効率的市場のチャーティスト
不勉強なもので、なかなか現実についていけないことが多い。一瞬あれ?と思い、おかしいじゃん!と憤り、ひょっとして?と疑問がわき、ああそうかと納得する。一連のプロセスにずいぶん時間がかかってしまったり、どうかするとわからずじまいだったりするのだ。
今回もひょっとしたらその一例。
Wired Newsに「Fearless Traders Flock to Forex」という記事が出ていた(日本語記事はこちら)。要するにアメリカでも日本と同じようにオンライントレードが大人気、という話だ。別にそのこと自体はたいしたニュースではないし、どうでもいい。
あれ?と思ったのは以下のところだ。記事の和訳は第2パラグラフまでがHot Wired Japanによるもの、第3パラグラフはまだ日本版の記事が出ていないので、適当に訳してみた。
Raghee Horner, a currency trader and author, prefers to ignore the news altogether and stare at charts instead. She plans trades based on the movement of currency charts. If a news item triggered the movement, Horner said, she usually finds out after the fact. 為替トレーダーで通貨に関する著書もあるラギー・ホーナー氏は、ニュースは一切無視し、ひたすら為替チャートを注視するタイプだ。ホーナー氏はチャートの動きをもとに取引の計画を立てている。ホーナー氏によると、もし何かのニュースをきっかけに相場が変動しても、自分が情報を知ったときはもう遅いという。
"A chartist like myself feels that all the economic data are represented in the price," Horner said. 「私のようなチャート重視派は、経済データはすべて価格に表れると考えている」と、ホーナー氏は話す。
Long-term investors, by contrast, commonly analyze whether a currency is over- or undervalued, based on factors like purchasing power parity. 一方、長期的視野に立つ投資家は、一般的に、購買力平価などを頼りに通貨が過大評価ないし過小評価されていないかを分析するのがふつうだ。
このホーナー氏は、自ら「チャーティスト」(Hot Wired Japanは「チャート重視派」と訳しているが、微妙にニュアンスがちがうと思う)と名乗っている。私の理解では、チャーティストというのは、過去の資産価格変動パターンから将来の価格動向を予測する人をいう。文章は、ファンダメンタルズからみた比較的長期的な視野でミスプライシングをさがす「Long-term investors」をこのチャーティストと対比させていて、この比較でいえば、チャーティストは比較的短期的な視野で価格の動向を先んじて見出そうとする人々といえる。
ここまではいい。
この両者は、投資のタイムスパンがちがうだけで、「過去から将来を予測する」という点では共通している。つまり効率的市場仮説とは相容れないことになる。典型的な「弱い効率的市場仮説」が成立していれば、すべての公開情報は即座に資産価格に反映するため、それ以外の予測されなかったサプライズだけが価格を動かす。だからこれは、過去をいくら調べても未来のことはわからないことを意味し、いわゆるランダムウォークと整合的となる。
さて。
件のホーナー氏は、「私のようなチャート重視派は、経済データはすべて価格に表れると考えている」と語っている。しかし、上記の定義からすると、「経済データがすべて即座に価格にあらわれる」と考える人は、日本ではチャーティストとは呼ばないのではないかと思う。すぐには価格に反映しないからこそ、チャートを読む価値があるというのがふつうだろうから。
