ゲーム内資産への課税の是非について
ちょっと前、CNet Japanに「オンラインゲーム内の仮想財産は課税対象か--あるゲームマニアの挑戦」という翻訳記事が出ていた。元記事はこれ。
日本語の記事は何で尻切れトンボになってるのだろうか。
とりあげられていたのはJullian Dibbell。ゲーム内通貨についていろいろ発言しているTerra Novaコミュニティの中心メンバーの1人だ。彼がアイテム販売で生計を立てると宣言し、その収入が現実世界の収入に迫るところまでいったことは、別に新しい話でもなんでもない。最近この話がLegal Affairs誌に載ったことから、どうも再び話題に火がついたらしい。Terra Novaでも、IRSが課税に関心をもってるとかどうとかいうエントリがあって、議論が沸騰したばかりだ。
CNET Japanの記事は尻切れトンボで消化不良になっているが、CNETの元記事は、その後Castronovaの「仮想世界への課税は望ましくない」とのしごくまっとうなコメントを紹介したりしている。一方、Terra Novaに出てくるIRSの話は、ゲーム内の仮想資産を「外国資産」とみなして課税するかもしれない、というものだ。ゲーム内世界を「仮想世界」と考える立場からはなんとなく納得してしまいそうになる話だが、ちょっと待て。
Terra Novaでの議論の中ではコメント欄に私の論文が引用されている。ゲーム内通貨が一種の地域通貨であるという点と、RMTの存在がゲーム内通貨を「意味のある通貨」にしたという指摘だ。それはいいとして、この件についてはちょっとちがった考えをもっている。私もひとこといいたいのだが、まず日本語で考えをまとめてみる。
ゲーム内通貨を地域通貨とみる考え方というのは、ゲーム世界の中での話だ。ゲーム内通貨は、ゲームの中で、機能的に地域通貨と共通する特徴をもっている。だから「ゲーム経済の中で」マネーサプライのコントロールが行えないという問題があるというわけだ。こういう考え方を、ゲーム内経済学と呼んでいる。
これを現実世界の政府の目からみるとどうなるか。ゲーム内の仮想世界は、その運営会社が属する現実世界の国の政府にとって「他国」ではない。ゲーム会社の持つサーバでありそこに収められたデータだ。この点をはっきりまず確認しよう。
次に、ゲーム内のアイテムや通貨は資産か。RMTの代表的な対象であるゲーム内通貨で考えてみる。現実経済の中でゲーム内通貨に最も近いものは、企業が発行するマイレージやクーポンなどのポイントだ。こうしたポイントは、企業が取引状況等に応じて顧客に対して発行し、典型的にはそれで当該企業の商品を購入できたりその他のメリットを受けたりする。ゲーム内通貨も、ゲーム会社がプレイの状況に応じて顧客たるプレイヤーに与え、当該会社の製作したデジタルコンテンツであるアイテムと交換できるという意味で、ポイントに他ならない。
一般的に、こうしたポイントは、発行企業に対する「債権」ではあるが、第三者への譲渡が認められていれば別ではあるものの、そうでなければ他人にとって価値はない。そうでなくても、一般的にこうしたものの資産性を認めるのはかなり限定的だ。たとえば私が近所のスーパーの割引クーポンを持っているとして、それは資産だから課税するといわれたらどう思うか。考えてみればすぐわかる。課税すべき資産価値などない。私が保有する航空会社のマイレージは私が航空会社から得た所得なのか?んなわけないではないか。
もちろんポイントの中には、金券ショップなどで売られるものもある。それらはショップが保有者から買い取って転売するものだ。これが課税対象になるのは当たり前だ。金券ショップがポイントを現金で買い取った瞬間、そのポイントは「在庫」となるからだ。
そうなる前、たとえばプレイヤーがモンスターを狩って得たゲーム内アイテムや通貨は、ポイントであるとして、その価値はどのくらいか。RMTの市場価格をもって決めるべきなのか。そんなことはない。なぜか。ゲーム会社は、ゲーム内通貨とゲーム内アイテムの交換は保証しているが、現金買取は保証していないからだ。。そのうえ、ゲーム内アイテムの、ゲーム会社における限界生産費用は、事実上ゼロだし、そもそも大半のゲームにおいてデジタルコンテンツの著作権はすべてゲーム会社にある。持っているだけでユーザーの資産になることなどありえない。
いうまでもないが、ゲーム内アイテムがゲーム会社の資産になることもない。もちろんデジタルコンテンツとしてのアイテムの製作費用が資産性を持つことはあるだろうが、RMT相場の価値を持つ資産と考える余地などありえない。このアイテムは、生産の限界費用がほぼゼロなのだ。データはいくらでも複製できる。モノとはちがうのだ。
というわけで、ゲーム内資産を課税対象にすべきかという問いに対しては、基本的に「ノー」が答えだ。ありえない。IRSがどう判断するかは知らないが、課税しようなんてどうかしている。ただし、RMT業者などが現金で買い取ったゲーム内通貨やアイテムは、もちろん資産性がある。それは現金で購入されたデジタルコンテンツであり、その業者にとって在庫だからだ。で、それを売って現金を得たプレイヤーは、もちろんその所得を申告する必要がある。それは仮想世界における所得ではなく、現実世界における所得だからだ。
充分シンプルな基準だと思うのだが、どうだろうか。
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Comments
>考えてみればすぐわかる。
>課税すべき資産価値などない。
>私が保有する航空会社のマイレージは私が航空会社から得た所得なのか?
