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January 31, 2006

ヒルズ族を引き合いに出すのはおかしいと思う

所得格差の話は皆さん関心が高い。前に書いたときはご批判もずいぶんいただいたのだが、個人的に興味あるテーマでもあるので、懲りずにまた書いてみる。これも片手間の「素人」考えだから、まちがっていたり足りなかったりするところがあるかもしれない。その節はご指摘いただければ。

前から気になっていたのだが、所得格差の拡大についていうときに、ヒルズ族を引き合いに出す人がけっこういる。たいてい、その後に規制緩和が行き過ぎだとかっていう話になっていくのだが、ちょっと待てよ、といいたくなったわけだ。わかってる人には何をいまさらという話なのだろうが、意外に共有されていないのではないか、と思ったので。

ネタ元は厚生労働省の「平成14年所得再分配調査報告書」だ。要するに所得再分配の状況がどうなっているかを調べたものだ。おおむね3年おきに行われている調査で、このときは2002年7月に、2001年の1年間の所得について調査した。その前は1999年度。この調査における平均当初所得額(年額)は、510.8万円(前回比:12.4%減)、平均再分配所得は575.2万円(前回比:6.2%減)だったそうだ。

まずは「再分配所得十分位階級別所得構成比の年次比較」をみる。表1-(2)だ。

再分配所得十分位階級別所得構成比の年次比較

十分位階級2002年調査(%)1999年調査(%)
第1・十分位1.71.4
第2・十分位3.43.4
第3・十分位4.84.9
第4・十分位6.16.3
第5・十分位7.47.6
第6・十分位8.99.0
第7・十分位10.710.7
第8・十分位12.912.7
第9・十分位16.315.8
第10・十分位27.928.2

用語の解説を引用しておく。

所得の十分位階級とは、世帯(又は世帯員)を所得の低い方から高い方に並べてそれぞれの世帯数(又は人数)が等しくなるように十等分したもので、低い方のグループから第1・十分位、第2・十分位、……、第10・十分位という。 所得の構成比は、全階級の所得の合計額に対する各階級の所得額の割合、累積構成比はそれを第1・十分位から順次累積したものである。

要するに、上位10%の世帯の所得が全世帯の所得の27.9%を占める、といった感じ。でも、これだとそれぞれの十分位ってのがどのくらいの所得階層にあたるのか、わかりにくい。というわけで、次に「所得再分配による所得階級別の世帯分布の変化」をみてみる。資料中の図1を表に直したものだ。

所得再分配による所得階級別の世帯分布の変化

世帯所得当初所得ベース(%)分配所得ベース(%)
1,000万円以上13.212.6
950~1,000万円1.81.7
900~950万円2.01.8
850~900万円2.12.4
800~850万円2.72.5
750~800万円2.53.3
700~750万円3.43.5
650~700万円3.03.9
600~650万円3.94.6
550~600万円3.04.7
500~550万円4.05.1
450~500万円4.35.9
400~450万円5.16.5
350~400万円4.27.0
300~350万円4.46.3
250~300万円3.86.5
200~250万円4.26.0
150~200万円4.05.8
100~150万円4.55.5
100~150万円4.53.5
50万円未満18.70.9

さっきの表とあわせてみるなら、右側の再分配所得ベースのほうをみることになる。要するに、再分配所得ベースでいえば、世帯年収1,000万円以上の世帯が全体の12.6%いる、といった感じだ。

さて、ここからが素人考えの始まり。これらの資料をどうみるか。

まず、これらの資料が2002年当時の調査であることを確認。直近3年間の動きは反映していないが、今のところこれが最新の調査のようなので。他の資料もいろいろあるんだろうが、片手間なのでご容赦。ご教示いただければ。それから、世帯数も1999~2002年の間ほぼ一定との仮定。人口はわずかながら増えていたわけだし、世帯人員数が減っていたはずだから、少なくとも世帯数が減ったということはなかろう。

まず「所得再分配による所得階級別の世帯分布の変化」のほうから。年収1,000万円以上の世帯が全体の12.6%と10%を超えているから、所得上位10%、つまり第10・十分位の世帯は少なくとも世帯年収1,000万円以上であることがわかる。次に「再分配所得十分位階級別所得構成比の年次比較」をみると、この層が得た所得が全世帯の所得に占める割合は28.2%から27.9%に減っている。これらのことと、世帯数が減っていないとの仮定をもとにすると、年収1,000万円以上の世帯は、1999年から2002年までの期間、相対的にみて豊かにはなっていない、ということになる。

これに対し、第9・十分位の世帯は、同様に考えると世帯年収800万円~1,000万円前後あたりを占めると思われるが、この層の得た所得が全世帯の所得に占める割合は、15.8%から16.3%に増加している。同様に、第8・十分位の世帯は、だいたい世帯年収650~800万円あたりだろうが、この層の得た所得が全世帯の所得に占める割合は、12.7%から12.9%に増加している。つまり、この所得層が相対的に豊かになったのだ。この層は、どんな人々だろうか。このあたりはあくまで想像だが、おそらくは企業や政府等の常勤雇用者層が主だろう。典型的には中間管理職以上あたりの層があてはまるのではないか。