ここまで私が書いたことが、仮にまちがっていないとする(この段階でのまちがいが一番ありうるんだろうが、私にはわからない。ご存知の方ぜひ教えていただければ)。とすると、どういうことなのだろうか。アメリカのチャーティストは日本とちがうのだろうか。それともWiredの記者がまちがったことを書いたのだろうか。
それとも。
新しいタイプのチャーティストが出てきたということなのだろうか。「効率的市場仮説」を前提として、ただし価格が情報を織り込むまでわずかにタイムラグがあるから、それを使って取引をしていくというタイプの。もちろん、効率的市場仮説が成立するためには、実際には「誰か」がミスプライシングを即座に解消していかなければならない。そういう役割はこれまで、プロの機関投資家の役割と考えられてきた。素人さんは、そうしたリアルタイムの情報にアクセスできず、取引への参加も証券会社を通した間接的なものだったからだ。しかしオンライントレードが一般的になると、もはや大きな格差はないのかもしれない。素人投資家といえども、かなりのところまで機関投資家に近い投資環境を持つことができるようになっているのだろう。少し前の証券会社の誤発注事件で、巨額の利益を得た個人投資家がいたが、ああいう人がまさに典型ということになろうか。こういう状況なら、効率的市場仮説を前提として、ミスプライシングを解消する取引を行うためにチャートを眺めるタイプの個人チャーティストが出てきてもおかしくない。「チャーティスト」ということばの定義も変えなければいけないのかもしれない。
おそらくこうしたことは、現場で取引をしている人たちの間ではすでに常識になっていて、これを読んだら「何寝ぼけたことをいってやがる」とか思うんだろうな。ああやだやだ情けないね。でも、ふつうのファイナンスの教科書にはこういうことは書いてないんだよ。現実を見なきゃいけないってことだな。
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Comments
「私のようなチャート重視派は、経済データはすべて価格に表れると考えている」について。
チャートに全ての情報が詰まっている=裁定の機会なく完全市場として動いている、のではなく、予測に必要な情報は全てチャートに含まれている=ファンダメンタルを見なくても先々の予想は立つ、という理解でやはり良いのだとは思います。
◇
あと、この発言は通貨のトレーダーだから言えるのかもしれないですね。株のトレーダーと為替のトレーダーは別人種だと思います。基本として。
Posted by: SW | January 12, 2006 07:18 AM
SWさん、コメントありがとうございます。
ええと、ファイナンス理論で「価格に情報が含まれる」という場合、その価格をみて将来の価格を予想することはできないと考えるのがふつうです。すでにわかっている将来の情報は「過去」であり、それらもすべて現在の価格に織り込まれているからです。
通貨と株とでトレーダーが別人種だというのは、プロだとある程度わかるんですが、個人投資家でもそうなんですか?このあたり全然わからなくて。
Posted by: 山口 浩 | January 12, 2006 09:30 AM
> ええと、ファイナンス理論で
という前提だと、彼の発言は理論的な意味で含まれるという意味ではないと解釈した方が良いと思います。
つまり、「実務の立場として、過去のチャート情報を元に方向感を掴んで取引するのは現場のやり方としてはいいんじゃない?だって、ファンダメンタル分析は正しいところもあるかもしれないけど、トレードの速度についていけなかったら結局商機を逃すよね。でも、俺っちの発言、ファイナンス理論的に正しいかは保証しないよ~」というくらいでしょうか。
> 個人投資家でもそうなんですか?
