国会には国会のやるべきことがある
マンションやらホテルやらの耐震偽装問題で、件の開発業者の社長に対する証人喚問を衆院国土交通委員会で1月に行うことになったらしい。参議院のほうの国土交通委員会は、関係者6人の参考人質疑を同じく1月に行うと。数日前には「警視庁などが捜査に着手したことを勘案すべきだ」という理由で行わないことにしていたものを、変更したわけだ。
またかといううんざり感が蔓延していて気力がわかないのだが、とりあえず書いてみる。
筋ちがいにもほどがある。
証人喚問は、国会における法案や政治などの議論のために必要な情報を得るためのものだ。悪いことをした人に対する「お灸」でも「取調室」でもないし、政党間の勢力争いの道具でもない。ましてや国会議員が仕事をしているふりをするための口実でもない。それによって有益な情報が得られないなら、時間と金の無駄だ。
件の社長を証人喚問したら、何か情報が出てくるとでも思っているのか。あれだけあちこちで一貫性のないことをしゃべりまくっている社長が、国会の威厳に恐れをなして「真実はこうでございます」と白状するとでも思っているのか。ちょっと前に建築士の証人喚問で40分の持ち時間中33分だか34分だかを自分の演説に充てた議員がいたが、あれは論外としても、実際に証人喚問で何か有益な情報が出てきた例というのを私は不勉強にして知らない(昔、証人喚問の宣誓書にサインしようとして緊張で手が震えてた人がいたが、まああれがせいぜいか)。
国会は、刑事ドラマごっこをやる場ではない。政治をやる場だ。議員の中には弁護士の資格者も警察官出身者もいるかもしれないが、そんなことは関係ない。そもそも当該社長やら建築士やらの責任は、政治が決めることではない。政治が決めるべきなのはルールやら政策やらだ。そういう議論の場に必要なのは、「いつだれがどこで何をしたか」ではなく、「この問題が起きた背景にはこんな構造があって、その原因はこのあたりにありそう」みたいな認識なわけで、それはかなりの部分もうわかっている。「当座の利益に走った業者が設計士に圧力をかけて耐震性の低い建物を設計させザルとなっている建築確認をすりぬけてまんまと消費者に売ったはいいが発覚してしまった」ぐらいの認識があれば充分だ。それが真実であるかどうかではなく、そういうことが起きないためにはどうしたらいいかを議論すればいい。証人喚問をやってるひまがあったら、もっとやるべきことがあるのだ。
たとえば。
建築士にまつわる養成、試験、能力開発、監督のしくみをどうするか。建築確認という制度をどうするか、それに代わるあるいはそれを補完する安全性向上のしくみは。現在ある住宅性能保証制度はなぜ利用率が低いのか。義務付ければ問題は解決するのか。もっと利用しやすくする工夫はないのか。現在すでに発覚している業者以外の業者の設計ないし施工した建物について、どういう制度や対応をしたらよいか。業者に責任をとらせるためのやり方はどうあるべきか。さらには、こうした事件の発生を防ぐためにどんな制度があったらいいか。いっそ構造設計書類の公開を義務付けてしまったらどうか。ほかにもいろいろありうる。個人的には、この問題の根底が「金」にあるのだから、金融が果たすべき役割はもっと大きくていいと思う(実際、果たせると思う)のだが、私の意見はともかく、議論すべきことは多い。
考える際の視点もさまざまある。国民が安全にそして安心して暮らせることは重要だが、そのためにコストが上がって住宅を手に入れることが難しくなってしまうとかえって問題を悪化させるとか、国民が自ら負うべきリスクはどんなもので程度はどのくらいまでが適当なのかとか教育をどうすべきかとか、そもそも耐震性の基準はどの程度であるべきかとか。国の責任を増やせば、それはすぐ国民の負担になってはねかえってくる。何をどう変えても、誰かにメリットになることは、たいてい誰かのデメリットになる。誰のメリットを拡大すべきか、誰に負担を強いるか。その調整こそが政治本来の役割だ。
当然ながら、「業者は責任感をもって」みたいな精神論に出る幕はない。責任感のある業者ならそもそもこういう問題は起きない。責任感のない業者を排除するしくみ、責任感のない業者を見つけ出しやすくするしくみ、責任感のない業者に責任をとらせるためのしくみ、責任感のない業者の被害者となった人々をどう救済・支援するかというしくみ。人の心を直接強制的に変えることはできない。国会は制度や政策を議論する場だ。制度や政策の問題として議論してもらいたい。どうしても業者の自覚を促したいならそのための具体策とその有効性を論じてくれ。
こうした「一般論」ないし「制度論」は裾野が広い。さまざまな意見を聞く必要がある。建築関係の人だけでなく、法律や経済、ひょっとしたら心理学や社会学の専門家だって必要だ。市民の代表(それが誰かという問題はあるが)の意見も聞く必要があるし、海外の制度で参考になるものがあるかどうか知らないが、場合によっては参考になるかもしれない。「誰が悪いか」を決める場ではない。「何をどう変えるべきか」を議論する場だ。
もちろん、まだ明らかになっていない疑惑、特に政治家とかにからむ疑惑があるなら、それを取り上げるという意味で国会の場を使うのもアリだ。どんどんやったらいい。でも、テレビの前でポイントを上げようみたいな質問とか演説をやるために証人喚問を利用するのはぜひやめてもらいたい。時間と金の無駄だという「計算可能な損害」だけでなく、政治に対する国民の期待を裏切り、関心を失わせるという、まさに「priceless」な損害があるからだ。今、国民の政治に対する期待がどの程度なのかよくわからないが、まちがいなく上がる余地も下がる余地もある。ぜひとも上げる方向にもっていってもらいたい。
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Comments
総研の四ヶ所のメモが出てきたのもしらないんですか?
