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December 07, 2005

テクノロジーは幸福をもたらすか

Hot Wired Japanに「テクノロジーは幸福をもたらすか」という記事があった。まあ、よくある類のやつだ。

で、私も考えてみた。テクノロジーがなかったらもっと幸福になるだろうか、と。

Wiredの記事は、1850年ごろのアメリカをイメージして、手紙のやり取りに数ヶ月もかかった時代を「懐かしく」描き出している。古きよき時代、というわけだ。

しかし、昔の状態は、あこがれの対象になるようなうらやましいものばかりではない。あまり長々と書くのも何なので、とりあえず、平均寿命についてふれる。以後は日本を対象とするのでアメリカとはちがうが、まあそれほど筋ちがいではないと思う。まずは日本人の平均寿命の推移から。


  男性女性
明治24~31年42.8044.30
明治42~大正244.2544.73
大正10~14年42.0643.20
昭和10~11年46.9249.63
2250.0653.96
3063.6067.75
4067.7472.92
5071.7376.89
6074.7880.48
平成2年75.9281.90
376.1182.11
476.0982.22
576.2582.51
676.5782.98
776.3682.84
877.0183.59
977.1983.82
1077.1684.01
1177.1083.99
1277.7284.60
1378.0784.93
1478.3285.23
1578.3685.33

資料: 厚生労働省「完全生命表」、「簡易生命表」(データ更新日:2005年11/14)

明治時代で40代半ば。これより前はというと、1600年ごろで約30歳前後、だそうだ。といってもこれは、乳幼児あるいは若年のうちに死亡する者が多かったからで、それを超えると50歳を超える人も少なくない、ということらしい(このあたりを参考)。ちなみに縄文人の平均寿命は15歳ぐらいだったらしい。要するにだ。今と比べると、かなり多くの人々が若いうちに死んでいた、ということだ。理由はいろいろあろう。戦争や疫病、飢饉。そういうカタストロフィックなものでなくとも、出産にまつわる妊婦の死亡や乳幼児の死亡はかなりの割合を占めていた。病気や栄養失調、ちょっとした事故や犯罪もあった。今では想像もつかないくらい多くの割合の人々が死んでいたのだ。

平均寿命の延びがなぜ生じたか。歴史学が専門ではないので自信があるわけではないが、たぶんまちがいないと思う。最も大きな要素はおそらく技術革新だ。農業技術の向上による収穫の向上や安定、医学知識の普及。こうしたものが生活水準を向上させ、人々により長く生きることを可能にした。

Wiredの記事に戻って、別のストーリーを書いてみる。

ゴールドラッシュの1850年代初め、あなたは東部のコネチカット州グリニッチに住んでいるとしよう。兄は数年前に家を出て、幸運を求めてカリフォルニア州に金鉱掘りに行った。
あなたは羽根ペンを手に取り、羊皮紙(あるいは、この頃には紙も出回ってはいるが、木材パルプが混じってでこぼこの紙)に兄あての手紙を書く。
ポニーを乗り継ぐ速達便はまだ存在しないし(最初の便がミズーリ州セントジョーゼフを出発したのは1860年4月)、電報が実用的になるのは1861年の後半だ。あなたの書いた手紙は、当時の普通の手段――南米大陸南端のホーン岬をまわる帆船――で配達される。コネチカット州ミスティック港を出た船は、途中で荒海に飲まれたり、ホーン岬に近いフエゴ島の沖で沈没したりしなければ、約3ヵ月でサンフランシスコ港にたどりつく。
しかしこの手紙があなたの兄の目にふれることはなかった。猛暑の中で働き続けた兄は、熱射病に倒れ、手紙が届く直前、手当てのかいなく亡くなってしまっていたのだ。当時は熱射病に対して食塩の補給が必要であるという知識はなかった。兄の同僚が、あなたに向けて知らせの手紙を書く。それはあなたの手紙がたどったのと逆のルートをたどり、約3ヶ月かけてグリニッチに届いた。
あなたはその手紙を、ベッドの上で受け取る。結核が発症し、あなたの体を着実に蝕んでいる。この当時、結核は不治の病だった。医療保険もなく、満足な療養費を払える状況ではない。あなたはただ死を待つだけの存在となってしまった。
あなたの母は、あなたの弟になるはずだった赤ん坊を出産した際、赤ん坊と共に命を落とした。22歳だった。あなたの父も炭鉱での重労働がたたって病の身となり、45歳にしてもはや働くことはできない。あなたの兄は24歳で死んだ。あなたは22歳で死の床にある。あなたはつぶやく。ああ、熱射病の治療法があれば。結核の薬があれば。もっと早く兄のことを知ることができたら。もっと長く生きることができたら。でもしかたがない。これが当時の最先端の技術なのだ。

正確さを追求したものではないので、細部のいろいろは無視していただきたい。いいたいのは、私たちの今ある状態は、テクノロジーによって不幸になった部分もあるだろうが、その前提としてテクノロジーによって大幅に幸福を増しているということだ。記事は「現代は世界中が不機嫌になっている」と嘆くが、過去は世界中が悲しみの涙に満ちていた。のどかに思われる生活は、その涙の上に成り立っていたものだ。

テクノロジーの恩恵から目をそむけ、その弊害だけを思い浮かべて過去をうらやむ人は、過去がディズニーランド内のウェスタンランドのようであったとでも思っているのだろうか。乳幼児の数人に1人が最初の誕生日を迎えられない状況を「人間的」と呼ぶなら話は別だが。このような状況は、今でもアフリカの貧困国では当たり前に存在する。これらの国々のそうした人々を「人間的な生活」を送っているとうらやむのか?