また、第1・十分位の人々は、だいたい世帯年収150万円前後ぐらいまでにあたるだろうが、この層の人々の得た所得も全体の1.4%から1.7%へと増加している(所得再分配後であることに注意。リンク先資料を見てもらえばわかるが、再分配前の所得はいずれの年も0.0%だったから、1.4%から1.7%の増加はほぼすべて所得再分配政策の拡充を意味するのではないか)。反対に、相対的に所得を減らしているのは、第3~第6・十分位の人々だ。両者の間だから、世帯年収で150~650万円ぐらいだろうか。この層が、苦しくなっているわけだ。若年層や、派遣社員などの非正規雇用の人々は、おおむねこのへんにあてはまるのではないだろうか。

以上が正しいとして、これだけをもとに、大胆にいい切ってしまうと、こうだ。全体としてみれば、この数年間、正規雇用で、中堅層以上のサラリーマンや公務員たちが、相対的に豊かになった。これに対して、正規雇用でも若い層や、非正規雇用の人々は、相対的に貧しくなっている。よくいわれる、所得格差の拡大は、「ヒルズ族」に代表されるような、高額所得者層の増加が原因ではなく、若年層やフリーター、派遣社員などの人々と、安定した中堅層以上のサラリーマン・公務員などとの間の格差の拡大によるのではないか、と。

この「結論」は、もちろんいいかげんな「分析」に基づいたものだ。にもかかわらず、生活者としての実感にもけっこう沿っていると思うがどうだろう。企業でも、大企業の人々は、中小企業の人々と比べて給与が減ることは少ないし、公務員に至ってはほとんど減少はないはずだ。そもそも所得が低いと思われる若年層では、就職の機会すら少なかったから、「すでに就職してしまった」人々との格差はいかんともしがたい。

ヒルズ族とかいったって、せいぜい数人だか数十人だかだろう。ちなみに、高額納税者の公示、いわゆる長者番付によれば、2003年の所得に関する高額納税者(納税額1,000万円以上の人)は、全国で73,959人いたそうだ。この中には一時的な資産譲渡所得があった人も入っているはずだから、「高給取り」はもっと少ないと思う。このほとんどが世帯主だろうから世帯数として考えると、世帯数は全国計でだいたい4,700万くらいだから、1つの十分位は470万世帯ぐらいなわけで、この層は第1・十分位の約1.6%、ほんの一部を占めるに過ぎないということになる。要するに、典型的にイメージされる「金持ち」というのは、非常に少数派なのだ。数百万人単位でいるはずの、比較的高給のサラリーマン層のほうが、所得格差に与える影響は、はるかに大きいだろう。

何がいいたいかというと、所得格差の問題というのは、豊かな「彼ら」と豊かでない「私たち」の間の問題ではなく、「私たち」の間の問題ではないか、ということだ。規制緩和が格差の拡大を招いたのではなく、既に雇われている常勤雇用者を守るために温存されている法や諸制度が、それらの恩恵に浴することのできない非正規雇用者などとの間の格差の拡大を招いているのだ。低所得に苦しむ人々に共感し、「弱者に優しい政治」が必要だと力説するのはけっこうだが、本気で所得再分配のあり方を変えたければ、そのために「他人のサイフ」だけを期待していてはいけないのだ。その他のさまざまな政策を動員するかどうかとは別に、私たち自身が、自分では決して豊かではないと思う自分のサイフからいくら出せるか、いくら出すべきかを考えなくてはならないのではないか。少なくとも、ヒルズ族を所得格差の象徴にするのは、まちがってはいないが、ミスリーディングではないかと思う。

そんなこと当然ではないかという人もいるだろう。ただ、個人的経験からいって、大企業のサラリーマンや公務員などの中には、自分たちを「薄給に悩む恵まれない弱小労働者」だと本気で信じている人がたくさんいるのだ。「総中流意識」のある種の残滓だろう。痛みやら心苦しさを伴うこの自覚をもつところから、話を始めるべきではないか、というのが本日の主張。

ちなみにこの「平成14年所得再分配調査報告書」には、ジニ係数拡大の原因についての分析が出ている。最近の内閣府の報告で各方面から反発を呼んだものがあったが、あれと整合的になっているというのは興味深い。政府の見解は、ここ数年基本的には変わっていないということだろうか。ちょっと引用しておく。

(参考)1 ジニ係数の変化の要因分析
ジニ係数上昇の背景には、近年の人口の高齢化による高齢者世帯の増加や、単独世帯の増加など世帯の小規模化といった社会構造の変化があることに留意する必要がある。本調査の調査客体における世帯主の平均年齢でみても、前回の53.2歳から54.9歳と1.7歳高くなっており、また、平均世帯人員でみても、前回の2.94人から2.82人と0.12人減少しており、世帯の高齢化、小規模化が進んでいる。ここでは、今回の調査世帯の年齢階級別構成割合及び世帯人員別構成割合が前回のものと同じになるようにウエイト付けをしてジニ係数を算出した。これによると、当初所得のジニ係数については、1999年から2002年の上昇の要因は、世帯主の年齢構成の高齢化によるものと世帯の小規模化によるものが約9割に上っており、これらの要因を除いた上での所得格差の広がりは約1割程度にとどまる。一方、再分配所得については、今回調査では前回調査よりジニ係数は低下していた。