個人投資家だとセミプロになった人を除いたらあんまり変わらないかもしれないですね。
・チャートを見て取引
・株と為替では見方を少し変える
というくらいで。
◇
ふと思いついたのですけど、個人投資家で、ファンダメンタルに基づいて為替取引している人ってどれくらいいるのでしょうね。藤巻健史みたいな感じの人。(数は多く無さそうですがいるのは間違いないでしょうし)
Posted by: SW | January 12, 2006 09:37 AM
SWさん
まあそうなんでしょうね。要するに私が意外だったのは、チャーティストと名乗る人が効率的市場仮説と整合的な見解を示したことです。「価格はすべての情報を反映しているわけではないからチャートを読むと将来の変化がわかる」なのか「価格がすべての情報を反映するからチャートだけ見ていればいい」なのか、ということですね。いや勉強になりました。
Posted by: 山口 浩 | January 12, 2006 10:41 AM
少なくとも、個人投資家レベルで言えば株と為替のチャートの見方は違うのではないかと思います。
株の場合は4本値をベースにした「ロウソク足」に基づいて上げ下げの予測をするのに対し、為替の場合はそれこそワールドワイドに 24h Open ですのでスカラー的なレート変動でしか見られません。
して、そのスカラー値の変動要因としては、やはり経済的な諸事情に依存することを認めざるを得ないというのが為替「チャーティスト」の本音ではないでしょうか。
Posted by: McDMaster(マナル店長) | January 12, 2006 12:48 PM
McDMasterさん、コメントありがとうございます。
24時間開いている外為市場とそうでない株式市場だと、取引行動にどんな変化が出るのかがわからないんです。経済情勢が価格に影響するのはいいとして、ここでの問題点は、価格に経済情勢がどのくらい織り込まれている(と認識されている)か、それを利用してどんな取引を投資家が行うかであるわけですが、それと市場開設時間の差はどう関係するんでしょう?わかんないです。どうなんでしょうね。
Posted by: 山口 浩 | January 12, 2006 05:21 PM
初めて書き込みさせていただきますが、いつも参考にさせてもらっています。
チャーティストの「価格」は過去のそれを含む一方で、効率的市場仮説の「価格」は現在のものという違いがあるのではないでしょうか。
Posted by: bewaad | January 13, 2006 04:13 AM
bewaadさん、コメントありがとございます。
効率的市場仮説がいう「現在の情報」は、知りうる限りの過去をすべて含みます。それらがすべてもう価格に反映しているので、過去の情報を使って将来を予測することはできないわけです。
一般にチャーティストと呼ばれる人たちは、これとはちがって、過去の価格推移のパターンには、現時点ではまだ価格に反映していない情報が隠されていると考え、それを読み解こうとします。要するに、2つの考え方は矛盾する、というのが一般的な解釈です。
だから、効率的市場を前提としたチャーティストというのが、なんとも不思議な存在に見えたわけです。
Posted by: 山口 浩 | January 13, 2006 08:34 PM
はじめまして.
ホーナーのようなチャーチスト(というよりシステムトレーダーないしメカニカルトレーダーなのだと思いますが)のスタンスは,ファンダメンタルな情報は知り得た時点ではトレードを有利に行うことはできない程度には既に価格に織り込まれている,それぐらいには市場は効率的だ,だから無視する,なのだと思います.
でも市場が完全に効率的だとは信じていなくて,過去の値動きを分析して機能することが確認されたシステムは未来にも通用すると考えているのだと思います.
Posted by: palemoon | January 14, 2006 01:57 AM
> 市場が完全に効率的だとは信じていなくて,過去の値動きを分析して機能することが確認されたシステムは未来にも通用すると考えているのだと思います.
システム型のヘッジファンドの基本方針ですね。
(そうじゃないスタイルのもたくさんあるので、あくまで一部ですが)
Posted by: SW | January 14, 2006 10:16 AM
丁寧なリプライありがとうございます。
かなり言葉足らずでミスリードしてしまったのですが、Horner氏の
A chartist like myself feels that all the economic data are represented in the price.
という発言のthe priceとは過去のものをも含めて言っているのであって、効率的市場仮説におけるthe price、すなわちcurrentないしlatestのそれを指しているわけではない可能性もあるのではないか、と思いました。
もしそうであるなら、Horner氏のthe price観は伝統的なchartistsのそれであって、やはり効率的市場仮説とは相容れないのではないでしょうか、ということが言いたかったのです。
Posted by: bewaad | January 14, 2006 10:41 AM
コメントありがとうございます。
palemoonさん
すいません。不勉強で「システムトレーダー」とか「メカニカルトレーダー」が何なのか知りません。ファンダメンタルズに関する情報は即座に反映するが、過去の値動きから得られる将来に関する予測は即座には価格に反映しないと。どちらも情報ですよね。片方だけが反映するのっておかしくないですか?うーんわからん!