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Comments

要はこの記事って、「水は低きに流れるから、チャットで話せるようになったらみんなそれ使って横になったまま口使わないで話すふうになるけど、そのせいでリアルコミュニケーションの濃密さが失われてるんじゃね?チャットとリアルの喋りとは、質的に結構ちがわね?違うとして、あんたはこの技術をどう評価するよ?俺は、実は、このテクノロジーって、なくてもあんま困らねーと思うよ。つか、ないほうがいいと思う。」
・・・ってことでしょ。
こういう話になると、きまって医療の話をするヒトがいますけど、それとアマゾンで本を買うのはつまんねーって話とは関係なくないっすか。

Posted by: gin | December 08, 2005 04:10 PM

ginさん、コメントありがとうございます。
なるほど、例が悪かったですね。ほぼ同じことが情報技術についてもいえますので趣旨はおわかりいただけると思いますが、テクノロジーの弊害を考えるときには、同じテクノロジーがどんな恩恵をもたらしているかをいっしょに考えたほうがいいぞ、ということです。
ネットを介したコミュニケーションは「リアル」ではありませんが、それが可能にしたものは大きいと思います。早い話、この元記事だって、ネットの技術がなければ公表できなかったわけだし、著者も原稿料を得ることはできなかったでしょうからね。手紙が届くのに3ヶ月かかるということは、現在行われているコミュニケーションのかなりの部分がそもそも不可能だということです。コミュニケーションできなかったために親の死に目にも会えないかもしれませんし、仕事を失うかもしれません。
もちろん、選択肢がないことを幸せと考える人もいるかもしれません。このあたりは個人の考え方次第ですが、選択の余地がない幸せと選択肢があるわずらわしさとを比べるなら、私は迷うことなく後者を選びます。後者には「選択肢を放棄する」という選択肢もあるからです。
元記事の著者がわずらわしいと感じた情報技術にしても、その大半は、本人がそうと決めれば拒否できます。実際にそうしてる人もたくさんいます。この人がそれを拒否しないのはなぜなんでしょう?そんなに情報技術がいやなら、完全な隔離にはなりませんがアーミッシュの村へ移住したら?とお勧めしたいです。
それともう1点。この人が懐かしんでいる過去を象徴する「帆船の帆布と、マストを支えるシュラウド(横静索)」は、それが登場した当時はおそろしいほどのハイテクでした。想像ですが、当時の人は、到着に3ヶ月かかる手紙を「ゆったり」ではなく「せわしない」と感じていたのではないでしょうか。だとすると、人間が「人間的」だった時代というのはいったいいつのことになるんでしょうか。
この元記事を読むと、私はどうしても、金持ちが「金なんかいらないんだよ」と言っているのと同じような嘘くささを感じてしまいます。
感情的な反発から批判的になってしまった部分もあるので、その点ちょっと反省、ですが。
ともあれ、「選択肢がない幸せ」というのは、私の好みではありませんが、そういう考え方がありうるということを改めて認識するいい機会になりました。たいへん参考になりました。

Posted by: 山口 浩 | December 08, 2005 11:06 PM

テクノロジーの恩恵と、それがなかった頃のノスタルジーを必ずしも排他的に取り扱う必要もないのかな、という気がします。
過去はウェスタンランドのようではなかったでしょうが、現在をウェスタンランドのようにすることは(あえて選ぶとすれば)できるはずです。
今はまだ、メールやチャットに振り回されることが多いかもしれませんが、新たなテクノロジーなり使い方の文化なりが普及して、こうした問題も解決してくれるのではないか、というのは楽観的すぎるでしょうか。

Posted by: yakumo_mishima | December 08, 2005 11:45 PM

yakumo_mishimaさん、コメントありがとうございます。
そうですね。テクノロジーの使い方が今よりうまくなって、みんなが今よりハッピーになれたらいいですね。人の考えがさまざまである以上、全員が完全に満足することはないでしょう。皆がそこそこ満足と思う状態は、皆が多少は不満を持つ社会でもあります。にもかかわらず、私たちは今より少しでもよくなるように努力をしていくのでしょうし、していくべきだと思います。ウェスタンランドがいいのかナンジャタウンがいいのか、はたまたスペースワールド(!)がいいのか。おそらくはその全部と、他のいろいろなものが入り混じったわけのわからないもの、なんでしょうね。

Posted by: 山口 浩 | December 09, 2005 02:27 AM

過去を懐かしみ理想化するという傾向は大昔から変わらない人類の性とも言えるのではないでしょうか。人間は都合の悪いことほど早く忘れてしまうという勝手な性質を持っていますし。だから過去がどれだけ問題山積の社会であってもあまり意識に上らないのかもしれません。最近の犯罪報道の傾向にしてもそうで、凶悪犯罪の発生率そのものは現代がとりわけ高いわけでもないのに、滅多やたら煽り立てるところがありますね。現代より過去の方が死亡率が高かったという原因の中にも、戦争や疫病や飢饉以外にも犯罪や事故の比率も実は高かった可能性もあると思いますが、そこらへんを掘り下げたアプローチなどをあまり目にしないのは、「昔より今の方がひどい社会のはずだ!」という思い込みが暗黙の前提になっているせいかもしれません。

Posted by: すなふきん | December 10, 2005 04:05 PM

すなふきんさん、コメントありがとうございます。
過去の悪いことを忘れるのは人間の美徳でもあるんですけどね。だからってなんでも過去のほうがよかったと強弁されてもねぇ、といったところでしょうか。もちろん過去のほうがよかったこともたくさんあるんでしょうが、進歩したがゆえに『許容度」が低くなったせい、というのがあるんでしょうね。

Posted by: 山口 浩 | December 10, 2005 09:53 PM

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