>んなわけないではないか。
議論の焦点はこれが自明の理なのか否か
に帰結するのじゃないですか?
これを「んなわけない」といってしまったらトートロジーに陥ることになりませんか?
Posted by: さくらや | January 28, 2006 09:22 AM
ゲーム内詐欺、ゲーム内窃盗もしくはサーバプログラムの不具合を利用して手に入れたゲーム内アイテムを販売した場合はどうなりますか?
Posted by: asitaki | January 28, 2006 09:54 AM
コメントありがとうございます。
さくらやさん
そうか説明が不足でしたね。すいません。皆さんは、航空会社からもらったマイレージや、新聞折込広告に入っていたスーパーの割引クーポン券を所得として税務申告していますか?申告しないでいたら税務署から脱税だと指摘された、なんて経験がありますか?ゲーム内通貨はこれと同じではないかという主張です。自明かどうか、ご意見が分かれるかもしれませんが、マイレージやクーポン券の場合は、私には自明のことのように思えましたのでそのように書きました。
asitakiさん
私は法律の専門家ではないので、法の解釈については最終的には専門家にご相談されることをお勧めしますが、私の見解はこうです。以下は日本法を念頭においています。アメリカの法律は知らないので。
ゲーム内詐欺は、まずゲーム内の約款でどう定めているのかが問題になります。ゲームですから、他人のアイテムを奪ってもいいというルールもありえますし。それに違反すれば、ゲーム会社との間でペナルティが発生するかどうかを判断することになるでしょう。仮にゲーム内の約款で禁止されているゲーム内窃盗を行い、それを販売して利益を得た場合には、不当利得として不当利得返還請求権の対象になるでしょうし、場合によっては不法行為となることもあるでしょう。ID・パスワードの不正使用やサーバプログラムの不具合を利用したアイテムの不正な入手については、当然ながら不正アクセス防止法の規制対象にもなると思います。これは多くの検挙例がありますね。
いうまでもありませんが、これは、ゲーム会社には何の責任もないとか政府は何もしなくていいとかいっているのではありません。ゲーム会社にはゲーム会社の、政府には政府のやるべきことがあります。それぞれがやるべきことをやればいいのであって、やるべきでないことをやるのはスジちがいではないか、といいたいわけです。ゲーム世界にちょっかいを出すのではなく、現実世界でやるべきことをやれよ、と。IRSの方々には、他に税金をちゃんととるべき先があるだろうよ、と。で、もちろんユーザーにはユーザーなりの責務もあると思います。
Posted by: 山口 浩 | January 28, 2006 11:39 AM
初めまして。大変興味深く拝見させていただきました。
最近は、「パンヤ」など代表的ですが、新たな課金形態として「アイテム課金」(http://onlinegames.g.hatena.ne.jp/keyword/アイテム課金)が有望視されていると言われています。その点に関してはどのようにお考えか、お聞かせいただけると幸いです。
Posted by: Dryad | January 29, 2006 09:52 PM
Dryadさん、コメントありがとうございます。
これも正確には専門家の方にお尋ねいただきたいのですが。
アイテム課金の場合は、基本的にデジタルコンテンツですよね。ゲーム会社が個別に製作費を計上しているとは思えませんし、開発会社と運営会社がちがうことも多いでしょうから、売上がたったときに収益として認識するだけだと思います。
個人が購入した段階では特に課税関係は生じないと思いますが、売却時の損益をどうするかはちょっと要注意ですね。気になるのは、その際に購入価格を原価として認めてくれるかどうかです。原理上認めるべきだと思いますけど、こればかりは実際にやってみないと。どなたかご経験のある方、ぜひ情報をお寄せください。
ただ、基本的に、ふつうのプレイヤーがふつうに売買する際の損益は、あまり税務署がどうこういう規模ではないようにも思います。彼らにはもっと他のところでがんばってもらいたいですね。
Posted by: 山口 浩 | January 30, 2006 02:14 AM
お返事ありがとうございます。
確かに、デジタルコンテンツの販売であるとすれば、その辺はあまり問題にならないのかもしれませんね。
Posted by: Dryad | January 31, 2006 05:01 AM
