« 空売りの数量制限があったらよかったのに | Main | 学校で教えるべきなのはこういうものに関する「常識」なのではないだろうか »

December 11, 2005

本物のメイドさんはけっこうたいへん、という話

最近「メイドさん」がなんだか人気だが、本当のメイドさんはけっこうたいへんなんだよ、という話。

日本では、本来「それ」にあたる職業は通常「家政婦さん」と呼ばれると思うが、現在もてはやされる「メイドさん」は、「家政婦さん」とはかなりちがったものとして意識されていると思う。服装のせいか「メイドさんになりたい」という女性はけっこういるらしいが、「家政婦になりたい」という女性はあまり聞かない。イメージされる年齢層もかなりちがうだろう。

なんていうことは別にわざわざ書く必要のあることではなくて。

以下は日本の話ではなくて、シンガポールの話。

シンガポールにおいては、「メイドさん」でイメージされる年齢層の女性が、かなりたくさん「メイドさん」として働いている。本来の意味での「メイドさん」だ。国内の人もいるらしいが、多くは海外からの出稼ぎ。インドネシア、フィリピン、スリランカの人が多いらしい。シンガポール全体で約15万人。シンガポールの人口はだいたい500万人くらいだから、約30人に1人はメイド、という計算になる。世帯数でいえばだいたい100万世帯だから、6世帯に1人。「一家に一人」とはさすがにいかないが、本当かよ?といいたくなるほどの高率だ。しかもこれらの人たちは若い未婚女性だったりする。

「メイドさん天国」ではないか、と狂喜乱舞する向きもいるかもしれないが、メイドさんたちにとっては、けっこう過酷な状況なのだ。ここまできてやっと本題だが、Human Rights Watchがシンガポールにおける外国人メイドへの人権侵害状況に関するレポートを公表した。「Maid to Order: Ending Abuses against Migrant Domestic Workers in Singapore」というタイトルだ。

問題はいくつかあって、基本的な労働条件の過酷さだけでなく、シンガポール政府の対応も不充分ということらしい。そもそも雇う側と雇われる側には大きな力の差がある。政府が移民労働者に対して国民よりも劣悪な労働条件を許容しているようでは、とても権利は守られない、ということのようだ。

どのくらいひどいかというと、来年1月からやっと月に1日の休暇が認められるようになる、といった状況。お隣さんと話をするのも禁止、下手すれば家から一歩も外へ出してもらえない。派遣業者間の競争激化で給料も下落傾向にあり、月に200シンガポールドルとかぐらいらしい。メイドを雇うと政府に毎月200~295シンガポールドルの税金を払わなければならないらしいのだが、メイド自身に払われる給料はそれより低いのだそうだ。しかも渡航だの訓練だのの費用がかかるから、最初の4~10ヶ月間は給料なし。で、勤務先ではお決まりのいろんな種類の暴力の餌食になるケースがけっこうある。しかも妊娠したら母国送還となる。

シンガポール政府としては、不法移民の増加が何より心配らしい。外国人メイドの数を制限しようとするからメイド雇用に税を課し、妊娠したら強制送還し、逃亡防止のための雇用者に約5000シンガポールドルの「security bond」を科す。国民に適用される労働法規を外国人労働者には適用しない。上記の数々の人権侵害の中には、こうした政府の方針の直接・間接の影響によるものがある、というのがHRWの指摘するところだ。

うーん。日本だと「エンターテナーさん」たちの労働条件に近いのかもしれない。いやなんとも壮絶だ。もっといい条件で働いている人もいるのだろうし、HRWのバイアス、なんてのもあるかもしれないから即断は避けたほうがいいのかもしれないが。まあ、人の国のことをあれこれいう前に、自分の国で過酷な条件の下で働いている人たちをなんとかせいよ、ということなんだろうけど。HRW的には日本も相当「札付き」だし。

ともあれ、こういうのを見ていると無邪気な「メイドさんブーム」ってのはどうもなぁ、となる。まったく別のものだとわかっちゃいるんだけど。「メイドさんになる」のと「メイドさんでいる」ことはずいぶんちがう、ということなんだろうな。


参考
Singapore law 'fails to protect maids'」(有料。Financial Times2005年12月7日)
シンガポールのメイド物語
現役メイドなんだけどなんか質問ある?

※おまけ
現代日本の目からみると、メイドさんって、こういうイメージになっちゃうんだろうか。

猫村さんに対しては心理的抵抗感がない。なぜだろう?猫だからか?

|

« 空売りの数量制限があったらよかったのに | Main | 学校で教えるべきなのはこういうものに関する「常識」なのではないだろうか »

Comments

ポイントされていた、レポートの Summary を読んで
みましたが.. これは、ヒドいですね...
まず思い浮かんだ言葉は、これって、奴隷じゃないの?
ということでした。シンガポールには、1回行ったこと
がありますが、高層ビルが林立し、超近代的、超キレイ
な国、という感じでしたが、その高層ビルの窓の中で、
このような事が行われているんだということは、恥ずか
しながら今まで知りませんでした。

# 自殺未遂で罰金というのも、なんだかなぁ..

Posted by: ひろん | December 11, 2005 09:49 AM

はずかしい。大間違い。
斜め読みしてたので、ということで...
(どうも気になって読み返してみた)

Posted by: ひろん | December 11, 2005 10:03 PM

ひろんさん、コメントありがとうございます。
いやひどいですね、と他人事のように思っていてはいけないんでしょうね。
日本にもこういう労働条件の人はたくさんいます。日本の場合は非合法に入国してたり在留期間切れだったりするのでさらに状況は悪いかもしれません。
「典型的」な奴隷とちがって本人の同意があって契約がいったんは成り立っているわけですが、まあ「現代の奴隷制」という形容はアリでしょうね。
ただ、ニーズがあってそれを満たすことによって収入を得る人々がいるわけですから、単純に禁止すればいいという類のものではなさそうですね。

Posted by: 山口 浩 | December 11, 2005 11:42 PM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 本物のメイドさんはけっこうたいへん、という話:

» レバノンのメード [Kyan's BLOG III]
livedoor ニュース - 共感呼ぶメードをテーマの実録映画 スリランカからレバノンへ出稼ぎ アルジャジーラからの翻訳記事です。 出稼ぎのメイドさんの実体は過酷。 そして,彼女たちにかしずかれて暮らす人たちがいる。 一方で,東洋の島国ではメイドさんがブ... [Read More]

Tracked on April 23, 2006 05:19 PM

« 空売りの数量制限があったらよかったのに | Main | 学校で教えるべきなのはこういうものに関する「常識」なのではないだろうか »