ニュースもろくに見てないのに、偉そうに語るべきじゃないね。
伊藤元国土交通大臣の行動に代表されるように、
森派を中心とした自民党議員との癒着とか、創価学会の存在とか、
バックグラウンドの様々な問題が既に表面化してきている。
そういったことを無視して自論を語ったって無意味。
Posted by: Anonymous | December 24, 2005 01:21 PM
Anonymousさん、コメントありがとうございます。
確かにメモの件がありましたね。ご指摘ありがとうございます。書き方が不適切でした。
ただ、あれが証人喚問を行わなければ発見されなかったのか、国会の場でやるべきことだったのかについては、私は疑問に思っています。国政調査権を警察まがいの目的に使うのは、筋ちがいではないかと。
今回の問題の背景に政治家や団体などがあるとの話も聞いていますが、建築確認という制度自体はずっと以前から存在していたもので、だれがどうしたより、こういうことをさせないシステムをどう作るかのほうが、政治がとりくむべき課題だと思います。
「無意味」とのご指摘は耳の痛いところです。今後さらに努力していきたいと思います。
Posted by: 山口 浩 | December 24, 2005 02:37 PM
Anonymousさんは典型的すぎる煽りな文面ですね。。
無意味なのはあなたの書き込みです。創価学会がなにか?
証人喚問はわたしは必要だと思います。しかし、証人が違うと思いません…?
Posted by: lilac | December 25, 2005 03:39 AM
私も山口さんの意見に賛成です。
警察でもなければ、裁判所でもない。立法機関であるのが
国会ですよね。警察や検察に任せればよいのに。
あるいは、このような事件(情報を公の場で公開することが事件解決につながる)の場合のみ、公開で取り調べを行えば良いのではないかと思います。その際は専門家や、必要とあれば、国会議員の立ち合いの下で(ただし、検察か警察のどちらかがやればよいと思います)。
国会や委員会では、この事件によってわかった法の不備を修正してもらいたいです。法は道路や通信網などのインフラと同じでメンテナンスしないと使えなくなるもののはずです。
簡単なところでは、国土交通省が認可する構造設計のソフトウェアへの認可基準見直しをはかるべきだと思います。国土交通省側の専門家の知見にたった要求とセキュリティ専門家の立場にたった要求(産業総合研究所や総務省配下の情報通信系の研究所に要求を発注させればよい)をまとめ直すべきだと思います。
参考:偽造疑惑の構造設計ソフトウェアに関する話
http://d.hatena.ne.jp/next49/20051215#p1
Posted by: next49 | December 25, 2005 10:14 AM
コメントありがとうございます。
lilacさん
「疑惑」の件は、国会というよりは、むしろ週刊誌あたりのほうがまだ適任かもしれませんね。かなり確かな証拠がないと証人喚問とかはやりにくいでしょうからねぇ。
next49さん
ソフトウェアの件はいろいろありそうですね。素人の私は、ソフトでやった構造計算のチェックはソフトで行えばいいのでは、などと思ったりするのですが、そういうことはできないんですかね。書面じゃなくてデータで提出するみたいなかたちにすれば可能じゃないかと思うんですが。
Posted by: 山口 浩 | December 25, 2005 10:32 PM
総研の「四ヶ所メモ」だけど、これは証人喚問で【明らかになった】というより
証人喚問で【発表しただけ】のことだと思う。
せいぜい「四ヶ所メモ」を見て、内河健の顔色が変わったということだけ。
「内河健があやしい」という印象(注意、証拠ではない)を国民にあたえただけ。
メモに関する言い訳を考える時間を家宅捜索や取調べの前にプレゼントしてしまった
ということを考えれば、いったたいした準備(家宅捜索、関係者の取調べなど)も
しないで素人が尋問の真似事はしない方がよかったと思う。
得られた証言だって、「警察の捜査だけではきっと出てこなかった」というものはないでしょう。
野党も本当に重要な証拠をつかんでいるのなら、警察に提出すればいい。
党をアピールしたいのであれば、「証拠は○○党からもらった」と警察にアナウンスして
もらうように頼めばいい。(警察の手に入らない重要な証拠であればきっと聞いてくれる)
証人喚問があったら、そりゃ見ちゃうけど、議員のアホさ加減と関係者の厚顔無恥を
眺めるのが目的だ。
Posted by: あは | December 31, 2005 02:38 PM
あはさん、コメントありがとうございます。
ともあれ、捜査機関による真相究明に期待しましょう。
関係ないけど、証人喚問の静止画像とかはなんとかなりませんかね。どうせマスコミがいろいろ書くんだから、隠してもしょうがないと思うんだけど。
さらに、国会TVとかありますけど、ああいうのはぜひ民営化して自由参入を認めてほしいなぁ。議場で寝てる人だけ中継する番組とかあったら面白いだけじゃなくて、国民の役に立つでしょう?
Posted by: 山口 浩 | December 31, 2005 02:49 PM