Dryadさん、コメントありがとうございます。
とはいえ、細かく考えていくと付随する問題がけっこういろいろあると思います。いろいろな人たちの権利やら思惑やらが錯綜してますから。いろいろ考えていかなくてはならないのでしょうね。
Posted by: 山口 浩 | January 31, 2006 09:13 AM
はじめまして。色々興味深い内容で、考え始めると止まらない分を秘めていますね。
この問題に付随するかどうかは分かりませんが、いわゆるRMT業者のブログで興味深いことが書かれています。
http://plusone.livedoor.biz/archives/50782932.html
この事業者によると日本では既にゲーム内通貨に課税がされているようです。
Posted by: なんでやねん | November 07, 2006 10:45 PM
なんでやねんさん、コメントありがとうございます。
ご紹介の記事は、本文中でふれているDibbellの一件ですね。Terra Novaでずいぶん話題になっていましたが、結局今のところ本格的に課税という話ではなかったかと思います。本人がそれを所得だと申告すれば、それを受け入れる、ということですね。
日本のRMT事業者の棚卸資産の件は、本文中の金券ショップの話です。金を払って仕入れた以上、資産計上するのは当然ですね。
Posted by: 山口 浩 | November 08, 2006 05:12 PM
お返事ありがとうございます。この問題相当深いですね。
その後、少し現状を調べてみたところ、今、ゲームメーカーはRMT業者の持つ『在庫』をドンドン無断で消すという作業をしているようです。
ぼくはあまり、RMTには詳しくないのですが、少なからず対価を払って得た『在庫』を他人が勝手に消すというのはどうなんでしょうか?仮にゲーム内資産が財務諸表上の資産とすれば、それって・・・・?
ぼくは会計はまじめに勉強したのですが法律はあまり勉強して無いもので、財務諸表上の資産と所有権とかの違いがイマイチ分からなかったりもします。ただ、仮に対価を払って得たものを勝手に消された場合、特別損失とかを計上できるということになるんでしょうか?
メーカー側に消す権利があるとすればそれは財務諸表上でも資産ではないということになりませんか?
山口先生のご判断を聞いてみたいです。
Posted by: なんでやねん | November 10, 2006 01:34 PM
なんでやねんさん
会計上の資産と法律上の所有権は同じものではありません。会計では事実上どうかが問題なので、法律上の権利でなくても資産となることはあります。典型的な例は電話加入権ですかね。あれは資産として扱われてましたが、法律的にはNTTのものだし、だいいちもう使っちゃってるのでありません。
ゲーム通貨やアイテムはゲームのデータであり、ほとんどのゲーム会社の規定では、いくら現金を払って仕入れたとしても、法律上RMT業者の所有物にはなりません。だからといって資産扱いしなければ、RMT業者の課税所得を減らしてしまうわけで、税務的に容認できないはずです。特別損失になるかどうか確かなことは私にはいえませんが、ゲーム会社に消されてしまった場合にはそうなる可能性がありますね。
Posted by: 山口 浩 | November 11, 2006 01:52 AM
お返事ありがとうございます。
RMTって、色々調べてみると面白い分野ですね。
RMT業者の肩を持つわけではありませんが、事実上お金出して買ったものをドンドン消していくというのは、メーカー側もモラル的(RMT業者もモラルがあるとはいえないですけど)にどうなのかなぁ?と思うのが正直な感想です。
私も実情はよく分かりませんが、何となくやりすぎ感が否めないような感じかなと。。。
この問題いずれは裁判になるのだと思うのですが、海外とかではどうなっているのでしょう?また、山口先生としては、本来どういう形(RMTというものが存在してしまうとして)であるのが望ましいと思われますか?
Posted by: なんでやねん | November 11, 2006 02:29 AM
なんでやねん
RMT業者の保有するゲーム通貨を無効にすることをもってゲーム会社のモラルを問うのは、ちょっとスジがちがうように思います。利用規約上禁止している行為をユーザーがしているときにどうするか、という性格のものですから。これはモラルの問題というよりはむしろビジネスの問題だというのが私の考えです。
Posted by: 山口 浩 | November 12, 2006 03:27 AM