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January 16, 2006

物語は1種類しかない、という話

少し前のことになるが、あるイベントで宗教学者の島田裕巳氏が出ているのをみた。オウム真理教事件当時は日本女子大教授だったはずだが、なんだかわからんが「映画評論家」という肩書きがついていた(東京大学先端科学研究センター特任研究員とご本人のサイトにはあるのだが、先端研サイトの研究者リストには名前が出ていなかった)。

で、その「映画評論家」島田裕巳氏のいうことにゃ、「物語は1種類しかない」のだそうだ。

聞いたときは「え!?」と驚いたのだが(何の前置きもなしに「物語ってのは1種類しかないんです」っていわれたら大部分の人はびっくりすると思う)、正確には「人を感動させる物語」は1種類しかない、ということらしい。で、それは何かというと、「イニシエーション」だという。

おお「イニシエーション」!

オウム真理教事件をご記憶の方は、忌まわしい記憶がよみがえるかもしれない。特に島田氏の口からこのことばを聞くと、つい特殊な響きをもって聞こえてしまう(念のため解説。島田氏はオウム事件そのものにはまったく関係ないが、事件発覚以前、宗教学者として「宗教」としてのオウム真理教に対する理解を示すと受け取られる発言をしたことから、一連の事件の巻き添えを食って教壇を追われた)。もちろん、ご存知の方も多いだろうが、このことばはもっと一般的な用語で、日本語だと「通過儀礼」と訳すことが多いかもしれない。民族学なんかでよく聞くが、島田氏の重要な研究テーマだったと記憶しているので、宗教学でも使うんだろう。当然ながら学問的な裏打ちのある発言のはず。

素人のあらっぽい解釈でいえば、登場人物が、なんらかの問題に直面し、それをなんらかのかたちで解決して、なんらかのかたちで成長する。これが物語における「イニシエーション」ということらしい。私なりに一般用語で解釈すれば「課題クリア」だな。で、島田氏は、これだけが人を感動させる物語であって、古今東西の優れた物語はすべてこの特徴を持っている、と解説したわけだ。

私はこの分野にはまったく知識がないので、「そうなんですか」というしかないのだが、それでも、ちょっと違和感があることを認めざるを得ない、というのが今日のお題。当然ながら素人の遠吠え(?)なので、その道の専門家の方々は「ばかなやつだ」と笑いとばしていただければ。

島田氏の解説を聞いた限り、「優れた物語は1種類しかない」というのは、「この特徴を持たない物語は優れていない」という意味で使われている。「By definitionで正しい」類の議論だ。だから島田氏にかかれば、宮崎アニメにしても、「天空の城ラピュタ」まではいいが、その後の作品にはイニシエーションがない、だからだめだ、と切って捨てられる。

批評の分野で「この作品は優れている」とか「だめ」とかいうのは、「大きなお世話」だと思うがぎりぎり我慢しよう。だが、「この作品は人を感動させない」とかいわれたら、誰だって反発するのではないだろうか。だって、「となりのトトロ」も、「もののけ姫」も、人を感動させないって言ってるんだぜ、この人は。別に感動しない人がいたって驚かないが、感動してる人だってたくさんいる。たくさんいるからあれだけ売れたわけだ。自分が感動しないのは自由だが、人の感動にけちをつける筋合いはないではないか。

確かに、多くの物語に「課題クリア」(要するにイニシエーションだ)の要素があることは、ご高説を拝聴しなくても一般常識レベルでわかる。それが感動の源泉になっていることが多いことも。ではそれだけが優れた物語の条件なのか?イニシエーションの要素をもつが面白くない物語は世の中に掃いて捨てるほどある。だからイニシエーションは十分条件ではない。また、イニシエーションがないが優れた物語というのも、たくさんあるだろう(上記の定義に従えば、最近の宮崎アニメはイニシエーションがないそうだし)。よって必要条件でもない。「イニシエーションは優れた物語の要素であることが多い」ならわかるが、それを踏み越え、イニシエーションのない物語は感動させないとまでいわなければならない理由がわからない。いやそりゃあんたの趣味でしょ、といいたくなる。

腹たちまぎれに、私も「すべての物語に共通する要素」を考えてみる。例によって3つ
・物語は必ず、「主人公」が出てくる。
・物語は必ず、「始まりと終わり」がある。
・物語は必ず、「ストーリー」がある。

ついでに、「人を感動させる物語」が必ず持つ要素も考えてみた。
・人を感動させる物語は必ず、その場面で登場人物が感動する。
・人を感動させる物語は必ず、人を感動させない場面がある。
・人を感動させる物語は必ず、最も感動的な場面を最後にもってくる。

2、3分考えたらこのぐらい出てきた。はじめの3つは冗談として、後の3つのほうは、素人的には「物語は1種類しかない」よりよほど説得力があるように思ったりする。まあ、きっと物語論には私の理解をはるかに超えた深遠なる世界があったりするんだろうな。あんまり知りたいとも思わないけど。

※追記
言い訳するわけではないが、別に島田氏個人を非難しているわけではまったくない。念のため。単に「物語は1種類しかない」という考え方に対して納得がいかなかっただけなので、そこんとこよろしく。

※追記
はてなに「死亡フラグとは」というのがあった。「今日は暑くなりそうだ」は秀逸な指摘。イニシエーション論とはぜんぜん関連ないが、物語に共通する要素、ということでやや強引ながら「関連」としてあげておく。少なくとも、物語を見ながらその中のイニシエーション構造を探すより、「死亡フラグ」を探すほうが楽しそうだな。

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Comments

物語原型の話なら、諸説ありますが、もうちょっと幾つかに分けていいと思います。

ご当人の言いたいことは分からなくはないですけど・・・。「要するに」を言いたかったのでしょうし。

Posted by: SW | January 16, 2006 01:48 AM

死亡フラグの例の方が面白かったです。確かに思い当たりますね。ただよくよく考えてみれば、これってある意味イニシエーションの要素が強いような気も・・。感動とは直接関係ないにせよ。

Posted by: すなふきん | January 16, 2006 07:39 AM

コメントありがとうございます。

SWさん
「物語論」直系というより、同氏ご専門のイニシエーション論を物語論に応用したものなんでしょう。いずれにしてもハイコンテクストなもの言いだと思いますから、もとより素人が口をはさむ問題ではないんですけどね。つい。

すなふきんさん
死亡フラグ、面白いですよね。ホラー・サスペンスものの「来るぞ!」フラグとか、他にも考えられそうです。

Posted by: 山口 浩 | January 16, 2006 09:23 AM

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