※2006/01/31追記
日経BPのアンケート「生活水準の変化と今後の不安」は興味深い。過去5年間に生活水準が「良くなった」「まあ良くなった」と答えた人の割合は年齢層が上がるにつれ小さくなる。これに対して「悪くなった」「やや悪くなった」は20代から50代にかけて上がり、60代で大きく下がる。上記の本文とはあまり整合しないように思われる結果。独断でいえば年代によって変化への感応度が異なるのではないかと想像。
年収400~500万円の人も1,000~1,200万円もほぼ共通して約4割が自分の生活水準を「中の中」と考えている。400万円と1,200万円は3倍にあたるが、生活実感としてはあまり変わらないということか。もちろん家族の人数とか住宅ローンとかいろいろな要素はあるのだが、このあたりは上記の本文と整合的なのではないかと。

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Comments

おもしろく拝読させて頂きました。なるほど~と、ヒルズ族というのは、作られたイメージなのかと、素人的に今後注意してメディアを読まないと思いました。
ゲーム産業でも、若年層の所得の目減りというのは切実ですね。非常に問題に感じるのは、年功序列賃金制度の外側に置かれてしまうと、普通に働いていたのでは、豊かになる手段が存在しなくなっているように見えることです。アルバイトはいうまでもなく、契約社員でも変わらない。よほどタレントにでもなって、有利な条件が取れない限りは、給与を増加させる要因がない。
子供の頃に、日本がバブルで、アメリカが不況のまっただ中にあった頃に、NHK特集でアメリカのその状況を描いたタイトルだけ鮮明に覚えています。「親の代より豊かになれない」確か、そんなタイトル。今の日本の若年層を見ていて、痛切にそう感じたりしています。

Posted by: shin | February 01, 2006 02:44 AM

shinさん、コメントありがとうございます。
ゲーム業界も今はたいへんみたいですね。よく思うのですが、成果主義か年功序列かみたいな議論をよくみかけますが、それぞれいいところ悪いところがあるので、それ自体でどちらがいいとはいえないのではないかと。
ただ、ご指摘の通り、仮に同程度の「能力」を持つ人がいて、雇用形態のほかに何の差異もないのに片方が「安定して高い給与」、もう片方が「不安定で低い給与」だとしたら、これは不公平だよなぁと思うわけです。ちゃんとリスクとリターンのトレードオフが成り立っている世界のほうがフェアではないかと。「市場は非人間的」とかいってる人には、この点聞いてみたいですね。

Posted by: 山口 浩 | February 01, 2006 09:44 AM

1200万円と400万円だと生活の実感に差がないって言うのはよくわかります。生活スタイルに差が出ないんですよね。月一回の外食が1200万円だと銀座のレストランになり、年収400万だと近所のファミレスになる。子育てに気合いを入れたり、お金のかかる趣味を持つと生活レベルは一気に年収400万クラスに落ちる事もあり、そういった差で年収差3倍は吸収されてしまうので、中流意識から脱却しにくい。つーか無理。
ただ、1200万円の人は自分たちが恵まれた立場にあるという自覚はいるでしょう。
ただ、その収入差は小育てで一番響きますね。子供を私立に入れるか公立かの境目ですし。 子育てをしている方々に聞くと、完全な成果主義だと子供を育てる計画が非常に立てづらいと聞きます。子育ての費用は特定年で大きく跳ね上がる性質を持つために、年収の変動が大きい環境だと計画が非常に立てにくくなると。(親の支援を受けている人も親の支援額は年とともに減少する。)

Posted by: うみゅ | February 02, 2006 08:58 AM

うみゅさん、コメントありがとうございます。
的確なご指摘だと思います。400~1200に限るのかどうかはわかりませんが、人の生活実感はかなり伸縮自在ですよね。それと、どうしても所得の上昇は自分の成果で下落は社会が悪いせいと考えがち、というのもあるかもしれません。

Posted by: 山口 浩 | February 02, 2006 09:36 AM

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この意見には賛成。確か『ISBN:4121501977:title』でも、OECD諸国の具体例を挙げながら似たような説を唱えていた。ただ、職業倫理とか職能教育のこととかを考えると、単に労働基準法の要件を緩和すればいいというものではない気がする。 忘れちゃいけないのは、守らせるべき法律と、企業の人事戦略というのは分けて考える必要があることで、企業がコア人材として戦略的に手厚く遇する層はあるだろうし、その階層にいる人々は経路依存的に次もいい仕事に就ける可能性が高いから、仮に大幅に労働基準法の解雇要件を緩... [Read More]

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