SWさん
ヘッジファンドの方々は、過去の価格推移を分析するんですか?この業界のことはぜんぜん知りませんが、きっといろいろデータを集めて分析して自分だけの非公開情報を作り出してそれに基づいて取引するんじゃないかと想像します。これならかならずしも効率的市場仮説と矛盾はしませんよね。
bewaadさん
繰り返しになりますが、効率的市場仮説において、現在の価格は、過去のすべての情報を反映しています。「all the economic data are represented in the price.」という言い方は、この点を説明をするときによく使われる表現です。チャーティストと自ら名乗るこの人がそういう表現を使うのが「新鮮」だったわけで。
Posted by: 山口 浩 | January 14, 2006 11:18 AM
見解が同じなのか違うのか自分でもよくわかりませんで(笑)、しつこいかもしれませんがさらに厳密に書いてみます。
チャートは過去の値動きを図示したものですから、チャートだけを見て投資判断をする場合、当然ながら価格だけを見て投資判断をすることになります。その意味ではall the economic dataを無視してthe priceだけを見るというのはchartistsなら当然です。
しかしchartistsは定義上、現在の価格だけで今後の動向を占うことはなく、過去の値動きがどうであったかによって同じ現在価格であっても投資判断が異なるということになります。
つまりはchartistsにとっては現在の価格がマルチンゲールではないということになり、これは現在の価格がマルチンゲールであることが前提となる効率的市場仮説とはやはり異なるということになります。
英文での表現には詳しくないものですから、そうしたことをご承知の上で、a chartistであるhorner氏がらしくない表現をしたことをもって新鮮だとおっしゃるのでしたら、まったく見当違いのコメントを続けていたということです。もしそうでしたお騒がせして大変失礼いたしました、とあらかじめお詫びいたします。
Posted by: bewaad | January 15, 2006 02:04 AM
bewaadさん
ええと、一応「ご承知の上」のつもりです。わかりにくかったですか?すいません。
理論のレベルの話と市場の人たちの考え方に齟齬があるだろうと思ったので、議論を分けようとしたのですが、うまく書けなかったようですね。以後気をつけます。
Posted by: 山口 浩 | January 15, 2006 09:52 AM
SWさんへのコメントで決着がついているとは思いますが為念.
>片方だけが反映するのっておかしくないですか?
片方だけといってしまうと極端で,情報のレベルによって織り込まれ度が異なるということだと思います.
ホーナーにとっては,「自分が知り得たファンダメンタルな情報は既に全部価格に織り込まれてしまっているという気がしている」,という程度だと思います.
「検証したわけではない.利用できる人はいるかもしれないけれども少なくともそれは自分ではない.」
「テクニカルな情報についても誰でも分かるような情報からかなり高度な情報までも既に価格に織り込まれている.でも自分で見つけた出したシステムは自分に有利な確率で上手くいくことが過去のデータで検証済みだし,そのことはまだ公開していないのでまだ価格には織り込まれていないはずだ.」
何れにしろホーナーのようなチャーティストは,市場はかなり効率的であることを認めてはいるけれども完全に効率的だとは信じていないはずです.でないと自己否定になってしまいます.
Posted by: palemoon | January 15, 2006 01:33 PM
palemoonさん
私の本文は、一般的に効率的市場仮説で使う言い方をチャーティストを名乗る人がしてるよ面白いね、という趣旨です。理屈としてpalemoonさんのご説明にあるようなタイプのチャーティストが存在することはわかっていたつもりですが、私はチャーティストの考え方を基本的には非合理的なものとみておりましたので、新鮮だったわけです。考え方を改めなきゃ、ということですね。
Posted by: 山口 浩 | January 15, 2006 10:47 PM
わかりました。
何度にもわたるコメントにご丁寧に対応いただきありがとうございました。今後とも楽しみに読ませていただきます。
Posted by: bewaad | January 16, 2006 02:49 AM