えなくても良いと思うのですが。
もし日本が転職当たり前の社会ならば、出産にせよ社会人入学にせよ、終わった後に再就職するのは難しくないはずです。(大学院で企業が求めるものを学んでるならなおのことですね)
だから、山口さんが指摘していることは、日本が転職が難しい社会である事とも関係しているのではないでしょうか?
Posted by: Baatarism | December 23, 2005 11:54 AM
Baatarismさん、コメントありがとうございます。
ご指摘のとおりです。ちゃんと書かなかったのはミスですね。すいません。最近はだいぶ変わってきていますいますが、現在でもまだ日本の転職市場はかなり閉鎖的です。特に伝統的な産業、歴史のある会社ではその傾向が強いと思います。
Posted by: 山口 浩 | December 23, 2005 12:08 PM
こんにちは。リンクにありますブログを書いておりますふじたと申します。
転職経験者の私から言えば、そもそも転職を介してキャリアアップを図れる例は僅少に過ぎないのが現実で、私もそうでしたが、おおよそいちからのスタートを強いられます。
そこに社会人学習ないしは留学というビジネス上のブランクがあったとすれば、より大きな障壁となるであろうことは想像に難くないです。じっさい、私も社会人大学院を目指した時期があったのですが、そういう諸々の事情を考えて諦めたという経緯があります。
私は、そういう状況を解決する手段の一つに遠隔教育もしくは e-Learning があると捉えています。ですが、これとてやってみないことには何とも言えませんので、利いたふうなことは言わないようにと考えています。
Posted by: ふじたやすし | December 25, 2005 09:40 AM
ふじたやすしさん、コメントありがとうございます。
社会人の留学が転職の障壁になるというのはどうにも納得がいかないんです。じゃあ何の役に立つんだといわれると困るんですが、役に立ってる部分がいっぱいあるという自覚はあります。大学院出の経営者がたくさん出てくると変わると思っていましたが、まだまだですねぇ。
Posted by: 山口 浩 | December 25, 2005 10:41 PM
考えるところの多いエントリーでした。個人的には、学位(文系)や資格がキャリアパス(キャリアアップ)に関係してくるのはもう少し先だと思っていますが、雇用の流動化は少しずつですが進んでおり、じわじわと変化するのではないでしょうか。
結局のところ、雇用が流動化したり、評価制度が導入されると、「多くの人が見て納得できる理由」なるものを探すことが予想され、学位や資格は、その代表なのではないかと思われます。
そうすると、理系の学位のように「少なくとも修士までは」となり、現役で学位を持たない人は「持っていないんだ」となり、結局必要に迫られて取っていく。そんな姿になるのではないでしょうか。ボンヤリとですが…
Posted by: ガ島通信 | December 28, 2005 11:56 AM
ガ島通信さん、コメントありがとうございます。
日本のMBA「第一世代」は、そろそろ上場企業の経営者層に届く年代かと思います。20年前、このぐらいになれば世の中は変わるのでは、と思ったのですが、まだなかなか、といった感じなので、ちょっと失望感を味わったりしています。もう少したつと変わるのかなぁ。それとも、そもそもMBA自体がもう時代遅れだったりするんだろうか?
Posted by: 山口 浩 | December 28, 2005 12:42 PM