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January 19, 2006

その「アメリカ」という国はどこにあるのですか?

Nkkeibpのサイトに日下公人氏の「現実主義に目覚めよ、日本!~グローバル・スタンダードの罠に陥るな!~」という連載のコラムがあって、その第13回は「アメリカの『仕掛け』にすべて乗る必要はない」というタイトルがついていた。

読んでいて、本当に世界は広いものだ、と思った。自分がいかに無知であるかも。

文章の主旨は本文をお読みいただければ(タイトルをみて想像がつく方、だいたい想像の通りだ)。アメリカ依存の人には2種類あって、1つはアメリカを手本としてそれに倣おうとする人、もう1つはアメリカを批判対象としてその批判によって何かを語ろうという人だ。で、この方は後者だということになる。何につけアメリカを引き合いに出さないと批判ができないというのは、アメリカをよろずの手本にするのと同じぐらいナイーブだよなぁ、などという思いが瞬間頭をよぎったりするが、まあそれはひとまずおいといて。

世界は広いなぁ、と思ったのは、その文章に次のようなくだりがあったからだ。

そのアメリカの共食い競争を見て、ヨーロッパはもうアメリカに投資しない、ドルなんか持たない、となった。それでアメリカは猛烈な金詰まりに陥って、ヨーロッパにある財産を売って持ち帰るということをときどきする。これをリパトリエーションというが、ブッシュの為替政策がときどきドル安容認となるのはそのせいだ。
アメリカは金詰まりだ。これからもっとそうなるはずだ。金利も上がるはずだ。そうなる原因はただ1つ。真面目に取引しないからだ。相手をだまそうという取引をしているから、世界中が寄り付かなくなるのだ。

「金詰り」、ですか。

つまり、資金が集まらなくて困る状態、ということか。

ええと、専門外なので、人の受け売りと月並みな話しかできないが、私の知っている「アメリカ合衆国」、いわゆる米国は、世界中から資金を引き付け続けている国だ。大幅な経常赤字が騒がれているが、それも世界的な貯蓄過剰で生じた余剰資金が米国資産の取得に向かったのが主な原因とされる。住宅価格の上昇もそうした影響が大きい。最近の特徴は、産油国や新興国から資金がどんどん流れ込んでいること。それからリパトリエーションについていうと、確か2004年の雇用創出法だかなんだかで、資金還流に対する減税措置が講じられたかと思うが、あれも資金不足を補うためというよりは、米国企業の国内投資を促進して国内雇用を増やすのが主な目的だったと思う。

念のためちょっとしたデータを。以下は、今度FRB議長になるバーナンキ氏が昨年3月に行った講演「The Global Saving Glut and the U.S. Current Account Deficit」で使われた表だ。世界の経常収支がこの10年でどう動いたかを示している。

※金額単位十億米ドル

国名199620002004
Industrial41.5-331.4 -400.3
United States-120.2-413.4-665.9
Japan65.7119.6171.8
    
Euro Area178.5-71.753.0
   France20.518.3-5.1
   Germany-14.1-29.3104.3
   Italy39.6-5.7-13.7
   Spain0.5-19.3-49.4
    
Other17.534.240.8
   Australia-15.8-15.4-39.6
   Canada3.419.625.9
   Switzerland221.330.646.0
   United Kingdom-10.8-36.2-46.9
    
Developing2-90.4131.2326.4
Asia2-40.686.8179.5
   China27.220.555.5
   Hong Kong-2.67.116.0
   Korea-23.112.327.6
   Taiwan10.98.919.0
   Thailand-14.49.37.3
    
Latin America2-39.4-47.98.5
   Argentina-6.8-9.03.0
   Brazil-23.2-24.211.7
   Mexico-2.5-18.5-8.6
    
Middle East and Africa21.174.5116.4
E. Europe and the former Soviet Union2-13.516.812.0
    
Statistical Discrepancy48.9200.273.9

1. Figures for 2000 and 2004 taken from the European Central Bank Monthly Bulletin, various issues, and converted to dollars. Figure for 1996 calculated as sum of member country current accounts.
2. Figure for 2004 taken from the IMF World Economic Outlook, April 2005.

要するに、米国の経常収支赤字拡大の裏には、他国、特にアジアなどの新興国や産油国などの黒字の拡大がある、ということを示している。

一応、名指しされているヨーロッパはどうなのよ、ということで、BEAのサイトで、米国とEU諸国との間の投資収支をみてみた。

※金額単位百万米ドル

米国外への資金流出米国への資金流入
1995-165,105143,633
1996-184,670285,674
1997-196,356404,845
1998-216,693314,122
1999-273,133408,794
2000-312,242592,966
2001-196,015361,946
2002-131,216216,204
2003-223,390239,960
2004-420,121475,825

21世紀初めの数年間に米国へのインフローが減少ぎみだったが、2004年に盛り返している。全体としてインフローとアウトフローの双方が増えてきており、しかもこの10年間ほぼ一貫してインフローのほうがアウトフローより大きいのだ。どこから「ヨーロッパはもうアメリカに投資しない」なんていう表現が出てくるのだろうか。確かに全体に占める欧州からの資金フローの割合は減っているが、それはこのほかにアジアや産油国から大量の資金が流れ込んでいるからだ。というか、めんどくさいので書かないが、世界のほとんどの地域から、米国に向かって資金が流れ込んできていて(ネットでインフローのほうが大きい)、それはこの10年間で拡大しているのだ。

いやしかし。

この日下公人氏、東京財団会長にして多摩大学名誉教授。えらい先生なのだ。きっと私ごときには思いもつかない何かがあるにちがいない。世の中は広い。まだまだ知らないことがたくさんある。きっとパラレルワールドがあって、そこにある「アメリカ」は、猛烈な資金不足に苦しんでいるのだろう。まったく自分の無知がいやになるな。

で、タイトルの質問に至るわけだ。

その「アメリカ」という国は、いったいどこにあるんでしょうか?私の知っている「アメリカ合衆国」とはちがうようなんですけど。

よくわからないままだが、ともあれ、その「アメリカ」という国と取引をしている方々は、ぜひお気をつけいただきたい。その国は「真面目に取引しない」国で、「相手をだまそうという取引をしている」そうだ。誰も相手にしないそうだからあまり心配しなくてもいいのかもしれないが、そういう国に資金を投ずるのは危ない。私の知っている「アメリカ合衆国」も、いろいろな問題があって、リスクもあって、必ずしもこちらの味方になってくれるところではないけれども、少なくともこの「アメリカ」よりははるかにましな国だと思われるので、「アメリカ」に投資するくらいなら、せめて「アメリカ合衆国」のほうにしていただければ、と思う。今のところは世界のいろいろな国がまだ資金を投じているようだし、経済のグローバル化に伴って、経常赤字に対する耐久力はこれまでより増しているとみる専門家もいるし。

※追記
毎度しつこいが、念のため。日下氏を揶揄したり批判したりするつもりはまったくない。本当にわからないのだ。日下氏のいうアメリカの姿と、私が知っている米国の姿は、かなりかけ離れている。どう理解したらいいんだろう?ということ。「今のような資金流入は持続可能ではない」という判断ならそう書けばいいし、「原則大丈夫だが一部に危ない兆候がみえる」と考えるならそう書けばいい。「世界中が寄り付かなくなる」という表現は、そういう意味には読めない。読めないよね?だとしたら、もし「アメリカ」が米国のことだとしたら、これはやはりセンセーショナリズムに走った、ミスリーディングな文章といわざるを得ないのではないだろうか。

※さらにしつこく追記。
おわかりだとは思うが、別にアメリカを賞賛しているわけでも、アメリカ風が正しいといっているわけでもない。日下氏の文章が具体的に何を批判しているのかわかりにくいが、唯一名指しされている国際会計基準についていえば、日本がどのような会計基準を持つべきかについては、会計情報が誰のためのものであるかが第一に考えるべきポイントだと思う。日本企業が世界の資本市場から資金を調達したり、国際的な事業展開をしたりしたいのであれば、それに応じた会計制度を持つべきなのは当然だ。その際時価会計がいいかどうかは、それによって受ける日本企業と日本の株主など利害関係者が受けるメリットとデメリットを勘案して決めればいいのであって、アメリカの要求がどうであるかは関係ない。本文にも書いたが、「アメリカのいいなりになるな」といういいかたは、「アメリカのいいなりにしていればよい」といういいかたと表裏一体で、どちらもアメリカに基準を依拠した議論だ。そろそろこういう議論のしかたからは離れたほうがいいと思う。

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Comments

 日下氏の文章。

 これは、本当にひどい悪文ですね。

 まず、論旨以前の問題として、思想史を多少かじった立場から言わせていただくと、最初の段落からして事実誤認があり、その後を通じて彼の思想史関連の記述は極めて恣意的であり、おそらくは原典を読んでいないものと思われます。

 学者の文章とは思えませんが、それを掲載する日経にも驚きました。

Posted by: 寝太郎 | January 19, 2006 10:29 AM

いやいや、大変おもしろいエントリでした。ありがとうございました。従来の権威というものが、如何に幻想であったかを思い知らされる毎日です。
話が飛ぶようですが、建築における審査機関や、企業における監査法人や、東京地検など、みーんな幻想の上にあったんだなぁと、今頃、思います。

Posted by: イプログダイレクトの店長 | January 19, 2006 10:49 AM

コメントありがとうございます。

寝太郎さん
「最初の段落」とは、モアと「アクション」の話ですね。ちがうんですか。へえと思って読んでたんですが。

イプログダイレクトの店長さん
「幻想」はプラスにもマイナスにも働きますよね。実際より立派にみえることもあり、逆のこともあり。無批判に賞賛するのは危険ですが、やみくもに批判するのもよろしくないと思います。

Posted by: 山口 浩 | January 19, 2006 11:31 AM

日下氏の主張の本旨は「グローバルスタンダードというアメリカンスタンダードに惑わされるな」ということなのだと思います。それだけであれば私としても異存はないのですが、いかんせんそれを国際投資の観点から捉えようとしたところにそもそものムリがあったように思われます。

Posted by: McDMaster(マナル店長) | January 20, 2006 07:03 AM

McDMasterさん、コメントありがとうございます。
少なくとも、資金がアメリカから逃げ出しているととれる記述は、誤解を招くのではないかと思いました。
いわゆる「グローバルスタンダード」がグローバルなものなのかについては、ご指摘のような問題があるかと思います。このあたりは各国とも「戦略的」に動きますので、日本の指導者の方々もぜひ戦略的にいろいろ考えていただきたいですね。

Posted by: 山口 浩 | January 20, 2006 11:31 AM

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